PRECURE SQUARE solo>#02Aパート
S-0, S-1, S-2, S-3, S-4, S-5

Scene0◆アバンタイトル

「……あそこに何かいる! ……え? ……この気配……何なの?」

 少女の姿をした『それ』は、歩みを止めると丘を見上げた。しかし、視線の先にある公共施設までには距離があり、目視では確認できない。『それ』は目を閉じ、気配を探る。
 感じる…。邪悪な怪物の気配と、これは………聖なる気配? 聖と邪が同居している?
 それにしても、眠っているとは思えぬほどの激しい『不協和音』である。夢でも見ているのだろうか?

「……邪悪な怪物のくせに、相反する聖属性の『寄り代』に憑依する…か。……生意気だね。」

 思いもよらぬチャンスを前に、だが『それ』は迷う。自身の活動限界が刻一刻と迫っていたのだ。
 気配が不安定なので『寄り代』ごとの確保は無理だろう。恐らく『それ』が近付くだけで共鳴し、覚醒する。しかも、邪悪な気配から察するに、怪物はかなりの強敵である。今の『それ』のチカラでは、100%の能力でも厳しいかもしれない。触らぬ神に祟りなし。対策が整うまで眠らせておくのが上策である。だけど……
 そういえば、クロリスとゼピュロスは覚醒しただろうか? もう『寄り代』が荷物を受け取っていてもおかしくないのだが……。二人とも消極的平和主義者だが、直接戦闘は無理でもオトリくらいならできるだろう。共闘すればなんとか…。いや、甘い期待はすまい。所詮、我らとは違うのだ。
 どこからともなく声がかけられる。

「エルピスは優しいドラね。でも、私たちに『明日』なんて無いドラ。『現在(いま)』を闘わなくちゃ、わずかな希望すら潰えてしまうドラよ。」

 そうなのだ。今の機を逃せば、チャンスは永遠に失われるかもしれない。怪物が再び深い眠りにつけば、『不協和音』が消え去り、気配は掴めなくなるのだから……。ならばいっその事、覚醒させてしまえば良い。覚醒した怪物を野放しにすれば、人間への被害がどこまで広がるか見当もつかないだろう。だが、少なくとも、探し出すのは容易になる。回収のチャンスが格段に増えるのだ。今はそれで良しとするしかない。一歩でも前に進めるのなら、それでいい。

「……そうだね。あなたの言う通りだわ。ありがとうパンドラ。私が迷うなんて、どうかしているね。

 我は希望の女神エルピス。絶望の闇で輝く最後の灯火なり。
 
か細き希望を明日へと繋げるためならば、我は手段を選ばない!!

 迷いを吹っ切った『エルピス』は、丘の上の施設へと向かう。
 『美空第1小学校』へと………。



◆ ◆ ◆ ◆ Aパート ◆ ◆ ◆ ◆


Scene1◆空中散歩

「わあぁぁっ!! すごぉ〜〜〜い!!!!ーーー!」

 異形のプリキュアへと姿を変え、大空を舞うぽっぷは、眼下に見える美空市の風景に圧倒され、思わず感嘆の声を上げた。

 最初はロープの切れたアドバルーンのように風に流されているのではと、気が気ではなかった。だが、頭から生えた翼が状況に応じて羽ばたき方を変える為、飛行は何者かの意志によるものと理解した。予断は許さないが、少なくとも、いきなり墜落する事は無いだろう。
 そう考えると余裕が生まれた。久々の大空である。ちょっとくらい楽しんでも良いだろう。ぽっぷは遠ざかっていく町並みをうっとりと眺めながら、その懐かしい風景に幼い頃を思い起こしていた。ホウキに乗って、お姉ちゃん達と共に空を飛んだ、あの素晴しき日々を……。

 もうじき隣町へと差し掛かるかと思った矢先、ぽっぷの身体が急停止した。考える間もなく身体は右へ直角に方角を変え、何事も無かったように再び動き始める。一瞬の出来事だったが、航空力学をあからさまに無視したその動きは、ぽっぷを我に返すのに十分な異常行動だった。
 この異常事態に私は何を惚けている? 心で感じるな! 頭で思考しろ!! 自分を取り戻せ!!
 ぽっぷは己を叱咤し、ボヤケる意識に喝を入れ、自分自身に何が起きているのか状況の把握に努める。

 事件の発端は、帰宅時に受け取った荷物にあった。ぽっぷ宛に送られた配達便の送り主の名は、希望を意味する『エルピス』。荷物の中身は、ペンタローのぬいぐるみ。天空を意味する『ウラヌス』と書かれたカードケース。そして美空市内で起きた怪事件が載っている新聞記事の数々。そして一通の手紙だった。
 エルピスからの手紙にはこのように書かれていた。『チカラを望むなら、風の衣をまとうべし』と。
 ぽっぷは謎の手がかりを集める為、ペンタローが売られた玩具屋を探しに外出するが、その途中でマンションの屋上から落ちそうになっている平野かりんちゃんを目撃。ぽっぷが彼女を救えない自分に絶望した時、どこからとも無く『声』が聞こえた。「あの娘を助けたいなら『合体』しろ。『プリキュアコンバイン』と唱えろ」と。『声の主』が神なのか悪魔なのか、ぽっぷには判らない。しかし迷っている時間はなかった。両手を広げ、言われるままにぽっぷは唱えた。「プリキュアコンバイン」と。

 そして今の自分がいる。この異形の姿は、かりんちゃんを救った事への『代償』なのだろうか? チカラを望んだ為に、人間では無くなってしまったのだろうか? プリキュアとは……天空の女神キュアクロリスとは、何なのだろうか?

「クロリスどうしたピュ? 久々の空中デートなのに、楽しくないピュか?」

 『声の主』だ!! それも思わぬところから聞こえてきた。ぽっぷの胸元である。そこには、翼と花が組み合わされたデザインのエンブレムがついていた。胸元のエンブレムが声の主だろうか? ぽっぷはエンブレムに話しかける。

「……ええっと、あなたはどちら様でしょうか?」
「クロリス、何を言ってるピュ。オレはゼピュロス。春の陽気を運ぶ西風の神だピュ。寝ぼけて愛しの旦那様の名前も忘れてしまったピュか?」

 ゼピュロス…。西風の神…。え? 愛しの旦那様????

「あの〜〜〜〜。ゼピュロス……さん。いまいち状況が飲み込めないのですが……クロリスとはキュアクロリスの事なんでしょうか?」
「キュアクロリスはオマエとオレが合体した今この姿を言うピュ。オレの言うクロリスとは、花の女神クロリスの事だピュ。つまりお前の事だピュよ。」
「私が……花の女神様??」
「そうだピュ! そしてオマエはオレの嫁だピュ! 思い出したピュか?」

 確かにぽっぷは幼少の頃、神童とうたわれた事がある。
 かつて関わった魔女界は花で溢れていたから、花に関わりがないわけでも無い。
 更に言えば、ぽっぷの両親も知らないうちに親に結婚を決められていたと言うから(僕どれ『春風はるか』参照の事)、ぽっぷが知らないうちに相手を決められていた……なんてことが絶対無いとは言い切れない。
 だけどどう考えても、それらを1つに関連づけるには無理があった。もしかして、別の子と間違えられた……とか?

「あの、ゼピュロスさん……。もしかして人違いではありませんか? 私の名前は春風ぽっぷ。人間の女の子です。花の女神様じゃありません。それにまだ13歳なんですから、結婚だって無理です。」
「おおっ! びっくりだピュ。オマエの『寄り代』は春風ぽっぷというのかピュ。奇遇だピュ。オレは春の訪れを告げる豊穣の風の神だピュ。言うなれば春風の神だピュ。これからオレは春風ゼピュロスと名乗った方が良いピュか?」

 聞きやしない。ぽっぷは段々苛立ってきた。

「いや、あのね…。だから人違いだってば! 私は花の女神じゃないし、未成年で独身なの!!」
「照れる事は無いピュ。オマエはオレの嫁、花の女神クロリスだピュ。そうでなければ、オマエとオレが合体できるわけないピュ。キュアクロリスになった事が何よりの証拠だピュよ。」

 キュアクロリス……。確かにぽっぷが異常な状況に置かれているのは確かである。

「あの、ゼピュロスさん。どこか落ち着いたところに下りて、お話しませんか? 聞きたい事はいっぱいあるのですけれど、胸元と話すのって、なんだか話しづらくって……。」
「………わかったピュ。ひとまず安全そうなところに下りるから、少し待つピュ。だけどその『さん』付けや、他人行儀な喋り口調は、頼むからやめてほしいピュ。嫁に他人行儀にされるのは寂しいピュ」
「え? ……そりゃあ、いいけど………。でも私っ、あなたのお嫁さんなんかじゃないんだからね!」
「あああっ! クロリスのリアクションがいつもと違って新鮮だピュ! これが下界で言うところの『ツンデレ』ピュか!!! 萌え萌えだピュ♪」

「ちっ!・がっ!・うっ!」

 高度がどんどん下がり、湾岸地域が迫って来た。やがて懐かしい建物が見える。海の見える小高い丘の上の学び舎。それはぽっぷの母校『美空第1小学校』だった。


◆ ◆ ◆ ◆ 天空の独奏曲 第2番 ◆ ◆ ◆ ◆

『美空小壊滅? 毒々モンスター、ヒュドラの逆襲!!』

あるいは

『ぽっぷはオレの嫁っ!!!!ヽ( ゚∀゚ )ノ』


Scene2◆神と寄り代

 ぽっぷは美空小の屋上に着地し安堵する。行動や気持ちがしっかりしている様子を『足が地に着く』と言うが、今ほどその言葉が魂に響く瞬間は無いだろう。

「えっと、それで、どうすれば元に戻れるの?」
「まずは落ち着いて、『危険』が無いか安全を確認するピュ。」

 ぽっぷは『危険』には2重の意味があると察した。1つは身の危険。もう1つは正体を知られる危険。身の安全と心の安全。どちらも重要事項である。
 ぽっぷは周囲を見回し、屋上付近に人気が無い事を確認する。下の階へと下りるドアはカギがかかっていなかった。ぽっぷはドアをそっと開けて聞き耳を立てるが、特に何も聞こえない。運動場を見渡すが、そこにも人気が無かった。この時間なら上級生が部活動をしているはず……。まあ、いなければ、それでありがたいのだけど……。どうやら問題はなさそうだ。

「安全は確認したよ。次はどうすれば良いの?」
「あとは胸のエンブレムを外せば良いピュ。そうすれば合体は解けるピュ。だけどその途端にオマエはプリキュアの力を失うから、外す時は気をつけるピュよ。」
「う、うん。」

 ぽっぷは翼のエンブレムを両手で掴み、そっと引っ張った。上着の衣類(鎧?)が軽く引っ張られるが、その後はポンと簡単に外れる。外した途端、煙に包まれ、ぽっぷちゃんはもとの姿を取り戻した。側に鏡が無い為、右手で頭を触って確かめる。よかった。髪の毛だけで翼は無くなっている。
 服だけではなく、左肩に担いでいたボストンバッグも担いだ状態で復活していた。どうやら合体を解くと合体直前の状態に戻るようだ。
 ホッとしたぽっぷちゃんの手元で、エンブレムもまた煙に包まれ、元の姿を取り戻す。

「あなた……ペンタローじゃん! あなたが声の主だったの?」
「ペンタローじゃないピュ! 西風の神ゼピュロスだピュ!!」

 ぽっぷの手にはペンタローが握られていた。ぬいぐるみであるはずなのに、まるで生きているかのように動き、喋る。しかも、両翼をパタパタと羽ばたかせると、ぽっぷの手を離れ空中に浮かんだ。

「わぁ…ペンギンなのに……空、飛んでるよ。」
「だ〜か〜ら〜、オレは西風の神ゼピュロスだピュ! 『寄り代』の見た目で判断しないでほしいピュ。」
「そんな事言っても……ねえ。」

 よく見ると、確かにペンタローとは色が違う。紺色だったのに、今は緑色だ。それに頭には羽根飾りのようなものが付いている。……とはいっても本物とパチモンくらいの差異しか無く、50歩100歩である。ゼピュロスなんて立派な名前が似合うようにはとても思えない。せいぜい『ペンタロス』が関の山ではないだろうか? ペンタロス……ちょっとイイかも(笑)
 ぽっぷは肩に担いでいたボストンバッグを床におろすと、DXペンタローの箱を確認する。すると、箱には開いた形跡がないのに、何故か中のぬいぐるみが無くなっていた。今、空中回転を決めて、奇麗に着地した彼が、DXペンタローの『成れの果て』と見て間違いはなさそうだ。
 でもそれなら、合体する時どうやって飛び出したのだろう? 瞬間移動でもしたのだろうか?

「やっぱり……どう見てもペンタローだよ。ちゃんと箱にも入っていたわけだし…」
「これは借りそめの姿だピュ。『風の衣』に力の大半を割いたから、こんなぬいぐるみにしか憑依できなかったピュよ。」
「…憑依って…ぬいぐるみに乗り移ってこと? もしかして……あなた悪霊?!」
「失敬だピュね。愛しの妻といえども、言って良い事と悪い事があるピュよ。オレはゼピュロス。西風の神だピュ!」
「ああ、うん、失言だったね、ごめんなさい。えっと……ちょっと整理するね。まず、あなたの名前はゼピュロスで、私がクロリス……なんだよね。」
「そうだピュ! そしてオマエはオレの嫁だピュ!」
「まあ、それはひとまず置いておくとして……『寄り代』って何?」
「『寄り代』はオレ達が宿るこの身体の事を言うピュ。オレ達神族は『寄り代』に宿らないと下界では存在できないピュ。」
「それはつまり……あなた、つまりゼピュロスの『寄り代』がペンタローなのね。すると私、つまりクロリスの『寄り代』がこの身体という事は……え〜〜〜っと????
 クロリスの『寄り代』が春風ぽっぷ……ってこと?」
「その通りだピュ! さすがクロリスは賢いピュね! さすがはオレの嫁だピュ。」

 噛み砕いて解釈すると、神様が人間界で肉体を得る為に『寄り代』に乗り移った……と言う事のようだ。つまり、身体が『寄り代』で、心が『神様』ということになる。
 ゼピュロスに関してはひとまず納得した。問題は自分である。
 この身体…春風ぽっぷが『寄り代』なのは理解した。では心は? 今こうして苦しみ悩み考える、自分の意識は一体『誰』なのか? 『ぽっぷ』の意識ではなく、『クロリス』の意識なのだろうか? クロリスである事を知らず、何年もぽっぷとして生きてきた……ということなのだろうか?
 ぽっぷの心に『呪いの言葉』が沸き上る。

 ワタシはダレ? ワタシは人間? ホントに春風家の子なの?

 どうやら『その時』が来てしまったようだ。今こそ全てを知る時なのだ。ぽっぷは心を決めた。

「…………教えてゼピュロス。クロリスってどんな女神なの? 私に思い出させて…。」
「喜んで思い出させてやるピュ!! クロリスは花の女神だピュ! 元々はエリュシュオンの野に住んでいたニンフ…つまり妖精にすぎなかったピュ。でも、オマエの美しさに一目惚れしたオレが、モーレツアタックしたピュ。そしてプロポーズの時、オマエを女神にして、全ての花々を支配する権能を贈ったピュ。あの時のオマエの幸せそうな笑顔は最高だったピュよ♪」
「ただの妖精から女神様って……、それってすごい出世なんだよね。う〜〜ん…玉の輿かぁ。確かに魅力的かなぁ。それで……、花の女神の私には、どんなチカラがあるの?」
「花の女神の名に相応しい『百花を支配する力』だピュ。全ての花を支配していると言っても過言ではないピュね。そのチカラは花そのものだけでなく、花に関わるあらゆるものに作用するピュ。
 例えば農作物だピュ。ちゃんと花が咲かなければ麦やマメや果物は実りようが無いピュ。蜂蜜だって花が咲かなければ取れないピュ。その関係で、花粉や蜜を求めて花に群がるハチやチョウも、間接的に支配できるピュよ。
 ……ん? どうしたピュ? クロリス?」

 ゼピュロスはぽっぷの異常に気付いた。頭をたれ、身体を震わせ、その場にしゃがみ込む。そして突然、腹を抱えて笑い始めた。正に大笑いだった。さすがのゼピュロスも100年の恋が冷める想いだったかもしれない。

「どっ、どうしたピュ! 笑いキノコでも食べたピュか?」
「あははははっ!! 関係な……カ…かっ…カンケー無かったんだ! はははははははははっっ!!」

 ぽっぷの目頭に涙があふれる。だがそれは、安堵の泣き笑いであった。
 『玉の輿』話には共感を覚えたが、ようするに変則的な『白馬の王子様』にすぎない。女の子なら誰でも少なからず抱く憧れで、クロリスである証拠にはならない。
 『花』で思い当たる特殊事例と言えば、魔女界で導かれるかのように見つけた『ウィッチークイーンハート』の件があったが、あれも発見したのはハナちゃんだ。やはり証拠にはなり得ない。
 ぽっぷが天才で普通じゃない事の違和感と、花の女神である事は、全くといって良いほど結びつかないのだ。

 どう考えても自分の意識は『春風ぽっぷ』であるとしか思えない。それでは『クロリス』はどこにいるのだろう? そう考えてぽっぷは気付いた。
 マンションの屋上に行ったあの時……。ぽっぷは男の子の前で突然、「天空の女神キュアクロリス」と名乗った。ぽっぷの身体はぽっぷの意志を無視して決めポーズをとっていた。
 そして、大空を飛びながら我を忘れて景色を眺めていた、あの時……。何かがぽっぷの思考を阻害し、意識をぼやけさせていた。
 間違いない。クロリスは確かにぽっぷに宿っている。ぽっぷの身体でぽっぷの意識と同居していたのだ。

 落ち着きを取り戻したぽっぷは、側を飛ぶゼピュロスにつぶやいた。

「やっぱりワタシは私だよ。普通じゃないかもしれないけど、人間の女の子だよ。
 春風家の次女、春風ぽっぷなんだからね。」


Scene3◆プリキュアじゃないプリキュア

 ぽっぷは横たわったまま空を眺めていた。緊張感が解けた途端に疲れが出たようだ。背中は冷たかったが、今はそれほど気にならない。
 ぽっぷが小さかった頃、お姉ちゃん達に混ざって魔女修行をしていた。毎日が楽しかったから、魔女になる事の意味なんて考えた事も無かった。だけど、魔女になる事がぽっぷの運命ではなかった。今回もそうだ。プリキュアは自分の運命ではなく、ただ巻き込まれただけ。目的地に着くまでの、ほんの寄り道……。魔女もプリキュアも、ぽっぷの終着点じゃない…。
 とは言え、巻き込まれてしまった以上、無視するわけにもいかない。状況を正しく認識しなければ、何も決められない。ぽっぷは上半身を起こすと、ゼピュロスに話しかけた。

「ねえ、ゼピュロス。あなたはいつペンタローに……その『寄り代』に憑依したの? クロリスはいつ私に憑依したの?」
「そんなの知らんピュ。オレはずっと眠っていたピュし、そもそも神々には、人間の時間の感覚なんて意味が無いピュ。」
「そう……。知らないの……。う〜〜ん。じゃあ、これが何なのか判る?」

 ぽっぷはポケットからスペードマークの付いたカードケースを取り出して、ゼピュロスに見せた。

「これは『ウラノスブック』だピュ。天空神ウラノスの加護がかけられているピュ。オレとオマエはこのカードケースを媒介して『神婚合体』するんだピュ。言うなれば仲人のようなものだピュ。」
「仲人ねえ……(^^; まあ、変身アイテムみたいなものかぁ。」
「それが無いと合体できないピュから、いつも肌身離さず持っているピュ。これさえ持っていれば、オレがどこにいても、すぐに飛んでいって合体できるピュ。今のオレは無力だピュが、合体さえすればどんな危険からでもオマエを護ってみせるピュ♪」
「……ありがとう。あなたが護りたいのはクロリスなんだろうけど、それでも嬉しいよ。」
「何を言ってるピュ。『神』と『寄り代』は一心同体、オマエは『寄り代』も全部含めてクロリスだピュ。オレの愛する嫁だピュ。オレはオマエの笑顔を護る為に、ここにいるんだピュよ。」

 私の笑顔を護るため?
 妙な感情が沸き上り、ぽっぷの頬が赤く染まる。こ、これは…もしかして恋?
 いやいやいやっ 待て待て待てっ そんな事は無い。少なくともぽっぷの恋心では断じて無い!! これはゼピュロスの口説き文句に、眠っていたクロリスが反応したのだ。思わずぽっぷは心の中で『呪文』を唱える。
 落ち着け〜。血迷うな〜。相手はぬいぐるみだぞ〜〜……………ふう、収まった。
 どうやらクロリスが目覚めると、ぽっぷは感情的になって思考停止をしてしまうようだ。クロリスの感情に流されないよう気をつけねば………って、あれれ? もしかしてその方が普通の女の子っぽい???
 自分が花の女神よりも普通じゃない事を思い知らされ、ちょっぴり凹むぽっぷだった。

「ええっと……そ、それで……。この『ウラノスブック』だけど、カードが13枚収納できるようになっているよね? どんなカードを収納するものなの?」
「そ……それは……。」

 ゼピュロスが口ごもる。しばしの沈黙……。聞いてはいけない事だったのだろうか? やがてゼピュロスは重い口を開いた。

「……それは、神のカード『神札(しんさつ)』を収納するんだピュ。」
「神札? それって確か……神社が頒布するお守りの事だよね? これってお守り収納ケースなの?」
「当たらずも遠からずだピュ。『ウラノスブック』が収納する『神札』は、単なるお守りじゃないピュ。オレたち神そのものなんだピュ。」
「………それってどういう事?」
「オレ達神々は、この下界にある『寄り代』に憑依する事で実体化しているピュ。だけど、『寄り代』が致命的ダメージを受けると憑依出来なくなるピュ。『寄り代』から離れた神は下界では肉体が維持できず、『神札』へと姿を変えるピュ。『ウラノスブック』は『寄り代』を失い、『神札』に変わった神を『封印』する為のアイテムでもあるんだピュ。」
「致命的なダメージって……。ゼピュロスの場合ならペンタローのぬいぐるみが破れちゃうとか? だとしたら、私の場合は……大怪我したり、死んじゃったりした時?」
「そんな事はオレが絶対させないピュ! オマエはこの身に代えても必ず護ってやるピュ!」
「合体さえすれば……だよね。判ったよ。ありがとう。……あと、ちょっと気になったんだけど、『封印』ってどういう事?」
「『神札』はそのまま放っておくと、新たな『寄り代』を見つけて再び憑依するピュ。勝手に憑依させないために『ウラノスブック』に収納して『封印』するんだピュ。」
「それは、もしもペンタローのぬいぐるみが破れて、あなたが『神札』に戻っても、他の『寄り代』に宿れば復活できるってこと?」
「そんなに単純じゃないピュ。確かに節操の無く『寄り代』をコロコロと代えるヤツもいるピュが、身体がなじむには時間がかかるピュ。身体がなじむまでは眠り続ける事になるから、いざという時、身動きが取れないピュ。」
「その口ぶりだと、他にもあなたのような神様が、大勢いるみたいだね。あ……。もしかして、あなたを送ってきた『エルピス』も、あなたと同じ神様なの?」
「『エルピス』ピュか? 知ってるピュよ。ヤツは希望の女神ピュ。諦める事を知らないしつこいヤツだピュ。………べっ、別に親しいわけじゃないピュよっ。」

 動揺するゼピュロスは、浮気を疑われるのを恐れているかのようだ。身に覚えがあるのだろうか? それとも、クロリスが嫉妬深い子なのだろうか? 
 それにしても、希望の女神エルピス……か。『寄り代』は誰だろう? ぽっぷと同じように女の子に宿っているのだろうか? 敵だろうか。それとも味方だろうか……。
 『ウラノスブック』が、プリキュアになるためのアイテムであり、神々を封印するアイテムでもある……と言う事は、神々を封印する事がプリキュアの使命なのだろうか? でもそうなると、クロリスとゼピュロスも封印の対象になるはず。もしかして、同族同士で闘い合ってる? ……どうにも判らない。

「ねえ、ゼピュロス。私はプリキュアになって何を護るの? 何と闘うの?」
「……言ってる意味が分からんピュ。なんでオマエが闘うピュ。そんな野蛮な事、美しいオマエがする必要なんて無いピュよ。」
「え? ………だって、プリキュアって伝説の戦士でしょ? そんな風に聞いたよ?」
「そんな伝説、聞いた事も無いピュ。根も葉もない噂だピュ。よく考えてみるピュ。プリキュアの正式名称は『プリティ・キュア』ピュよ。こんな『プリティ』で『キュアキュア』な愛らしい名前のどこが戦士ピュ? 本当に戦士だったら、もっと攻撃的な名前をつけてるピュよ。」
「そりゃあ…確かに……『おジャ魔女戦隊マジョレンジャー』の方がよっぽど攻撃的だけど…。」

 ゼピュロスの主張は至極もっともだ。プリキュア伝説も噂が誤って広まっただけかもしれない。都市伝説は都市伝説にすぎないのだし……。だけど、何故かぽっぷは納得できなかった。何かとても大切なものを全否定しているかのようで……(^^;

「オレが護るべきは、クロリス、オマエ一人だけだピュ。そして闘うべき相手は、オマエに敵対するモノ全てだピュ。オマエはオマエが望むように生きれば良いピュ。オレはその為に、オレのチカラを封じて『風の衣』となる道を選んだんだピュ。」
「つまり……私は私自身の為に闘えってこと?」
「そうだピュ! 全く持ってその通りだピュ! さすがクロリスは賢いピュねっ!! 世間の噂なんか心配する事なんて無いピュ。プリキュアのチカラはオマエが使いたいように使えば良いピュ。逆に、使いたくなければ……使わなくても良いんだピュよ。
 でもでもでもっ、キュアクロリスに合体すれば、オマエを大空に連れて行ってやれるし、何があっても護ってやれるピュ! だからまた合体するピュ♪ 合体して空中散歩の続きをするピュ♪」

 ゼピュロスの必死感漂う誘いに、思わず苦笑するぽっぷ。

「それって……もしかしてデートのお誘い? でも、プリキュアになって空中デートって………。
 動機が純粋なのか不純なのかよく判らないけど、そんな事にチカラを使っていいのかなあ?」
「これはオレのチカラだピュ! そのオレがイイって言ってるんだから良いんだピュ♪」
「そう。それなら安心だね。でも、今のところは遠慮しようかな〜。」
「なっ!! なんでピュか!!! 何がいけないピュか!!」
「今のところ、身に迫る危険はなさそうだもの。それに、花も恥じらう乙女には『合体』って響きが、生理的にちょっとねぇ(^^;」
「ガァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!(T T)」

 落ち込むゼピュロスをよそに、心にゆとりの出来たぽっぷは、大事な事に気が付いた。

「あっといけない。学校は土足厳禁だね。」

 うっかりしていた。空から舞い降りたぽっぷは土足のままだったのだ。ぽっぷはすぐに立ち上がり、靴を脱ぐ。靴下ごしの床は冷たい。温暖な美空市とはいえ、まだ2月なのだから、当然と言えば当然か……。ボストンバッグのポケットにコンビニ袋を入れていたので、取り出して靴を入れる。そしてペンタローの箱共々ボストンバッグにしまった。

 さて、どうしたものか。せっかく母校に来たのだから、恩師に挨拶したいけれど……。6年間ずっと担任だったひなこ先生とは、卒業式以来ずっと会っていない。久々に無駄話でもして、先生の笑顔から元気をもらいたい気分だ。

 だけど問題があった。ゼピュロスである。生きたぬいぐるみの存在が世間に知られるのは、かな〜り困る。噂になっただけでも、ぽっぷが守り続けてきた日常は音を立てて崩れ落ちてしまうだろう。連れて行かなくて済むのなら、いっその事ここで別れたいくらいだが……。だけど、ぽっぷにクロリスが宿っている限り、他人のフリをしても、ストーカーのように付きまとうだろう。それに、ゼピュロスを放ったらかしにしておくと、深刻な事態に発展するかもしれない。
 結局ゼピュロスは、ぽっぷの部屋にかくまう以外、選択肢はないようだ。世間から秘密を守るためにも、本来なら家族に協力を求めたいところだが、現状では無理だろう。何しろ、かくまうべき相手が、ぽっぷを『嫁』とのたまっているのだから。特に、お父さんの理解だけは絶対に得られないような気がする(^^;

 こうなれば、連れ帰る前に何としてでも約束させなければ! いかなる手段を使おうとも!
 そう決心したぽっぷは、落ち込んでいるゼピュロスの側にしゃがむと、クロリスのつもりになって話しかける。なるべく優しく、男の子ウケしそうな猫なで声で、甘えるように……。

「ねえ、ゼピュロスぅ。クロリスのお願い、聞いてくれる?」
「なっ、何ピュか? オマエの言う事なら、何でも聞いてやるピュ!」

 声をかけると、途端に元気を取り戻すゼピュロス。判りやすいと言うか、御しやすいと言うか……。ゼピュロスはクロリスが大好きなのだとよく判る。

「見れば判ると思うけど、私ね、今ね、この世界で人間のフリをして生活しているの。『寄り代』としての生活を大事にしたいのよ。だからね……人目がある時は、ゼピュロスも自分の『寄り代』に合わせて、ぬいぐるみのフリをしてほしいの。」
「なっなんでピュと〜〜〜!!! 神であるこのオレに、オモチャになれと言うピュか〜〜〜〜!?」
「そうじゃないワ。オモチャのフリよ。フリをするだけなの。あなたが偉大な神様だってことは、誰よりも私が一番知っているワ。だけど、問題はあなたが宿っている『寄り代』なのよ。
 他の世界は知らないけれど、この人間界には、心を持ったぬいぐるみは存在しない事になっているの。あなたの正体が人間に知られたら、マスコミが来て大騒ぎになってしまうワ。そうなったら私、あなたと一緒には暮らせなくなってしまうの。少しでも長く一緒に暮らす為には、それ以外に方法は無いのよ。
 わかって……。お願いよ、
あ・な・た(はぁと)。
「くぅ〜〜、こっそりと暮らすなんて、なんかヒモみたいでカッコワルいピュ。でも、たしかにマスコミとやらにオレ達の愛の巣に近付かれては迷惑だピュ。仕方ないピュ。それがクロリスの笑顔を守るためなら、屈辱にだって耐えてみせるピュよ。」
「ありがとう!! 私、ゼピュロスだぁ〜い好き!!」

 ぽっぷは満面の笑みを浮かべながらゼピュロスを力一杯抱きしめた。サービス過剰……かな?
 ぬいぐるみ相手とはいえ、手玉に取るなんて罪深いオンナだなあ……なんて、ちょっぴり『自画自賛』してしまう(笑)ぽっぷだった。


Scene4◆静かなる校舎
 人気の無い校舎がこれほど不気味なのかと、ぽっぷは初めて知った。校舎は静寂が支配し、自身の呼吸やヒタヒタという靴下越しの足音以外何も聞こえない。誰もいないのだろうか?

 なんとかゼピュロスを説得したぽっぷは、ボストンバッグにゼピュロスを入れ、校舎の屋上から下の階に下りた。それから歩きながら職員室に向かっているが、まだ、誰にも会っていない。

 廊下の窓から中庭を眺めるが、時間が止まっているかのように動きが無い。それでは反対側の運動場はどうだろう? さっき屋上から見渡したときは人影を見かけなかったが、今でもそうだろうか? 近くの教室の戸が開いていたので、そこの窓から覗いてみる事にする。
 教室の開け放たれた戸から中の様子をうかがうが、教室にも人の気配はなかった。

 おや?

 忘れ物だろうか? 中央の机に何かある。開いたままの教科書に、開いたままのノート……。筆箱も開いたままで、シャーペンや消しゴムも出しっ放しだ。
 黒板には計算問題が書かれており、教卓には算数の教科書が置かれていた。妙だ。ついさっきまで補習をしていたようにしか見えない。
 更に教室に入り、中央の机に近付くと、机の横に赤いランドセルが掛けられているのが見えた。忘れ物じゃない。この席の女子生徒はまだ下校していないのだ。
 ここにいたはずの人は、先生が一人と女子生徒が一人。マンツーマンで補習をしていたとして、今、無人なのは……。あっ。もしかすると、二人で一緒にトイレ休憩なのかもしれない。それならノートや教科書が広げっぱなしなのも説明がつく。
 ぽっぷ自身、その説明に納得できているわけではなかったが、とりあえずは後回しだ。今は窓から外の様子を…運動場を確認しなければ。

 あれ?

 窓に近付いて、更に妙なものを見つけた。窓中に透明な泡が塗り付けられていたのだ。泡の大きさは大小様々で、粒状のものからシャボン玉大のものまである。
 ガラス用洗剤だろうか? それにしては垂れ落ちている様子が無い。粘り気が強いようで、泡の形を維持したまま窓に付着していた。しかもガラス面だけでなく、窓枠や取っ手にまで塗りたくられている。掃除の為とはとても思えない。あるいは男子生徒のイタズラだろうか? だとしたら、かなり大掛かりだ。これだけの泡をどうやって用意したのだろう?
 目的もイマイチよく判らない。何とも説明のしようがない謎の泡。一体なんなのだろう? 気になったぽっぷが、指でシャボン玉に触れようとしたその時、突然背後から声がした。

「その泡に触っちゃダメ!!」

押し殺すように小さく、しかし、しっかりとした女性の声に、ぽっぷは驚き、指を引っ込める。ふりかえると、教室の扉の前に、懐かしい恩師の姿があった。

「あっ、ひなこ先生。おひさ……」

 挨拶をしようとしたぽっぷは思わず口をつぐむ。ひなこ先生が、立てた人差し指を自分の口に重ねて睨みつけたのだ。ぽっぷに『黙れ』と合図したのだ。
 ひなこ先生は廊下の左右を確認すると、小走りでぽっぷに近寄り、両手でぽっぷの肩をつかむと、ヒソヒソ声で小さく怒鳴った。

「どうしてこんなところにいるの!!」

 ひなこ先生に叱られた? いつも優しい笑顔の、ひなこ先生に?
 優等生であったぽっぷにとり、それは初めての経験であった。ぽっぷは動揺する。自分はどんな悪さをしでかしてしまったのだろう?
 しかし次の瞬間、ひなこ先生の瞳から涙が溢れ出した。ぽっぷを強く抱きしめると、すすり泣きながら声をかけて来る。「よく……無事で……」と。ぽっぷはわけがわからない。強く抱きしめられて身動きが取れなかったが、かろうじて見えた先生の足に上履きもスリッパも無かった。それどころか靴下もはいてない。裸足だったのだ。一体何故?
 ぽっぷが靴を脱いだのは、校舎が土足厳禁だからだ。屋上から下りてきたので、上履きもスリッパも用意できず、止む終えない処置だった。なのに何故ひなこ先生まで裸足なのだろう?

「苦しいよ…。ひなこ先生、何があったの?」

 ぽっぷの声に、ひなこ先生は我に返った。立ち上がると涙を拭き、姿勢を低くしたまま小走りで教室の戸に近付くと、廊下の左右を見渡す。そして振り返るとぽっぷに小声で言った。

「靴だけじゃダメ。靴下も脱ぎなさい。裸足でないと廊下を走る時、滑るから。」

 廊下を走る? ぽっぷは驚いた。これまでの6年間、「廊下を走ってはいけません」と、生徒達に口が酸っぱくなるほど言い続けてきた、ひなこ先生とは思えない発言である。しかし、冗談で言っているとも思えない。ぽっぷは言われるままに靴下を脱ぐと、ボストンバッグにしまう。

「場所を変えましょう。ここは危ないわ。」

 そう言うと、ひなこ先生は廊下を小走りで駆け抜けた。ぽっぷも遅れず付いていく。裸足だと、走る時の靴音がほとんどしない。なんだか忍者になったような気分だ。………つまり、音を立ててはいけないってこと? 美空小で一体、何が起きているのだろう?


Scene5◆ディスカッション
「そう……。ぽっぷちゃんはしばらく屋上にいたの…。それで気付かなかったのね。でも、あそこはダメね。ケータイは使えるかもしれないけれど、『あれ』に気付かれたら、どこにも逃げ場が無いわ。」

 ひとまず音楽室に逃げ込んだ二人は、ひとまず互いの経緯を説明し合う。今必要なのは、生き残る為に必要な情報なのだから。最初はぽっぷが話した。もちろん、プリキュアに関する事柄は巧みにはぐらかしていたが…。そして次はひなこ先生の番である。

「ひなこ先生、美空小で一体何が起きているんですか?」
「…私にも、何がどうなっているのかよく判らない。だけど、ぽっぷちゃんなら何か気付くかもしれない。だから、私が知っている事を順番に話すわね。
 私はね、放課後の教室で、勉強が遅れていた生徒の補習をしていたの。用事を思い出して、生徒を残して、ちょっと職員室に戻ろうとしたのね。そしたら、職員室から西沢先生が飛び出してきたの。取り乱した西沢先生は、私に「早く逃げて!」って言い残すと、廊下を一目散に走っていったわ。すると今度は背後から何かを引きずるような音が聞こえたから、ふり向いたら……。
 職員室から大きな白いヘビが現れたの。教頭先生の足をくわえて、引きずりながら……。
 私、ヘビが大嫌いだから、パニックになっちゃって、無我夢中で逃げ出したわ。
 廊下を必死に走っていたら、途中で座り込んでいた西沢先生を見つけたの。西沢先生は、あわてて走っているうちにスリッパが脱げて転んでしまったみたい。ねん挫して、一人では立てなくなっていたのよ。一緒に逃げようと立ち上がらせようとしたのだけど、その時、白ヘビの怪物が追いついてきて……。」

 ひなこ先生は言葉を止め、音楽室の戸に近付くと、廊下の様子をうかがう。ぽっぷには近付く気配は何も感じられなかったが、ひなこ先生はその時の恐怖が蘇り、不安が幻聴を生み出したのかもしれない。何も来ないと安心した先生は、ぽっぷにもとに戻って話を続けた。

「私は怖くて、怖くて、今度は動けなくなってしまったの。悲鳴を上げようとしたけど、声も出なかった。逆に西沢先生は、悲鳴を上げながら這って逃げようとしていたわ。白ヘビの怪物はこの時、私の目の前にいたのだけれど、何故か私を無視して西沢先生を追ったの。そして怪物は、西沢先生にシャボン玉を吐き出した。音楽室の窓にも付いているわね。あの泡と同じものを吐き出したの。
 シャボン玉は西沢先生のまわりを漂うばかりで、何も起きないから、西沢先生はキョトンと愛らしい表情を浮かべていたのだけど、目の前でシャボン玉が1つはじけた途端、突然倒れて動かなくなってしまったの。
 私は……白ヘビの怪物ににらまれているうちに、あまりの恐ろしさに気を失ってしまって……。気がついたら…。」

 再び黙るひなこ先生。思い出すのが辛いのだろう。しかしぽっぷに事実を告げなければという使命感が、先生に言葉を喋らせた。

「そして気がついたら、私は昇降口ホールに倒れていたの。多分、怪物に運ばれたんでしょうね。辺りを見回したら、他にも人がいたわ。先生や生徒たちがそこら中に。校舎にいた人だけでなく、運動場で部活をしていた生徒たちまで…。放課後、学校に残っていたみんなが運ばれていたの。
 みんな生きてはいたけれど、身体がしびれて身動きが取れなかったみたい。それで気付いたわ。あのシャボン玉は、毒液でできているのよ。玉のままなら無害だけど、破裂すると毒液をまき散らすの。まるで爆弾ね。あるいは地雷かも…。それが校舎の外側に面した窓や出入り口に、大量に付けられていたの。だから、逃げられないのよ。
 それから……、助けを呼ぼうと思って色々試したのだけれど、今のところ全部失敗しているわ。
 電話のある職員室や校長室は、泡で埋め尽くされていてとても入れない。しかも、1つでも割れば、怪物がすぐにやってきて、シャボン玉を吐いて修復してしまうのよ。
 ケータイもダメね。シャボン玉のせいだと思うのだけれど、アンテナはほとんど立たないし、怪物は電波にも反応するのよ。廊下の途中で生徒の落としたケータイがあったけど、まるで目の敵にしているかのように、念入りに泡がかけられていたわ。ここに来る途中で、あなたにケータイを切るよう言ったのも、その為なの。
 ………今判っているのは、こんなところね。ぽっぷちゃん、何か質問はある?」

 ひなこ先生の、絶望に満ち溢れた視線が痛々しかった。ワラをもつかむ思いで、ぽっぷに希望を見出そうとしているのだ。
 さすがのぽっぷも途方に暮れる。確かにこれまでも、クラスの四角いトラブルを、まぁるく解決してきたが、まさかそこまで頼られていたとは……。

「え? そ、そうですね……。すぐには何とも言えませんけど……。みんなを襲った怪物は、白くて大きなヘビだったんですか? 私、まだ見てないんです。」
「ええ、そうよ。白ヘビの怪物……。ウロコが白くて、目が真っ赤で、人さえも丸呑みにしそうな大きな口を持っているの。いつもはみんなを集めている昇降口ホールの側にいるけど、時々移動してるわね。校舎を揺らしながら移動するからすぐに判るの。でも、一体なんなのかしら、あの怪物……。」
「答えになるかどうか判りませんけど……、先生、こんな話を知っていますか? とあるハリウッド映画のプロデューサーさんのインタビューでのコメントなんですけど、怪物の正体は4種類しか無いんですって。」
「4種類? ……どんな風に分けられるの?」
「1つ目が超古代生物の生き残り。2つ目が放射能による突然変異。3つ目が政府による実験生物。そして4つ目が宇宙人の侵略兵器なんですって。この4パターンしかないって断言していました。」
「ウフフフフ、ホントだ、確かにガザマドンに出て来る怪獣って、そのどれかに当てはまるね。」

 ひなこ先生はやっとぽっぷに笑顔を見せくくれた。泣き笑いだったが、それは確かにぽっぷの見たかった微笑みだった。

「ねえぽっぷちゃん。先生、思うのだけれど……。
 あの怪物は目が見えないんじゃないかしら。私を無視して西沢先生を襲ったのも、私が見えてなかったから…。黙ったまま動かなかったからよ。身体が白いのは、長年陽を浴びなかったせいで色素が退化したのね。目が赤いのも色素が無くて血の色が透けて見えるからだし…。きっと何世紀にもわたって日光の届かない地下世界に生息していたのね。確か学校の裏山に洞窟があるって聞いたことがあるから……、そこからやってきたんじゃないかしら。」
「確かに目が赤いのはアルビノの特徴の1つですけど…。でも、ずっと地下世界に生息していたのなら、目そのものが退化してるんじゃないでしょうか?」
「あ………それもそうね。」
「犬は逃げる者を追いかけますし、目をそらせば襲って来る猛獣もいます。その逆もアリですし。ひなこ先生よりも先に西沢先生が襲われたのも、怪物にとっては単なる優先順位の問題だったのかもしれませんし……。安易に目が見えないって決めつけない方が良いと思いますよ。」
「……はい、ごめんなさい。」

 シュンとなるひなこ先生。なんだかかわいい。ひなこ先生とはぽっぷが美空小に入学して以来の付き合いだが、そのかわいらしさは7年前と全く変わっていない。年齢を聞くと、いつも「禁則事項です」とはぐらかし、笑顔でごまかし続けてきた。ひなこ先生の正体は、実は魔女なのではないかと疑い続けているのだが、『魔女ガエルの呪い』が解かれ、魔女界との縁が断たれた今、ぽっぷには確認のしようが無かった。直接尋ねたところで教えてはくれないだろうし……。
 むむむ、怪物も気になるが、ひなこ先生の秘密も気になる。

「ところでひなこ先生、重要な質問なんですが。」
「え? なんですか?」
「先生の歳を教えてください。」
「そ……それは禁則事項…です。」
「ちっ。」
「も、もう、ぽっぷちゃんたら、こんな時にいぢわるしないで。」

 はっ!! い、いぢわるだったのか! そうか、まだ中学生だから判らないけど、オトナになると…。ちょっぴり反省するぽっぷだった。…………話を戻そう。

 実はぽっぷも怪物の色が気になっていた。いにしえの時代から白い動物は、その希少性や見た目の美しさから、得てして神聖なる者として扱われる事が多い。つまり、神様に近しい存在なのだ。
怪物はゼピュロスと同じ、神の一族ではないだろうか?
 一方で、蛇には邪悪なイメージが付きまとう。果たして白蛇は『聖なる者』か『邪(よこしま)なる者』か。プリキュアが倒すべき敵なのか、それとも味方なのか……。
 あれ? そういえば……。

「ひなこ先生、昨年の修学旅行の時、たまたま見かけたんですけど、教頭先生が白ヘビのストラップをケータイに付けてませんでしたか?」
「まあ! よく覚えているわねえ、そんな事。え〜〜〜っとね、あれは確か………。なんでも山口県の米軍基地がある町に、天然記念物に指定された白ヘビがいて、保護施設のお土産屋で買ったお守りだって、教頭先生から聞いたわ。巳年の人にはありがたいものかもしれないけど、ヘビ嫌いの私には、見てるだけでも生理的に辛かったなあ……。でも、どう考えても怪物とは無関係よねえ。」

 とんでもない! 大アリである!! 間違いない。教頭先生の白ヘビのお守りは『寄り代』にされたのだ。何かが宿り、怪物へと覚醒したに違いない。プリキュアの出番である。
 だがしかし、問題があった。人前で合体したくなかったのだ。正体を見破られても『魔女ガエルの呪い』のような致命的ペナルティは無い。しかし、『普通』を装う事が難しくなる。ぽっぷのこれまでの苦労がすべて水の泡になってしまうのだ。命に関わる問題に直面してはいるのだが、それでも迷わずにはいられなかった。下手すると、人生に関わる問題なのだから……。

 理想としては、ひなこ先生と別行動をとり、キュアクロリスとして先生の前に颯爽と現れれば良いのだが、この状況下でそれが可能だろうか? ようやく笑顔を取り戻したとは言え、今のひなこ先生の精神状態は最悪だ。とても一人にはできない。
 ぽっぷの不安は的中していたが、読みが甘かった。ひなこ先生の精神はすでに極限状態を超えていたのだ。

「先生、思うのだけれど……。
 あの怪物がみんなを殺さないでいるのは、保存用の食料にする為じゃないかな。毒で痺れさせているのも、生きていた方が長期保存ができるから…。つまり、私たちが頑張れば……。ぽっぷちゃんと先生で力を合わせて、学校から逃げ出すか、外に連絡して助けを呼べば、きっとみんなを助けられる。私たちが生き延びる事が、みんなを救う事になるんだわ。
 先生ね、独りぼっちになった時には、もうダメかと思っていたけど、ぽっぷちゃんが側にいてくれるおかげで、何とかなりそうな気がしてきたわ。」

 ひなこ先生の仮説に確証はなかったが、逃げ出す事を正当化するには、そう信じるしか無かった。生徒を誰も救えず、自分だけが助かってしまった事に罪の意識を感じているのだから。
 そんな中で現れたもう一人の生き残り…ぽっぷの存在が、ひなこ先生にとり、唯一の『救い』となっていた。何としても、ぽっぷちゃんだけは護りたい。この命に代えてでも! その想いだけが、ひなこ先生を突き動かしていたのだ。

「だから……頑張りましょうね。ぽっぷちゃん。」

 ぎこちなく笑いながら、ひなこ先生は今、その時、覚悟を決めた。


Aパート完。◆ 引き続き、Bパートへ…


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