PRECURE SQUARE solo>#01Aパート
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Scene0◆アバンタイトル

「ここ……。絶対ここにいるはず……」

 少女の姿をした『それ』がたどり着いたのは、寂れた玩具屋だった。『それ』は体調が悪いのか、華奢な身体を重そうに引きずりながらノロノロと店に入る。
 店の中はカビ臭く、様々な玩具が山積みに置かれていた。あまりの数に『それ』は当惑するが、目視での捜索が困難と判断した『それ』は、目を閉じ意識を集中し、眠り続ける彼の気配を探る。眠りながら発するわずかな気配を探るには、全てのチカラを神経に注がねばならない。身体の力を抜いた『それ』は店内に力なくしゃがみ込んだ。
 感じる…。春の陽気のように暖かくて、懐かしい風の気配……。右の方向?
 『それ』の視線は人形置き場に向けられた。なんとか立ち上がり、弱々しく歩み寄ると、ポンチョに隠れた両手を必死に伸ばし、ペンギンのぬいぐるみが入った箱を持ち上げる。
 少女の姿をした『それ』は、嬉しそうに微笑みながら、ぬいぐるみにささやく。

「……見つけたよ。ゼピュロス……」



◆ ◆ ◆ ◆ Aパート ◆ ◆ ◆ ◆


Scene1◆元気だよっ!

 お嬢様学校として名高い中高一貫校、カレン女学院。その制服を着た女子生徒が二人、昼下がりの美空町を仲良く歩いていた。背格好から察するに中等部だろうか?

「ねえ、これからカラオケ行かない? 割引券持ってるんだワタシ!」
「え? でも今、テスト期間中だよ。先生からも寄り道しないようにって言われてるじゃない。
それに私勉強苦手だから、ちゃんとやらないと成績が下がっちゃうし…。」

「もう、ノリが悪いなぁ。勉強ばかりが人生ではないよ、春風クン。」
「それは、そうなのだけれど……。ほらっ、シスターも寄り道しないで帰りなさいって……」
「春風君は小学生ですか? まったく…クソマジメと言いますか、バカ正直と言いますか……。」
「………ゴメン。」

 十字路に差し掛かると、二人は別れを告げる。一人はそのまま繁華街へ、もう一人はためらいつつも家路へ。家路についた少女は、繁華街に向かう少女を見送りながら、小さくつぶやく。

「付き合い悪いクラスメイトで、ホントごめんね……。でも私、今は『普通』でいたいのよ……。」

 時に西暦2008年、2の月。春風ぽっぷは13歳の少女に成長していた。カレン女学院中等部に入学し、もうじき2年生に進級する予定である。カレ女での成績は中の上をかろうじてキープしている程度。クラス内でも消極的で目立たない。かつての天才少女は『凡人』と化していた。
 だけど、ぽっぷが本当に『普通』の女の子になったわけではない。『普通』のフリをしているだけなのだ。本気で勉強すれば上位だって狙えるし、積極的になれば、美空小時代と同じように、一目置かれる存在になっただろう。そうしないのには理由がある。ピアノに専念したかったのだ。
 うかつにリーダーシップを発揮すれば、不必要に『敵』を作ってしまう。無用な争いを生んでしまう。そして敵や争いが生まれれば、その数だけピアノのレッスンに支障を来してしまう……。ピアノを学びたくてカレ女に進学したのに、全てが無意味になってしまうのだ。
 ならば極力表舞台に出なければいい。裏方に徹すればいい。名よりも実利を取る。それは美空小時代のクラスメイト、玉木えりかとの確執を通して学んだ、ぽっぷなりの処世術であった。

 我らが妹、春風ぽっぷは今も変わらず元気である。『能ある鷹』は『爪を隠す』奥ゆかしさを身につけ、更なる高みに進んでいるのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ 天空の独奏曲 第1番 ◆ ◆ ◆ ◆

『誕生! 天空の女神、キュアクロリス!』

『女神降臨キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!』


Scene2◆エルピスの贈り物

 愛しい我が家、春風邸を眼下に捕らえたとき、ぽっぷの横を宅配の車が通過した。『シロヌコムサシの配達便』である。もしかして我が家にお届け物だろうか?
 その通りだった。予感的中である。宅配車は春風邸の前に止まると、配達員のおじさんが箱を持って降り、玄関の呼び鈴を押す。だが、いつまでたっても玄関の扉は沈黙していた。家には誰もいないのだろうか? 妙である。お母さんは買い物かもしれないが、お父さんは執筆作業で家にいるはずだ。
 そうこうしているうちに、ぽっぷが家の前にたどり着いた。ぽっぷが配達員のおじさんに声をかけようとしたその刹那、諦めて荷物を車に戻そうとしたのか、ぽっぷの気配を感じたのか、おじさんも勢い良く振り返る。配達員とぽっぷは目前で目が合った。

うわっ、びっくりした!!
 ……あれ? もしかして…春風ぽっぷさんですか? あははは、ちょうどよかった、あなたに荷物のお届けですよ。ここにサインをお願いします。」 

 ぽっぷが書類にサインをし、みかん箱ほどの大きさの箱を「ありがとう」受け取ると、配達員のおじさんは満面の笑顔を浮かべた。受取人に直接渡せて嬉しいのか、はたまた再配達の手間が省けてホッとしているのか…。なんであれ、その笑顔はナイスミドルでやけに清々しく、ぽっぷも思わず笑みがこぼれた。

「私あてって……誰からかなぁ?」

 走り去る宅配の車を見送ると、ぽっぷは荷物を確認する。
 荷物はみかん箱くらいの大きさだが見た目ほど重くはない。伝票の宛先欄には春風家の住所とぽっぷの名前が、電話欄には友達にしか教えていないケータイの番号が書かれている。一方、差出人の記入欄には住所や連絡先などは無く、ただ『エルピス』とだけ書かれていた。そして品目欄には『おくりもの』と記されている。

「なんだろうエルピスって? お店の名前? それともハンドルネームか何かかなぁ?
何かの暗号? 謎掛け? ………まさかこの荷物、爆弾ってことはないよねえ。」

 ベタな反応だと思いつつも箱に耳を当ててみる。…………やはり時計の音など聞こえない。箱をふってみると、カサカサと紙の軽い音がする。
 ぽっぷは伝票を改めて見直した。筆跡は柔らかく稚拙で、大人の文字には見えない。子供…それも女の子が書いたような印象を受ける。それにどこか懐かしい感じだ。美空小時代のクラスメイトの誰かのような……。特に根拠はないのだが、何故かそんな気がするのだ。
 玄関先で悩んでいてはご近所さんに不審がられてしまうので、ぽっぷはひとまず我が家に入る。

「ただいま〜〜。誰もいないのぉ? ……あれ?」

 玄関はカギがかかっていたが、2階からかすかに音楽が聞こえてくる。やはりフィッシングライターのお父さんは、部屋にこもって執筆中をしているようだ。玄関のベルに気づかなかったのも、ヘッドホンで音楽を聞きながら作業に没頭していたからだろう。
 台所のテーブルには、ぽっぷのおやつと、手書きの書き置きが置かれていた。やはりお母さんは買い物に行ったようだ。ぽっぷは冷蔵庫から出したオレンジジュースをグラスに注ぐと、おやつの皿と共に荷物の上に載せ、そのまま2階の自室に運び込む。

 自室に入ったぽっぷは、おやつを机に置き、荷物の箱を部屋の真ん中に置くと、机の引き出しからカッターを取り出した。テスト期間中ではあったが、中身を確認しない事には勉強に集中できない。これは仕方の無い事なのだ(笑)
 ぽっぷはビスケットを1つ口にくわえながら、カッターの刃をキチキチキチと押し出した。爆発はしなくとも、どこかに何か秘密が…ダビンチならぬエルピス・コード(微笑)が隠されているかもしれない。うっかり手がかりをなくさないよう、慎重に開けなければ。
 ぽっぷは探偵気分に浸りながら、箱の封印とでも言うべきガムテープに入刀する。

「え? 入刀?? あははははっ、なんですかそれは? ウェディングケーキじゃあるまいし…」

 妙な表現が頭に浮かび、笑いながら一人ツッコミを入れてしまうぽっぷ。勉強と好奇心のおかげで、普通の中学生以上に言葉を知っているぽっぷだが、そのせいか、時々妙なニュアンスの言葉が思い浮かんでしまう。何度か会話とは関係ないところで笑ってしまい、一部のクラスメイトからはKYD(K=空気の、Y=読めない、D=電波ちゃん)と陰口をたたかれているのだが…。

 脱線してしまった。話を戻そう。

 段ボール箱を傷つける事無くガムテープを切ることに成功したぽっぷは、箱をそっと明けてみる。中にはしわくちゃに丸められた新聞がたくさん入っている。どうやら梱包材代わりに詰められたようだ。試しに1枚広げてみると、『美空スポーツ』の名が読み取れた。トップ記事は『美空市上空にフライングホース現る!!』と言う、訳のわからないものだった。

●美空スポーツ
美空市内で発行されている地方紙で、通称『美スポ』。嘘八百な記事を並べ立てることで有名な低俗スポーツ新聞である。独特の視点で語られる報道には、熱狂的マニアも多いが、後ろのページにはえっちな記事が乱立しており、お子様にはいささか不適切な新聞ではある。ヤレヤレだぜ。

 丸められた新聞をどけていくと、包装紙に包まれた立方体が現れる。包装紙には『美空玩具』と印刷されていた。ということは、中身はオモチャだろうか?
 包装された箱を取り出し、更に新聞をどけていく。すると今度は小さな段ボール箱が現れた。みかん箱と同じくガムテープで梱包されている。
 それで全てかと思いきや、最後に箱の底から、かわいいオレンジ色の封筒が現れた。糊付で封がされており、表には『ぽっぷちゃんへ』裏には『エルピスより』とある。筆跡は宅配の伝票と同じだった。

 荷物の中に入っていたのは、以下の4点だった。

  1. 包装された大きな箱。
  2. 梱包された小さな箱。
  3. オレンジ色の封筒。
  4. 梱包材代わりの美空スポーツ。

 さて……どうしたものか……。ぽっぷはしばし悩んだ末、まずは封筒を開けてみる事にする。
 カッターで慎重に封を切ると、中には便せんが1枚。そこには意味ありげな一文が書かれていた。

チカラを望むなら、風の衣をまとうべし。

 探偵気分のぽっぷにとり、正に期待通りの内容である。きっと何かの暗号に違いない。だが、これだけでは何が何やらさっぱり分からない。

 次に小さな箱を開けてみると、中には携帯用のカードケースらしきものが入っていた。表には青いスペードのマークが付いており、スペードの下にはローマ字で『OURANOS』と刻まれていた。なんと読むのだろう? お…う……おーらのす??
 ケースは扇状に広がるようになっており、数えてみると13枚分のカードが収納できることがわかる。オモチャのように面白い構造だが、ビニールの安物ではない。素材は革だろうか? 作りはしっかりしており、かなり丈夫そうだ。
 ただ、女の子への贈り物にしては、あまりにも渋すぎる。それでも表のマークがハートであればまだ判るが、スペードでは男の子向けにしか見えなかった。

 ケースの中には何も入っていない。一時期夢中になった『ラブ&リン』のカードでも収納すれば良いかもしれないが、13枚しか入らないのではあまり役に立ちそうにない。本当の用途は何だろう?

●『オシャレ魔女見習いラブ&リン』
ゲーム会社ゼ・ガーが開発したトレーディングカードゲーム方式の女の子向けアーケードゲーム。2004年からアミューズメント施設に登場。『甲虫魔導ムシメイジ』の女の子版として開発され、筐体も『甲虫魔導ムシメイジ』と同じものを使用している。そのあからさまなタイトルから、ぽっぷ達は魔女界の関与を疑っているが、真相は闇の中である。真実は見えるか?

 大きな箱の包装紙はセロテープで止められていた。なるべく破らないよう丁寧にはがすと、中からペンギンのぬいぐるみ現れる。色あせ古びた箱には、商品名だろう……『DXペンタロー』と書かれてあった。
 ぽっぷは思わず感嘆の声を上げる。

「うわぁぁ! なっつかしい!! ペンタローじゃん!!」

 それは幼稚園の頃見ていたアニメ『ペンタローが行く!』のぬいぐるみだった。主役の2匹のペンギン兄弟の関係は、春風姉妹とそっくりというか…『二人そのもの』で(^^;、人事とは思えぬ展開には、ぽっぷは幼心に複雑な心境を抱きながら観ていたものである。何よりの不満はタイトルが『ギンジローが行く!』じゃなかったことだが……。

●『ペンタローが行く!』
美空アニメーション制作の低学年向けアニメ。2000年度作品。ペンタローとギンジロ−のペンギン兄弟が繰り広げるドタバタ珍道中。兄のペンタローは情に厚いものの、町に訪れる度に失恋を繰り返すドジペンギン。対して弟のギンジローは、天賦の才を持ちながらも、幼さ故の経験不足から苦悩する悩み多きペンギン。両親を捜す旅に出たペンギン兄弟は、旅先で様々なトラブルに巻き込まれつつも、力を合わせ乗り越えていく。好調に視聴率をキープするも、オモチャの販売不振から半年で打ち切られる。なんて骨体。

 それにしてもこのぬいぐるみ、当時のものだとすると8年位前の骨董品である。ぽっぷが幼稚園に通っていた頃のオモチャが今でも売られているのだろうか? 確かに箱は全体的に色あせており、年期を感じさせるが。よく観察すると、箱の上にはホコリを拭き取ったような痕跡が残っていた。包装紙に汚れは無い。つまり…最近買われたということ?

「う〜〜〜ん。私のケータイアドレスを知ってる人で、文字にも見覚えがあるのだから。送り主は友達の誰かってことだよね。全体のかわいい感じからして女の子だろうから、美空小とカレ女での交友関係に絞るとして、容疑者はあと……50人くらいかな?
 でも、男子が女の子のふりをしている可能性だって否定できないよね。…………それだったら大人が子供のふりをしてる可能性だってあるわけだし………。あぁんもうっ! 全然ダメじゃん! これじゃあ迷宮入りだよ!!」

 煮詰まったぽっぷは一息つく事にした。制服のままでは窮屈なので部屋着に着替える。
 しかし頭からは『エルピス・コード』の謎は離れない。ぽっぷは再び手紙を見た。『チカラを望むなら、風の衣をまとうべし。』果たしてどんな意味が込められているのか?
 チカラ…。力…。パワー…。知力、権力、経済力。チカラの形も様々だ。かつてのヒーロー、バトルレッドも言っている。「正義は力だ! 力は愛だ!」と。
 なんであれ『チカラ』の意味は分からないでも無い。問題は『風の衣』である。風で服が作れるわけが無いので、意味は恐らく「風をモチーフとした衣類」だろう。しかし、送られてきた荷物の中には、服はおろか。暗示させるものすら入ってない。手紙と荷物がどうしても結びつかないのだ。


Scene3◆ピアノコンチェルト

「あっ、そうだ! ネットで調べれば何か判るかもしれないね!!」

 困った時のネット検索。これでどれほどぽっぷの知識が広がった事か。『エルピス』と『Ouranos』をキーワード検索すれば、新たな手がかりがつかめるに違いない。だが、問題があった。ぽっぷは勉強の為にと、お父さんから型落ちのノートパソコンをもらっていたが、ネットには繋がっていないのだ。
 春風家でインターネットをするには、保護者同伴のもと、お父さんのパソコンを使うしかないが、父・渓助は現在、我が家の明日の糧を得る為に、命がけの闘いに挑んでいる真っ最中である。何人たりとも邪魔をする事は許されないのだ。
 ぽっぷは捜査に行き詰まってしまった。なんだかイライラ。

 ああ、どうしよう。気分を変えたいけれど。こんな時、名探偵ホームズならどうしていただろう? ふて寝かな? パイプをプカプカふかしていたかな? 当時は合法だった危ないクスリを注射してたような気もするけど…。そういえばホームズってヴァイオリンも弾くんだよね。
 ああ、そうだ! こういう時こそ音楽だよね。私にヴァイオリンは無理だけど、ピアノだったらホームズにだって負けないもの!

 部屋着に着替えたぽっぷは、早速1階に下りると、居間に置いてあるピアノを弾き始めた。
 里帰りや修学旅行などの遠出を例外として除けば、ぽっぷは7年もの間、毎日ピアノを弾きつづけている。『好きこそものの上手なれ』の言葉通り、ぽっぷの上達は目覚ましかった。しかし、同時に行き詰まりも感じていた。
 ぽっぷは今も昔も天才少女である。何でもソツなくこなす事ができるし、どんな世界でも上手く立ち回ることができる。だけど……それだけである。人並み以上の事はできても、それ以上の事ができない。ゼネラリストにはなれても、スペシャリストにはなれないのだ。それがぽっぷの悩みだった。
 ピアノにしてもそうだ。美空小時代のクラスメイト、玉木えりかの演奏力は、常にぽっぷを凌駕し続けていた。ぽっぷがどんなに努力を重ねても、えりかの足下にも及ばない……。幼い頃に大きな挫折を味わったぽっぷだったが、それでもぽっぷはピアノを諦めなかった。何故ならピアノが大好きだから。

 ぽっぷが赤ん坊だった頃は、お姉ちゃんのピアノを毎日聞いていた。だけどピアノはいつの間にか春風家から消えていた。
 物心ついた幼稚園の頃、お父さんとお母さんはいつもイライラしてて、些細な事でケンカしていた。お姉ちゃんはいつも何かから逃げていた。家族はいつもバラバラだったような気がする。幼いぽっぷは「あたしがしっかりしなくちゃ」と気を張ったものだ。
 だけど春風家にピアノが帰ってきて、ぽっぷがお母さんからピアノを教わるようになってから、何かが変わり始めた。夫婦喧嘩が無くなり、家族に笑顔が増えたのだ。お姉ちゃんの逃げ癖も少し収まったと思う…。

 ピアノを弾けば弾くほど大好きな家族の絆が深まっていく。上達すればするほど大切な家族に笑顔が増えていく。演奏を通して愛する家族の愛を感じるのだ。ぽっぷがピアノ好きにならないわけが無い。

「どうしたのぽっぷ? 少しリズムに乱れがあるみたいだけど。何かあったの?」
「あ、お帰りなさいお母さん。大丈夫、たいした事じゃないよ。ちょっと煮詰まっているだけだから。」

 いつのまにか買い物から帰ってきたお母さんに、演奏しながら答えるぽっぷ。それにしてもさすがは元ピアニストである。演奏を通して、ぽっぷの心の乱れを察したようだ。

「そうか、ぽっぷも煮詰まっているのか〜。父さんと同じだなあ。」
「あれれ? お隠れになってたアマテラスお父さんが…」
「ははははっ、ウズメちゃんのピアノの調べに誘われて、部屋の岩戸から出てきましたよ〜。」

 いつの間にかお父さんも居間に下りていた。どうやらずっとぽっぷのピアノに聴き入っていたらしい。ただ、仕事で徹夜を続けていたせいで、声には元気が無かった。

「リクエストはございますか、アマテラスお父様?」
「そうだなあ、何か元気になる曲……じゃあ『ぽっぷのテーマ』をお願いしようかな?」
「かしこまりました〜」

 ピアノソナタ第35番ハ長調第1楽章。ピアノソナタの父、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの代表曲の1つである。ぽっぷは明るくご機嫌なこの曲が大のお気に入りで、小4くらいの頃から習得するまで毎日のように弾いていた。番号で呼ぶのは味気ないという事で、春風邸ではこの曲を『ぽっぷのテーマ』と呼ぶようになったのだった。

 気分転換に弾き始めたピアノだったが、図らずも家族の絆を再確認することとなった。
 春風家の中心にはにはピアノがあり、自分が演奏する事で家族の絆が深まっていく……。それがぽっぷには、たまらなく嬉しかった。これだからピアノはやめられない。

 ……あれ? お父さんが一息ついているという事は………、これってもしかして、ネット検索のチャンスなのでは?


Scene4◆ドドってみよう!

「ねえお父さん。調べたい事があってドドりたいのだけれど、今大丈夫?」

●Doodle(ドドる)。
 サーチエンジン『ドードル』で情報を検索するこの俗語は、今やネットで情報を検索する一般動詞になりつつあるという。ちなみに妖精ドドとは一切関係ない。

「……んまあ、今は編集からの返事待ちだし、少しくらいはかまわないけど、何を調べるんだ?」
「お父さん、『エルピス』ってどんな意味かわかる?」
「エルピスと言うと、……………キング・オブ・ロックンロール?」
「んもう、ベタだなあ。それはエルヴィス! viじゃなくてpiだってば!!」
「おおおうっ、的確なツッコミありがとう! さすが我が家の雑学姫は何でもご存知ですな。
プレスリーなんて父さんよりかなり上の世代の歌手なんだが。」
「2年くらい前に小泉元首相がプレスリー邸で物まねしたってニュースがあった時に、お父さんと一緒にドドったでしょ? その時の知識だよぉ。」
「そういえば……そんな事もあったなあ。」

 家族の絆を深めてはいるものの、ピアノはピアニストだったお母さんの領域である。お父さんは一歩引いたところから見守る事しかできない。ぽっぷには、そんなお父さんが不敏でならなかった。かといって、お父さんの専門分野であるフィッシングには興味が持てない。どこかでお父さんとの時間は作れないだろうか? 試行錯誤を繰り返した結果、たどり着いたのがネットサーフィンであった。
 ネットに繋がるパソコンは父の仕事部屋にしかなく、勝手には触れない。そこを逆手にとり、お父さんと過ごす大切な時間にしたのだ。ぽっぷなりの気づかいであったが、もちろんメリットもある。お父さんはあらゆる点でぽっぷとは立ち位置が違う。大人であり、親であり、男性であり、フィッシングライターなのだ。そんなお父さんと共にネットサーフィンをすることで、ぽっぷの主観では気づかない見方、考え方、可能性を知る事ができるのである。これまでも目から鱗が落ちるような感激を何度も味わってきた。もし一人でネットサーフィンをしていたら、ぽっぷの視野が広がることは無かったかもしれない。

 2階の仕事部屋で、名探偵ぽっぷズはお父スン博士(強引な駄洒落だネ)と共に捜査を再開した。まずは『エルピス』である。 求めよ。さらば与えられん。

『エルピス に一致する日本語のページ 約 18,100 件』

「ありゃりゃりゃ。珍しい名前だと思ったのに、かなりあるね。しかも色々なお店や会社に使われてるじゃん!! 美容院、不動産、栄養ドリンク、知力トレーニング、サポートセンター、出版社、社会福祉法人、あれれ、教会まである! これじゃあさっぱりわかんないよ〜〜。」
「……そうでもないんじゃないか? ぽっぷズ君、店や会社ってのは基本的に客商売だからイメージが大切だろう? これだけ多くの職種で使われてるって事は、エルピスって名前には、イメージアップに繋がる良い意味が込められているんだよ。」
「へぇ〜〜〜!! そうか、そうだよね! さすがはお父ソン博士! 伊達に年は取ってないね!」
「それって褒め言葉なのかな?」

「じゃあ、次は『おーらのす』をドドってみようかな?」
「小浦の酢? そりゃまたどこの名産物だ?」
「ローマ字表記で読み方がわからなかったんだよぉ。」

 ぽっぷは『ouranos』と打ち込むと、検索ボタンをクリックする。ポチッとな。

『ouranos に一致する日本語のページ 約 46,900 件』

「うわっ! またまたいっぱい出てきたよ。これも良い意味があるってことかな」
「まあとりあえず、日本語表記を探さないとな。」
「え〜〜〜〜っと、あ、これかな? 『ウラノス』………。最初のオーは発音しないのかな?」
「ウラノスか……。なんだかSFやヒーロー物なんかでありそうな名前だなあ……。」

そこで今度は、ウラノス+エルピスの組み合わせでドドってみる。 ファイナルフュージョン!

『ウラノス エルピス に一致する日本語のページ 約 74 件』

「あれ? 一気にヒット数が減ったね。…………ギリシャ神話? ねえ、お父さん、ギリシャ神話って、……お父さん?」

 ぽっぷが振り返ると、お父さんは携帯に出ていた。すぐに仕事の電話とわかった。残念。今日はこれまでのようだ。お父さんが電話を終えるまでに少しでも情報を得ようと、ぽっぷはブラウザを凝視する。WEBページに進む余裕は無い。検索結果のテキストから探し出さねば。
 ……天空ウラノス(天王星の語源)、……天空神ウラノスの陰部の……い、陰部?、……Elpis, エルピス, ギリシャ語, 「希望」の意。……エルピス(希望)だけが壷の底に残った。……コンソールに浮かぶウラノスシステムの文字、……「大地」ガイアと「天空」ウラノスの娘で、……後にエルピス王となる。
 関係ありそうな物も、なさそうな物も、片っ端から見ていくと、繰り返し現れるキーワードが見えてくる。ウラノスが『天空』。エルピスが『希望』だった。


Aパート完。◆ 引き続き、Bパートへ…


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