PRECURE SQUARE solo 
#03Bパート S-7, S-8, S-9, S-10, S-10-2, S-11, S-12, S-13, S-14, S-14-2, S-14-3

Scene7◆翌朝

 次の朝、自室のベッドで目を覚ましたぽっぷは、慌てて携帯の着信履歴を確かめる。が、間もなくその作業が無意味であることを思い出す。仮にどれみ姉からかかってきたとしても履歴は残らないのだ。さすがのぽっぷも寝起きは頭が働かない。試しにこちらからどれみ姉にかけてみるが、携帯はつながらなかった。姉の携帯のバッテリーはまだ回復していないのだろうか。それとも昨夜外出したまま戻ってきていないのか。すると……姉は今、コンビニだろうか?
 ぽっぷは鳥かごに入っているゼピュロスに「おはよう」と挨拶すると、鳥かごの上にバスタオルをかぶせ目隠しをする。そして「覗いたら離婚だからね」と念を押してからパジャマを脱ぐ。見た目はぬいぐるみでも中身は『殿方』。『夫』と言ってもクロリスのであって、ぽっぷの『旦那様』ではない。本来なら花も恥じらう乙女の部屋に入れておくにも問題だが、さりとてプリキュアとして戦うパートナーを無碍に扱うわけにもいかない。鳥かごは、ぽっぷにとってのギリギリの妥協点であった。
 覗きと言えば……。ぽっぷは普段着に着替えながら暁やまとの事を考える。もし彼がどれみ姉との約束を破り、水晶玉を通して極めてプライベートな姿を覗いていたとしたら? ……いや、この際姉の事はいい。もし、ぽっぷ自身のプライベートまで覗き見ていたとしたら? 着替えとか、お風呂やトイレとか、プリキュアとして戦っている事とか…。
 昨夜の訪問時、暁がプリキュアの話題を出した時から、ぽっぷの秘密を知っているのではないかという疑念があった。そこでぽっぷは、それとなく探りを入れていたのだが、最後までシッポはつかめなかった。姉との約束を律儀に守っているなら立派だが、ぽっぷを騙すくらいのしたたかさがあっても不思議はない。彼は魔法使い。人間を越えた英知と、人間よりはるかに長い寿命を持っているのだから。
 いずれにせよ、水晶玉を使って覗きをされているなら避けようがない。別に『キュアガエルの呪い』なんてものがあるわけでも無いのだし……。どうにもならないことを心配してもしょうがないだろう。

 洗面所で顔を洗、台所へ行くと、母はるかがいつものように朝食を用意してくれていた。しかし父渓介の姿はなかった。母によると父は今、自室で眠っているという。
 昨夜、暁やまとが去って30分ほどして母は帰宅したが、父はぽっぷが起きている間戻ってこなかった。母の話だと、帰ってきたのは夜が明けてからだったらしい。ずっと姉を捜していたのだろうか?

「あ、そうそう。ぽっぷにお父さんから伝言よ。『どれみのことは心配しなくて大丈夫だ』ですって」

 疲れを隠すように笑顔で話す母に、ぽっぷは作り笑顔で応えるしかなかった。どれみ姉は魔女も魔法使いも手を出せない偽装世界に捕らわれているのだ。大丈夫な訳が無い。父は母やぽっぷを安心させるために嘘をついているのだ。それとも母も嘘と知っているのだろうか…。
 また仲間はずれ……か。ぽっぷは子供扱いされていることに、寂しさを感じずにはいられなかった。

 母にはお昼まで眠ってもらい、午前中はぽっぷが電話番をすることにした。昨夜は連絡があってはいけないと、夜通し起きていたらしい。今日は休日で学校はないし、どれみ姉のアルバイトも今日は無いのでコンビニに迷惑をかけることもない。いつもならピアノレッスンに励むところだが、両親が二人とも眠っている状況だし、ピアノに夢中になるあまり電話に気付かなかった……なんて事も無いとは言えないので、静かに授業の復習をしながら午前中を過ごすことにした。
 ぽっぷの携帯の着信音が響いたのは、時計が10時を回った頃だった。

 携帯を見ると見覚えのある数字が並んでいる。携帯の紛失や盗難など、もしもの時の個人情報漏洩対策のため、あえて登録していない電話番号であった。

「ぽっぷちゃん、おはよう〜♪」
「おはようございます、藤原先輩。ご無沙汰してます」
「も〜! ぽっぷちゃんったら意地悪ね!
 学校じゃないんだから、そんな他人行儀な話し方しないで!」

「えへへへ♪ ごめんね、はづきちゃん♪(^^)」

 藤原はづき。どれみ姉の幼なじみであり、その縁でぽっぷとも仲良しである。ぽっぷが通うカレン女学院の先輩でもある。しかしぽっぷは現在、はづきとは一定の距離を置いていた。原因ははづきの家柄にあった。藤原家は美空市が『美空の里』と呼ばれていた時代から続く名門中の名門で、カレン女学院の生徒達の羨望の的であったのだ。そんな中、ぽっぷがはづきから妹のようにかわいがられていると知られようものなら、妬みからどんな目に遭わされるか判ったものではない。そのような理由から、二人は学校ではほとんど言葉を交わしたことが無かったのであった。

「今日、時間取れる? よかったら、うちに遊びに来ない?」
「う〜ん……今日はちょっと」
「どれみちゃんのこと、聞いてるわ」
「ど、どうしてはづきちゃんが知ってるの?」
「ほら、うちは美空町の古参だから、ご町内会の中心みたいなものなのよ。いざという時にお力添えできるよう、問題があればすぐにお話を伝えてもらうようにしてもらっているの」

 両親が町内会を信頼する理由が判った気がした。確かに藤原家の人脈と資金提供がバックにあるなら、これほど頼もしいことはないだろう。しかしそれは、あくまで人の起こした災いなら…である。『神』が引き起こした災いに対処できるわけではないのだ。

「どれみちゃんのことは勿論心配だけど、きっとご町内会の方が何とかしてくれるわ。むしろ私はぽっぷちゃんが心配なの。ぽっぷちゃんは賢いから、普通の子には判らないようなことも見えてしまって、気負って無理をしてるんじゃないかって」
「え……」
「だから息抜きも兼ねて、うちに遊びにいらっしゃい。お父さんやお母さんに話せないようなことでも、私なら聞き役くらいは出来ると思うから。どうかな」
「じゃあ……お昼以降でもいい? お母さんに了解を取らないと行けるかどうかは判らないけど」
「うん。待ってるわ」

 確かにはづきとは、MAHO堂の一員として苦楽を共にした仲だ。家族や魔法使いの暁には話せないことも、打ち明けられるかもしれない。……だけど、ゼピュロスの事だけはとても話せそうにない。同情と哀れみに満ちた瞳で見つめられるのではと、考えるだけでもう……(><)


Scene8◆トゥルーラブ

 昼食時、目を覚ました両親にはづきからの電話の事を話すと、二人とも快く承諾してくれた。特に父渓介が積極的に勧めてきて違和感を感じたが、子煩悩な父のことだ。それだけぽっぷの事も心配なのかもしれない。いつまでも子供扱いされるのは不本意だが、今は素直に甘えるとしよう。

 久しぶりに藤原邸に訪れると、ばあやさんが出迎えてくれた。ぽっぷが物心ついた頃から、ばあやさんはばあやさんのままだ。どれみ姉たちはマジカルステージで1980年の美空市に行ったことがあるらしいが、そこで見かけたばあやさんも今と変わらぬ姿だったと聞く。流石に1940年代のばあやさんは恋する乙女だったそうだが……。失礼ながら、ばあやさんに若かりし日があったとは、ぽっぷには到底想像できなかった。

 ニコニコと優しい微笑みを浮かべるばあやさんに案内され、ぽっぷははずきの部屋へと通された。しかし、目に入った部屋の光景に意表を突かされる。いつもなら整理整頓されているのに、引き出しや棚に収納されていた荷物の数々が、所狭しと床に置かれていたのだ。

「はづきお嬢様、ぽっぷちゃんいらっしゃいましたよ」
「あ〜、ぽっぷちゃんいらっしゃい。散らかっててごめんなさいね〜♪」
「お招きいただきまして恐悦至極に存じます。藤原センパイ!」(キリッ
「も〜〜〜っ!
 イヂワルなぽっぷちゃんなんか嫌いよぉ〜!!」
\(`0')/キイッッ
「あはははは。ごめんなさい。ところでどうしたの? 何か捜し物?」
「せっかくぽっぷちゃんが遊びに来てくれるんですもの。想い出の品とか、見せたい物とか、色々あるじゃない? でも、肝心なモノをどこに置いたか忘れちゃって……。ねえばあや、あの写真、どこに置いたか知らない?」
「『あの写真』と申しますと……、もしかすると倉で見つけた『とっておきの宝物』でございますか?」
「そう! それよ!」
「それでしたらお勉強机の鍵のかかる引き出しでございましょう?」
「まあ、そうだったわね!! ありがとう、流石はばあやね! すっかり忘れていたわ♪」

 ぽっぷは思わず、声にならない声で(え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜)とつぶやいていた。どう考えてもそこは一番最初に探すところでは? ……っていうか、何故ばあやさんの方が詳しいのか?(^^; もしかして、はづきの秘密はすべてばあやさんに握られているとか?
 ばあやさんが茶菓子を置いて部屋を去ると、はづきは勉強机に走り寄ると引き出しの鍵を開け、何かを取り出すと背中に隠した。そしてぽっぷに茶目っ気たっぷりにほほえみかける。

「これは私のとっておきの宝物。でも門外不出の品だから、家から持ち出せなかったの。だからぽっぷちゃんにうちまで来てもらいたかったのよ」

 はづきも美しく成長した。どれみ姉同様『大和撫子』体型だが、お嬢様のはづきにはむしろ似合っているし、きめ細かくて色白な肌はカレ女生との間でも羨望の的だ。だが、天然ボケ具合は以前よりも酷くなっているような気がする。それもまた、お嬢様としてこの世に生を受けた者の宿命だろうか?
 眼鏡は小さくおしゃれな物へと替えられ大人っぽくなったが、対してポニーテールにつけた大きなリボンは昔のままだ。アンバランスな気がしたぽっぷは、疑問をぶつけたことがある。その答えは「自分が自分でなくなりそうな気がするから」だった。クラスメイトのみんなと別れてカレン女学院の制服を着るようになっても、ぽっぷはぽっぷのままだ。同じように服装や髪型が変わっても、はづきははずきである。何故「自分じゃなくなる」なんて考えるのだろう。ぽっぷにはよく判らなかった。

「ところでぽっぷちゃん、堀内孝之進は知ってるよね?」

 はづきは唐突に唐突な質問をぶつけてきた。何かの謎かけだろうか?

「美空小の創立者でしょ。校庭に銅像があったよ」
「幕末の美空藩で、教育の重要性を訴えて町の子供達のために塾を開いの。堀内塾…それが美空小学校の原点ね。だけど孝之進は貧しい浪人だったから、堀内塾はいつも火の車。何度も存亡の危機に追い込まれていたっていうわ。そんな中、孝之進の志に賛同して、陰から支えた女性がいたんですって」
「もしかして孝之進の奥さん?」
「それが、孝之進は生涯独身だったの」
「じゃあ……もしかして、アイジンさんとか?(^^;」
「ぽっぷちゃん、その発想は安直よ。でも…アイジンさんかもネ♪(^^)
 だけど、孝之進の手紙などの記述から女性の存在は明らかなのに、どういう訳か彼女の存在を裏付ける証拠が見つからないの。だから歴史研究家の間では『幻の女性』と呼ばれているわ。」
「へ〜、ちょっとした歴史ミステリーってとこだねぇ」
「ところがよ!」はづきのテンションが上がる!
「ところが?」ぽっぷも思わず釣られてしまう
「ついに我々取材スタッフは、『幻の女性』が撮された写真を入手してしまったのです!」
「なっ、ナンダッテー!!」
「つきあってくれてありがとう。そんなノリの良いぽっぷちゃんが私、大好きよ♪」(^^)
「いや、それほどでもないっスけど(^^;」
「それではご覧いただしょう! 不思議体験アンビリババー!?」

 そう言うと、はづきは背中に隠していたとっておきの『宝物』を見せる。額縁の中には1枚の古い写真が納められていた。

「へ〜。この人が『幻の女性』なんだ。笑顔が初々しくて、ホントにかわいい人だね。」

 それにしても着物姿に洋風エプロンとはハイカラだ。職業はウェイトレスか女中だろうか? それにこの時代に女性が眼鏡とは珍しい。勤勉で裕福な環境にいたということだろうか? でもそれなら、孝之進を陰で支えてたという話もうなずける。

「ねえぽっぷちゃん。誰かに似てると思わない?」
「え? ……う〜ん、誰だろ。……もしかして私が知ってる誰かのご先祖様とか?」
「うふふ、ちょ〜っと違うかなぁ〜♪」

「彼女はね、とある洋館で暮らす異人さんのお店で、女中として働いていたの。」
「なるほど。それで洋風エプロンなんだ」
「名前はね、おユキって呼ばれていたそうよ」

「おユキさん…。ゆき……。
えっ!! えええ〜〜〜〜〜!!!」

 ぽっぷは思わず写真を二度見する。モノクロなので瞳や髪の色は判らないが……言われてみれば確かに似ている。つまり、ぽっぷの想像が間違っていなければ、この写真に写っているのはご先祖様ではなく、若かりし日のゆき先生ご本人なのだ。さすがのキバヤシもびっくりである。

「……ちょっ、ちょっと待ってよ。ゆき先生って事は……女王様って事だよね? 幕末の美空町に女王様が来てたって事?」
「あれ? ぽっぷちゃん知らなかった? ……あ、そうか。あれはぽっぷちゃんが魔女見習いになる前に聞いたお話だものね。それでははづきお姉さんが解説しましょう♪ これはマジョルカにMAHO堂が乗っ取られてしまった時に、ララが教えてくれたお話よ。
 美空町の魔法堂には、オーナーになった者が魔女界の女王になれるというジンクスがあって、歴代の女王様もみんな美空町の魔法堂のオーナーになっていたんですって。当然ゆき先生の女王様もオーナーだった事があるのだけど、いつ頃オーナーをしていたか、時代を特定する資料がこれまで無かったのよね。女王在任100周年記念のイベントがあったから、それより前って事は判っていたけど。」
「そこでこの写真が出てきた……」
「そうなの! もう、大発見よ! 当時魔法堂にはマジョリー夫人と名乗る異国の女性が住んでいたの。アメリカ人貿易商の未亡人ってことになっているけど、どう考えたって魔女よね」
「マジョリー夫人……確かに、いかにもって感じの名前だね」
「マジョリー夫人の写真は今のところ見つかっていないけど、背は高く、緑がかった長髪で、ものすごい美人だったんですって。でも、冷たいほほえみを浮かべることから『氷の貴婦人』と呼ばれ、お侍さんすら恐れていたそうよ」
「特徴は女王様に似てるけど、冷たいほほえみってとこが引っかかるよねぇ」
「そうなのよ。だからこれまで確証が持てなかったの。この写真が見つかるまでは!」
「でも……どういうことなんだろう? この頃から二重生活をしてたってこと?」
「間違いないわ! おユキさんは魔法堂に住み込みで働く女中だったの。マジョリー夫人とは一つ屋根の下で暮らしていたから、成り代わるにしても簡単だし」
「でも、どうして二重生活を??」
「町人との交流を深めたかったんだと思うの。『氷の貴婦人』と呼ばれるマジョリー夫人はお侍さんすら恐れる人だったから、町人なら言わずもがな、でしょ? だからもっと人当たりの良い、日本人的な容姿に変身する必要があったのよ。その時の経験が『ゆき先生』に反映されたのよ」
「う〜〜〜ん。たしかに辻褄はあうけど、このおユキさんがマジョリー夫人の元で働いていたからって、女王様の変身した姿と決めつけるのは早計だと思うなあ」
「あら、どうして?」
「おユキさんは実在の人物で、彼女をモデルにして『ゆき先生』の姿を構築したのかもしれないよ。スーパーヒーロー物であるでしょう? 例えばウルトラセブンのモロボシ・ダンの姿は、たまたま出会った勇気ある地球人をモデルにしたものだし」
「も〜〜っ! ぽっぷちゃんは夢がないなぁ〜」
「え? 夢? 夢ってなに?」
「私たちの知り合いが、歴史上の人物とラブロマンスをしていたかもしれないのに、ぽっぷちゃんの『説』だと完全否定じゃない!」
「ラ、ラブロマンス?」
「美空市の偉人、堀内孝之進を支える『内縁の妻』が女王様だったかもしれないのよ! 魔女界の女王になるには人間と結婚できず、孝之進も生涯独身を貫き通した……。決して結ばれることのない運命だったなんて!! なんて切ないトゥルーラブっ!!」

「あー、そういう妄想に持っていきたい訳ね。ていうか、いつの間に内縁の妻?(^^;」
「もう! 失礼しちゃうわねっ! 美空小に通っていた時、私見たんだからっ! ゆき先生が堀内孝之進の銅像を熱い眼差しで見つめていたところを! あれは絶対想い人を見つめる眼差しだったわ!! 今度ゆき先生にお会いする時には是非とも聞かせていただかなくてはっ!」
「やめようよ〜。そういうのは触れないでおこうよ〜。本当にそうだったとしても、相手は故人なんだし。かわいそうだよ〜」
「何を言ってるの! 歴史上の人物のお話を当事者から聞ける、またとないチャンスなのよ! 歴史ロマンよ! 歴史ロマン!」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……」

 断定するには根拠が弱い気がするのだが、はづきは確信しているようだ。これが女の感というものだろうか? それにしても不思議だ。昔のはづきはハッピーエンドしか受け入れられなかったのに、最近は悲恋にもときめくらしい。確かに結ばれないと判っていても愛を貫く姿は感動的ではあるが……。
 瞳をキラキラと輝かせ、トゥルーラブな妄想を膨らませるはづきに苦笑いを浮かべながら、ぽっぷは思った。ゼピュロスに関わる事は絶対話すまい……と。


Scene9◆引き裂かれた想ひ出

 その後二人ははづきの部屋の片付けをすることにした。片付けと言っても元々整理整頓されていたから、置き場所は決まっているし捨てる物もない。時間の多くは、もっぱら品々にまつわる思い出話に花を咲かせる事ととなった。はづきのカレ女中等部時代の話も興味深かったが、やはり楽しかったのは、MAHO堂時代の話だった。はづきがいて、あいこがいて、おんぷがいて、ももこがいて、ハナやマジョリカやララがいて。そしてぽっぷとどれみがいたあの時のこと……。しかし、姉を思うと笑顔を維持するのが難しい。今どれみ姉は、偽装世界の美空町で独りなのだ。そんなぽっぷの思いを察してか、はづきはこう言って励ます。

「どれみちゃんならきっと無事に帰ってくるわ。初詣で美空神社にお参りして、『美空市のみなさんが幸せになりますように』って、しっかりお願いしたもの。あそこって御利益あるのよ。『魔女見習い試験の一級に合格して、みんなで魔女になれますように』ってお願いしたら、一時的とはいえ、ちゃんとなれたんだもの。だから心配しなくても大丈夫よ、ぽっぷちゃん♪」

 冗談で言っているのか、それとも素で天然なのか……。長いつきあいのはずだが、はづきのことが時々判らなくなる。
 昨夜のことは、プリキュアに直接関わる事以外全てはづきに話した。どれみ姉が行方不明になったこと。どれみ姉と何故か電話が出来たこと。そして暁を自宅に招いたこと。暁と二人きりになったものの、特に何にもなかったこと(笑)。魔法使い、そして恐らく魔女にも、どれみを救出する手立てが無いということ。にはそして偽装世界についての考察を聞かされたこと。

「それよりもぽっぷちゃん!」はづきの口調が少し厳しくなる。
「いくらどれみちゃんが心配だからって、誰もいない夜の我が家に年頃の男の子の訪問を許すなんて、感心しないわ」
「あははは(^^; …暁君たちって嫌われてるんだねえ」
「そうじゃなくて、ぽっぷちゃんはカレン女学院の生徒なのよ。他の学校以上に、世間体というものも考えないといけないの。それに、世間体以上に問題なのは……。学園では私とは他人のフリをしているぽっぷちゃんなら判るでしょう? 学園内で噂が広まる怖さを」
「うっ…。そうでした(><)」

 ウワサが広まることで何よりも怖いのは嫉妬だ。普通のイケてない男子なら、鼻で笑われる程度で済まされるかもしれないが、暁はイケメン過ぎて危険だ。

「カレン女学院の教育方針はキリスト教の教えに基づいているから、生徒が過ちを犯したとしても見捨てたりは決してしないの。例えば、美空小にいた関先生はカレン女学院出身だけど、高等部にいた頃は毎晩のようにバイクで夜の街を走っては不良と喧嘩をする毎日で、畏敬の念を込めて『ミッドナイトライダー』と呼ばれていたらしいわ。普通の学校なら、学校の保身のために退学処分にされてもおかしくないくらいの事件もあったらしいけど、迷える子羊を見捨てたりはしないって、シスター達がかばってくれたそうよ」
「あ、それ知ってる。有名なカレ女の伝説だよね。クラスメイトから聞いた話はかなり誇張されていたけど。『ミッドナイトライダー』の正体は『プリキュア』だったって」

 ぽっぷはさりげなく『プリキュア』のウワサを付け加えた。ぽっぷの秘密を知っているのか、探りを入れてみたのだ。だが、はづきは特に反応することもなく話を続けた。都市伝説としてのプリキュアなら大抵の女の子は知っているから、スルーされることは不思議ではない。ひとまずゼピュロスの事は知られてないようである。やれやれ。

「だけど、自主的に去っていく場合は別よ。例えば、高等部へ進級せずに他の高校へ行ってしまう子。多くは中等部の段階で授業についていけない場合ね。これはまあ、仕方ないかな。でも、悪いウワサが生徒の間に広まったせいで学園に居づらくなって、高等部へ進級する前や、卒業を間近にして『転校』してしまう子も時々いるの。男性に関係する問題には、みんな特に敏感だから……。だから気をつけてね」
「はい。以後気をつけます。(v_v)
 ……でも、それじゃあ、はづきちゃんが矢田君とあまり会ってないのは、学園内の『世間体』のせい?」
「はううっっ!!(><)
 さ、流石はぽっぷちゃんね。切れ味鋭い返し技を繰り出すなんて…、私のHPはもう0よ」
「あっ、ご、ごめんなさい! 触れちゃいけない話題だった?」
「ううん、いいの。でも、そうね。結果的には世間体の問題もあったかも…。実際には学校が違うし、お互い忙しいから、なかなか会う機会が持てないだけなんだけどね。あ、でも、私の誕生日だけは、まさるくんとじっくりお話しするのよ♪ 門限の時間ギリギリまで」

 よかった。誕生日を思い出して、はづきのHPが回復したようだ。
 はづきの幼なじみ、矢田まさる。ぽっぷはあまり面識がないが話は色々と聞いている。昔のことはMAHO堂のみんなから、近況は同じ美空高に通っているどれみ姉から。頭は悪いしぶっきらぼうだが、腕っ節が強くて、どれみ情報によると、女子生徒からもかなり人気があるらしい。ただ、ラブレターもバレンタインチョコも一切受け取らないし、放課後はいつも中山しおりという病弱なクラスメイトに付き添って帰ってしまうため、取り付く島もないそうだ。かといって、中山しおりと付き合っているわけでもないらしい。あくまで二人は友達同士なのだとか。
 う〜〜〜ん。もしかして三角関係だろうか? 興味は尽きないが、追求はしないでおこう。

 あれ? そういえば……。三角関係の一辺としてすら扱われなかったかわいそうな男の子がFLAT4にいたような気がする。

 美空小を卒業して以来、MAHO堂がそれぞれの道を歩み始めたように、FLAT4も半ば解散状態だった。暁は美空町に拠点を移し、どれみ姉の通う美空中、美空高へ。トオルは芸能界を目指していたこともあり、おんぷが進学した遠近学園へ。レオンはあいこを追いかけて単身大阪へ。友情よりも恋心を優先したと言うことか。そして……フジオは? いくらはづきを追いかけたくても女子学校には進学できない。FLAT4の中では唯一女装が似合いそうな魔法使いではあるが……。

「そう言えばフジオ君てどうしてるんだろ? カレ女周辺で見かけたこともないし、今でもはづきちゃんに付きまとってるの?」
「え? ……ん〜、まあ、付きまとっていると言うのとはちょっと違うかもしれないけど……。ときおり表敬訪問してくるわよ」
「ひょ、表敬訪問?」
「魔法使い界からの正式な使者として王様の親書を携えて来るから、無下に断れないの。今じゃフジオ君、すっかりママのお気に入りよ…」
そう言うと、はづきは大きくため息をついた。
「……私には、フジオ君が表敬訪問にかこつけて、はづきちゃんに付きまとっているように思えるんだけど(^^;」
「そうかも…」はづきは再びため息をついた。
「……ていうか、ちょっと持ってよ! 今はづきちゃん、さりげなく、もの凄いことを言ったような気がするんだけど。つまり、はづきちゃんのパパやママは、魔法使いのこと知ってるの? もしかして魔女のことも?」
「魔女についてはまだ知らないわ。でも、魔法使いの認知度は社会的にも少しずつ上がってきているみたいよ。政界や財界の著名人に密かに会っているってフジオ君が」
「人間界との交流を真剣に考えているなら政治家とかに会うのは判るけど、どうしてはづきちゃんのうちに? やっぱりはづきちゃんが目的なのかな」
「それもあるかもしれないけど……、魔法使い界が人間界との交流を深めるための地盤固めでしょうね。藤原家はあちこちに顔が利くから…。だけど私が気になったのは魔女界ね。魔法使い界は人間界との交流を深めるべく積極的に動いているというのに、魔女界の動きがまるで見えないの。魔法堂も空き家のままでしょう? フジオ君の話によると、魔女達は『呪い』恐怖症が抜けきれて無いせいで、正体を明かせないんじゃないかって……」
「たしかに、千年間もマジョガエルの呪いに怯えてたんだものね。トラウマを克服するのは簡単じゃないよ。でもそうすると、名乗らないだけで魔女自体はいっぱい人間界にいるのかも」
「それはそうかもしれないわね。マジョルカは今でも芸能プロダクションの社長さんだし」

 ぽっぷは先日のピアノ発表会でゆき先生から花束をもらったことを話そうかと思ったが、直前で止めた。ぽっぷ自身はゆき先生からだと確信したが、直接会った訳ではないし、もし別人だったら誤った情報を話してしまうことになる。ゆき先生と聞いて目を輝かせるはづきの姿が、何となく怖い気がしたから……というのが真相だったが、それはあくまでナイショである。

「あ〜〜〜! 懐かしい〜♪ これ『カリスマ配達員』の台本よ」

 箱を開けたはづきのテンションが、突然上がる。中には大小様々な封筒が入っていたが、一番上には、手書きの文字で『カリスマ配達員』と書かれたB5サイズの本が入りそうな大型の封筒が置かれていた。

「あ、そういえば、私も見に行ったような気がする。美空小の学芸祭だったよね」
「うふふ、そうよ。4年生の時の美空小学芸祭で、1組の出し物が演劇だったの。クラスの信子ちゃんがシナリオを書いて、私が監督をすることになって、主役のカリスマ配達員役はおんぷちゃんがやるはずだったけど、おんぷちゃんはお仕事が入って急に出られなくなってしまったから、私が代役をする羽目になって……。あの時は大変だったな……。でも、今となってはみんな良い思い出ね」

 はづきはそう話しながら封筒を手に取り、中から手作り感溢れるシナリオ台本を取り出す。ボロボロでかなり痛んでいるが、それは時の経過による劣化ではなく、徹底的に読み込んだ結果であるようだ。監督として、舞台を成功させるために、必死に取り組んだ思い出の全てが刻まれている。よく『傷は男の勲章』などと例えられるが、この台本の傷の一つ一つも、はづきにとっての勲章なのだろう。
 だけど、はづきが封筒から出した台本を見て、ぽっぷは違和感を感じた。下半分が無かったのだ。まるで引き裂かれたかのように。台本は結構な厚さなのに、引き裂いてしまうなんて、ずいぶん力持ちなクラスメイトがいたモノである。女の子にはちょっと無理だ。男の子でも小学生では無理があるような気がするが……。この引き裂かれた傷にはどんなドラマが隠されているのだろう。これもまたはづきにとっての『勲章』だろうか。

「ねえはづきちゃん、この台本どうして……」

 そう言いかけて、ぽっぷは言葉を詰まらせた。はづきの顔がショックで引きつっていたのだ。
 はづきは慌てて封筒をひっくり返すと、台本の下半分が現れた。二つを震える手に持ち裂け目を重ねるが、魔法の使えない身では元に戻せるはずもなかった。

「そんな……誰がこんな……ひどい……ヒドイ……
ばあや! ばあや、どこ!」

 そう叫ぶと、はづきはばあやさんを求めて部屋を走り出た。一瞬だが、はづきが泣いているのが見えた気がした。
 一体何が起きたのだろうか。部屋に一人残されたぽっぷは、はづきの置いた台本を観察する。全体的に痛みが激しく、あちこちに文字が書き込まれていたが、いずれの傷や痛みは古いものとわかる。ところが、横一文字に引き裂かれた裂け目はやけに新しかった。しかもどうやって引き裂いたのか、観察すればするほど判らなくなる。手で引き裂いたにしては綺麗すぎ、刃物で切ったにしては汚すぎた。
 一体誰が、何のために、どうやって引き裂いたのか……。それも、よりによってはづきの思い出の品をだ。何気なく裂け目を指で触れた瞬間、ぽっぷの脳裏に不思議なイメージがわき上がる。細くて長い紫の糸のイメージ。時にはしなやかな鞭となり、時には張り巡らされて網となり、時には束ねられて強靱な足となる。だけどその正体は……髪の毛? 

「エル…ピス……」

 突然声が漏れた。驚いたぽっぷは声の主を捜して部屋を見回すが誰もいない。やがて声の主が自分自身だと気付いて再び驚いた。そして自分が無意識につぶやいた名前に三度驚く。
 『エルピス』だって? 不思議なイメージの正体が……あれが『エルピス』? ギリシャ神話における希望の女神であり、ぽっぷにカードケースウラノスと、ゼピュロスが憑依したペンタローのぬいぐるみを送ってきた謎の人物。だけど、だけどあれは…………。

 ぽっぷの背筋が寒くなった。イメージに現れた『エルピス』は、人の大きさをした蜘蛛の怪物だったのだ。


Scene10◆待ち人

「はづきちゃん、大丈夫かな……」

 玄関を出たぽっぷは藤原邸を振り返る。ぽっぷの前では気丈に笑顔を見せるはづきだったが、ショックはかなりのものだろう。寝込んでしまっているかもしれない。

 はづきの部屋に大切にしまっていた思い出の品の中から、『カリスマ配達員』の台本だけを引き裂く……。魔法が使える魔女や魔法使いなら不可能ではないが、気まぐれでやるようなことじゃない。かといって嫌がらせとも思えない。あれがエルピスの仕業としたら目的は何? 決まっている。神札の回収だ。
 神札『ゼピュロス』は、ペンタローぬいぐるみに憑依したまま長い間眠りについていた。ぽっぷに憑依している神札『クロリス』もそうだ。同様に『カリスマ配達員』台本にも神札が憑依して、深い眠りについていたのだろう。…もしかしたら、ヒュドラも?
 美空小で暴れたヒュドラは、神札が教頭先生の白蛇のストラップに憑依していた。それをぽっぷ…キュアクロリスがストラップを直接破壊することでヒュドラを倒し、やっとの思いで神札『レルネのヒュドラ』を回収した。だけどヒュドラはキュアクロリスと戦う前から、すでに何者かと戦っていた痕跡があった。もしかしたら、エルピスが神札を回収しようとして、結果的に眠れるヒュドラを起こしてしまったのではないだろうか? だからヒュドラと戦って、それから……それから……。それからエルピスはどうなったのだろう? 敵わぬと悟って逃げた? それとも……ヒュドラに倒された?
 ぽっぷは懐からスペードマークのついたカードケース『ウラノス』を取り出す。プリキュアになる為の『合体』アイテムであり、回収した神札を収納し拘束する『封印』アイテムでもある。収納出来る神札は13枚。トランプと同じなら、他にクラブ、ハート、ダイヤのマークが付いたカードケースがあるはず。エルピスが神札を封印しているのなら、いずれかのカードケースを持っているのだろう。だけどエルピスがプリキュアなのかは判らない。台本の裂け目に触れた瞬間に見えた蜘蛛のイメージが、ぽっぷにはどうしてもプリキュアと重ねられなかったのだ。

「こんにちは、ぽっぷちゃん♪」

 突然声をかけられ、ぽっぷは慌ててカードケースを懐にしまう。見上げると見慣れない中年女性が笑顔で立っていた。声は聞いた事があるのだが……はて?

「こ、こんにちは。……あの、すみません。どちら様でしたっけ?」
「あら、そういえば普段着で会うのは初めてかしら? 小料理屋『秋穂』の長谷部です」
「え! じゃあ『秋穂』の女将さん?」

 ぽっぷは驚いた。どうりで聞き覚えのある声だ。息子に、どれみ姉のクラスメイトで長谷部たけしって子がいて、その縁で何度か小料理屋『秋穂』に行った事があり、女将とも何度か言葉を交わした事があった。また、父・渓介がよく飲みに行っている店でもある。それにしても着物姿とはまるで別人だ。

「え、えと、いつも父がお世話になってます。女将さんて、お化粧してなくても美人なんですね。びっくりしました!」
「あら、ありがとう♪ こちらこそぽっぷちゃんのお父さんには、いつもごひいきにしていただきまして。……ところで、どれみちゃんはまだ戻ってきてないの?」
「え!? ええ、まだなんです。でも、どうして知ってるんですか?」
「実はうちのお店ね、美空町町内会の緊急会合場所に指定していただいてるの。ちなみに推薦してくださったのもぽっぷちゃんのお父さんなのだけど……まあ、それはともかくとして。
 昨夜は、お父さんが来てからあちこちに電話して、入れ替わり立ち替わり色々な方がいらっしゃってね。どれみちゃんの安否を確かめる為に夜明まで、ずっとがんばっていたのよ」

「そ、そうだったんですか。お父さんが……」
「それでね、多分その関係だと思うのだけど……、昨夜訪れた町内会の人がお昼にうちに来てね、これをぽっぷちゃんに渡してほしいって頼まれたの」
「え……お父さんではなく私に、ですか?」
「ええ。必ず直接渡すようにって」

 そう言って『秋穂』の女将は茶封筒をぽっぷに渡した。大きさや厚みから察するに本のようだが、何故ぽっぷに直接なのだろう? ぽっぷの秘密を…プリキュアであると知っての事だろうか。ぽっぷは緊張しながら恐る恐る封を開け、中身を取り出した。

 うっ! こ、この本は!!


Scene10-2◆エルピスと『テーセウス』

「なに? どうしたの? ぽっぷちゃん、おばさんにも見せて♪
 ………ミソラ・ミステリー・ツアー? ぽっぷちゃんてこういうのが好きなの?」

「………え〜っと、好きってわけじゃありませんけど、まあ、興味はあります(^^;」

 『ミソラ・ミステリー・ツアー』。略してMMT。それは美空市内で起きた怪奇現象やミステリースポットを紹介するガイドブックであった。発行は我らが一流報道機関、美空スポーツ新聞社である。どうやら美スポ紙面上で報道された怪奇事件の記事に追加情報を加え、1冊にまとめたもののようだ。本にまとめられるほど、美空市では怪奇事件が起きているのだろうか?
 ぽっぷはパラパラとめくっていると1枚の写真に目がとまり、冷や汗をかいた。未確認飛行物体のページで『美空市上空で頻繁に目撃されたフライングヒューマノイド』と紹介されている写真には、6色の飛行物体が写っていたのだ。ピンク、オレンジ、ブルー、パープル、イエロー、そしてレッド……。解像度が低くてわかりにくいが、どう見てもホウキで空を飛んでいるぽっぷ達魔女見習いである。当時は気付かなかったが、あれだけ頻繁に空を飛んでいたのだ。目撃者がいない方がおかしい。人に知られることなく、よく4年間も魔女見習いを続けられたものである。もしかして、本に載ってる大半の怪奇現象は、ぽっぷやどれみ姉達が関わっているのかもしれない……。
 そこでぽっぷは、本にしおりが挟まれていることに気付く。挟まれているページを開いてしおりを見ると、そこには某『消失』ドラマと同じように、手書きのメッセージが書かれてあった。

 

 姉上は必ず助ける。心配しなくていい。

 

「あ、あの! この本を渡してくれた人って、どんな人なんですか?」
「う〜ん、そうねえ。おばさんも頼まれただけで判らないのよ。私に頼んできた人は、お店の常連さんよ。ヤブキさんって言ってね、若く見えるけど、ぽっぷちゃんのお父さんと同じくらいの年の男の人。でも、ヤブキさんも誰か別の人から頼まれたって言ってたから……。」
「そのヤブキさんって方は、どうして私に直接渡さず、女将さんに頼んだんですか?」
「色々事情はあるみたいだけど、一番の理由は、小さな女の子に話しかけて、変質者とか誘拐犯なんかと間違えられたら嫌だからだそうよ」
「はあ、なるほど(^^;」

 しおりが挟まれていたページを見る。2色刷のページで、イラストには霧に覆われた町と頭に角の生えた大男のシルエットが描かれており、見出しには『異世界遭難事件』と書かれていた。


【異世界遭難事件】
 美空市ではここ数年、月に1度くらいの割合で、異世界に迷い込む怪事件が頻発している。しかし、頻発しているにもかかわらず、事件を裏付ける物証が存在せず、唯一の手がかりは生還した遭難者の証言のみである。ただし、遭難者は美空市内に住む中学から高校までの少年少女ばかりであるため、証言の信憑性自体も疑問視されている。だとしても、子供達のいたずらと片付けるのにも疑問が残る。美空内で暮らす中高生の少年少女という共通点はあるものの、証言者同士の接点がほとんど見られないのである。

 ここで遭難者の証言の共通点を記す。
 異世界に迷い込むのは必ず一人でいる時である。前触れもなく突然迷い込んでしまう上、異世界自体が今までいた町並みと変わらないため、遭難者はなかなか異変に気付かない。やがて人も動物も誰もおらず、電気ガス水道電話などのライフラインは一切使い物にならないことが判ってくるが、異変に気付いても、静寂が支配する世界では遭難者には何も出来ない。深い霧が町中を覆いつくしているため行動の自由が制限されるのだ。ここで誰もが途方に暮れたまま一晩を過ごすことになる。が、一日くらいすると異世界そのものが消えてしまい、遭難者は唐突に元の世界へと戻されるのである。
 ただ、元の世界に戻る前には兆候がある。霧の向こうで何かが激しく争うような音が聞こえるというのだ。これには少数ながら、いくつか興味深い証言がある。半人半牛の怪物を目撃した者や、怪物が何かと戦っていたと語る者がいるのだ。証言自体も少ないため、霧の中の怪物の正体は曖昧なままだが、妖怪、鬼、神など、世界中には様々な半人半牛の伝説がある。最後に代表的な伝説を記そう。

【件(くだん)】
 日本各地で語られている伝説の妖怪。牛から生まれ、人語を解し、必ず当たる予言をして死ぬ。件の絵姿は厄除招福の護符になると評判になり、厄除けとして流行ったこともある。古くは牛の体と人の顔の怪物とされていたが、第二次世界大戦ごろから人の体と牛の頭という説も登場している。

【牛頭(ごず)】
 地獄で亡者達を責めさいなむ獄卒鬼。多くは馬頭(めず)とセットで扱われており、牛頭馬頭と呼ばれるのが一般的。

【モレク】
 古代の中東で崇拝された男性神。幼子の人身供犠が行われたことで知られる。

【ミノタウロス】
 ギリシャ神話に登場する牛と人の間に生まれた子。「ミノス王の牛」と言う意味でミノタウロスと呼ばれる。凶暴化したため、ミノス王は迷宮(ラビュリントス)を造らせ閉じ込めた。それ以降、ミノタウロスの食料として、9年ごとに少年少女をそれぞれ7人ずつ迷宮に送るようになる。英雄テーセウスがミノタウロスを退治するまで続けられた。


 

 ミノタウロス……これだ!
 どれみ姉と携帯電話が繋がったことからぽっぷは、どれみ消失事件には神札が絡んでいると睨んでいた。花の女神クロリス、西風の神ゼピュロス、天空神ウラノス、レルネのヒュドラ、そして希望の女神エルピス。プリキュアに関わる者は敵味方関係なくギリシャ神話に関係している。ならば今回も例外ではないだろう。
 犯人がミノタウロスなら、異世界と霧は迷宮ラビュリントスの暗示ではないだろうか。白い濃霧が視界を遮れば、見知った近所でもうかつには動けなくなる。異世界自体が実世界のコピーなのは、ミノタウロスに想像力が欠如しているからか、それとも迷い込んだ子を混乱させるためか……。どちらかと言えば後者ではないかと思われる。
 ミノタウロスが少年少女を迷い込ませる目的は何だ? 神話通りなら『食料』となるが、実際には神札が生物に憑依しない限り『食欲』が湧くことはないし、憑依先が生物だったとしても、人間を『食料』と考える生物が美空市内にいるとも思えない。……もしかして、性的な意味で食べちゃおうとか考えてるとか? うう、なんか怖い考えになってしまった(><)
 いずれにせよ、どれみ姉のピンチであることに変わりはない。しかし、しおりのメッセージには「心配するな」だ。本に書かれている遭難者の証言を信じるなら、いずれも大事に至る前に元の世界に戻っている。その直前に争う音。ミノタウロスが何者かと戦っているとの証言もある。つまり『英雄ペーセウス』にあたる者がミノタウロスを倒し、少年少女は救出されたということか。
 だけど……その度にミノタウロスは復活し、少年少女の誘拐を繰り返しているのだ。つまり、しおりのメッセージを書いた『勇者テーセウス』には神札を封じる手段が無い。プリキュアでも無ければ、封印アイテムであるカードケースも持っていない……ということになる。
 一方で、はづきの想い出の台本を切り裂いて神札を回収したのがエルピスなら、プリキュアかどうかはともかくとして、少なくとも神札を封印するカードケースは持っているわけだ。エルピスと『英雄テーセウス』は別人……あるいは別組織と考えるべきだろう。

 少し情報を整理してみる。
 『英雄ペーセウス』にはミノタウロスと戦う能力はあるが、封印が出来ない。エルピスには封印する手段を持っているが、『ペーセウス』に力を貸す気は無い。そしてエルピスは、ぽっぷにカードケースを送りつけ、メッセージを記した。「プリキュアになって戦え」と……。一方で『テーセウス』は、ぽっぷがプリキュアであることを知ってか知らずか、しおりにメッセージを記した。「戦わなくていい」と……。
 なんということだろう。ぽっぷは知らないうちに、エルピスと『テーセウス』の間で板挟みにあっていたのである。


Scene11◆美空市のナイショ

「なっ! ぽ、ぽっぷ……その本、どうしたんだ!?」

 帰宅したぽっぷが持っていた『ミソラ・ミステリー・ツアー』を見た父・渓介は、驚きの声を上げた。

「これは…、えと…、『秋穂』の女将さんが、お店のお得意さんから私に渡すよう預かったって…」
「女将さん経由かよ〜。なんてこったい……。何処の誰だよ、まったく……おせっかい焼きだなぁ」
「え? え? どゆこと?」

 ぽっぷは父の思わぬ反応に途方に暮れるが、渓介は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。そこに何事がおきたのかと台所から母・はるかもやってくるが、やはりぽっぷが手にする『ミソラ・ミステリー・ツアー』を見ると「アチャ〜」と苦笑いを浮かべた。

「いや、すまん。もはや他人事でもないし、やっぱりぽっぷには話すべきだったかもしれないな。ちょっとそこに座りなさい」

 ぽっぷがリビングのソファーに座ると、両親も腰掛ける。

「実はなぽっぷ、美空市には秘密があるんだ」
「美空市の…ナイショ?」
「そう。古くから美空市に住んでいる大人は大抵知っているが、外の町から来た人や子供達にはナイショにしている。興味本位で来られても迷惑だし、風評被害も怖いからね。だからこの話は誰にも話しちゃいけないぞ」
「うん、わかったよ。それで、美空市のナイショって……なあに?」
「それよそれ。そのトンデモ本。そこに書かれている事なんだけどね、内容の8割くらいは本当の事なの♪」
……ええ!!!」(@д@;)

 ぽっぷは心底驚いた。本に書かれている事が大体事実なのは知っている。だが、それを両親が……美空市の大人達が認識していたとは、思いもよらなかったのだ。

「そそそそ、それは一体、どゆことなんでしょう?」f(^ー^;
「美空市はね、昔から不思議なことが起こる土地柄なのよ。幽霊が出たりとか、幻が現れた…なんて事は、日常茶飯事だったりするの。お母さんはまだ会ったこと無いけど、異世界から訪れた人が美空市内に住んでいるって話もあるしね」
「そ………そうなんだ」(^^;

 ぽっぷは肝を冷やした。もしかして、美空市の大人達は魔女や魔女見習いのことも知っていたのだろうか? ……いや、それはない。もしぽっぷ達が魔女見習いだと知られれば、マジョガエルの呪いが発動するはず。両親が話している美空市のナイショとは、魔女とは直接関係のない事柄なのだ。つまり……、どれみやぽっぷ達が魔法で引き起こした騒動がたいした事件にならないくらい、美空市では怪事件、怪現象が頻発していたということになる。
 ぽっぷの心の中で今、『常識』という名の壁がガラガラと崩れ落ちていく…。

「どれみが行方不明になった時、父さんは最近頻発している『神隠し』ではないかと疑ったんだ。美空市に人間の不審者が現れたという情報は無かったし、本当に『神隠し』なら警察の手には負えないからね」
「だから警察への捜索願を後回しにして、先に町内会へ行ったんだね」
「『神隠し』に対処する専門家がいて、行方不明になった子供を救出しているって話を聞いていたからな」
「もしかして……これを書いた人? その人ってどんなだった?」

 ぽっぷは本に挟んでいたしおりを取り出し、両親に見せる。手書きで「姉上は必ず助ける。心配しなくていい」と書かれたしおりである。

「残念ながら直接会って話した訳じゃないんだ。その専門家がバトルレンジャーのようなヒーロータイプなのか、陰陽師のような呪術者タイプなのかは判らないよ。でも、文面からして、その専門家である可能性は高そうだな」
「そっか……専門家がいるんだ……。だったら安心だね♪」
「そうなの。だからぽっぷ、どれみのことはもう心配しなくていいのよ♪」

 ぽっぷの顔に笑顔が戻る。
 ヒュドラとの闘いでは選択肢がなかった。ヒュドラを倒さなければ、ひな子先生達を助けられなかったのだから。だけど今回は違う。ぽっぷが戦わなくても、どれみ姉は戻ってくる。姉を助けてくれる『専門家』がいるのだ。ぽっぷは傍観者でいいのだ。誰も倒さなくてもいいのだ。学業やピアノに専念していいのだ……。
 だけど……それでいいの? 本当にそれでいいの?


Scene12◆決断の時

「それでいいんだピュ! オマエは清らかでエロかわいい花の女神だピュよ! 優しいオマエが戦いに興じるなんて間違ってるピュ! 姉上の救出は専門家に任せるが吉だピュよ!」

 はたして清らかさとエロかわは両立するのであろうか? と、ぽっぷは素朴な疑問を覚えたが、いちいち突っ込んでいては話が進まない。

「ありがとうゼピュロス。私のこと、心配してくれるんだね」
「当然だピュ♪ オマエは俺の全てだピュ♪」
「ヒュドラとの戦いは散々だったものね」
「ぐはぁ(><)」
「……ごめん。ゼピュロスを責めているわけじゃないんだよ。今、私に必要なのは事実。適切な判断をするための正確な情報だから」

 自室に戻ったぽっぷは勉強机に座り、これまで得た情報をノートに書き込んでいた。情報を整理し、読み直すことは重要である。見落としがないか確認できるし、時には新たな発見もある。

◆美空市について
・美空市はミステリータウン。不思議なことが日常的に起きている。町内会の大人達は知っていた。
・美空市には多くの異世界人が住んでいるらしい。魔女や魔法使いは少数派?
・魔女や魔法使いには打つ手のなかった『神隠し』だが、実は専門の対策チームがいる。

◆エルピスについて
・私にカードケース『ウラノス』と、神札『ゼピュロス』が憑依したぬいぐるみを贈った。
 「力が欲しいなら、風の衣をまとうべし」とのメッセージあり。
・はづきちゃんの部屋に侵入し、想い出の台本を引き裂いた。神札回収のため?

◆神隠しについて
・姉をさらったのは神札アステリオス(ミノタウロス)。セカイ系の能力者で、偽装世界と濃霧を組み合わせた『迷宮ラビリントス』を作り、少年少女を迷い込ませる。対策チームによって早期に救出されているため、最終目的は不明。
・神話によると、ラビリントスは凶暴なアステリオスを閉じ込めるため、ダイダロスによって作られた。神話は参考程度にとどめるべきか?
・神隠し対策チームは神札を回収しない(できない?)ため、根本的な解決には至ってない。つまり、対策チームとエルピスは別勢力?
・一方で、エルピスもアステリオスの神札を回収できずにいる。エルピスの力ではアステリオスを倒せないから?

◆ヒュドラについて
・神札ヒュドラは毒と再生能力を持った水属性の怪物。本来は沼地がホームグラウンド。
・神話では英雄ヘラクレスですら苦戦するほどの強敵。
・毒はしびれ薬から瞬殺の猛毒まで、状況に応じて変えられた。毒使い?
・再生能力は傷口から新たな首が生え出すといういびつなものだった。
・ヒュドラの身体は遭遇する前から傷だらけだった。相手は誰? エルピス? 対策チーム? それとも更に別の組織?
・教頭先生の白蛇のストラップに憑依していた。白蛇は縁起の良い動物として信仰の対象となっている。
・ヒュドラは容赦ない毒液の攻撃を繰り返しながらも、最後は自ら弱点をさらしたように見えた。聖なる白蛇と、邪悪なる毒蛇。ヒュドラには2つの心があった? 憑依する依り代は神札の『人格』に影響を与えるのか?

◆キュアクロリスについて
・私に憑依しているのは神札クロリス。でも、何かが憑いているという実感は未だない。
・クロリスは花の女神。どんな能力を持つか不明だが戦闘には役立たないだろう。ゼピュロスの能力に依存せざる負えない状況は変わらない
・神札ゼピュロスは西風の神。ギリシャにおける『春風』である。神話ではクロリスの夫。私のことを「オレの嫁」と呼ぶので、ぶっちゃけ困っている。でも、彼の協力無しにプリキュアにはなれない。
・キュアクロリスは天空の戦士。空を飛び、素早さに優れるが、絶対的にパワーが足りない。足りない能力は知恵と勇気で補うべし。

「足りない能力は知恵と勇気で補うべし…か。」

 ぽっぷはため息をつくと、ゼピュロスに弱音を吐いた。

「ねえゼピュロス。私はね……え〜っと、ここで言う『私』は、あなたの知ってるクロリスじゃなく、依り代である『春風ぽっぷ』の事だけど…。
 私はね、ピアニストを目指してカレン女学院に入学したんだよ。だけどカレン女学院ってさ、お嬢様学校だけに学費が高いんだよね。私がカレ女に入学したせいで我が家の家計は火の車。それでも、おじいちゃんが……お母さんのお父さんのことだけど、おじいちゃんが私のピアニストになる夢を応援してくれて、資金援助してくれたから、なんとかやっていけてるんだけど…。
 とにかく、家族に迷惑というか、負担をかけてまでカレ女に通ってるんだから、学業をおろそかにするわけにはいかないの。でも、授業について行くのも大変なんだよ。クラスメイトは神童とか天才少女なんて呼ばれていた子ばかりだし、恋だの遊びだのにうつつを抜かしてる余裕なんてないんだよね。なのに、ここに来てプリキュアだものね…。正直、まいってるんだよ。
 アニメのスーパーヒロインは、戦いと学園生活を当たり前のように両立してるけど、実際にはあんな風にはいかないよ。プリキュアの能力を使いこなすためには、やっぱり地道な特訓が必要なんだよ」
「だったら、戦わなければ良いんだピュ。どうしても必要な時は仕方ないピュが、人に任せられることは全部任せて、学業に勤しむべきだピュ」
「そう…なのかなぁ……やっぱり」

 弱気なぽっぷから更に戦う意欲を削ごうと、駄目押しとばかりにゼピュロスは話を続ける。

「それに、戦うとなると、ヒュドラ以上に困難が予想されるピュ。正直、勝てるかどうか自信ないピュ」
「え! アステリオスってヒュドラより強いの?!」
「アステリオスの戦闘スタイルは至ってシンプルだピュ。怪力にものを言わせて棍棒を振り回す程度だピュ。力の多くはラビリントスを作ることに費やされているし、本来ならヒュドラの方が強敵だピュ。しかし、アステリオスは憑依を繰り返しているピュよ」
「憑依を繰り返す?」
「そうだピュ。神札は相性の良い依り代に憑依することで力を得るピュが、理想的な依り代が見つからない時は、適当な依り代で妥協するヤツもいるピュ。その場合、本来の力すら出せないピュが、依り代をとっかえひっかえすることで力を蓄えていけば、本来の実力以上に強くなることも可能だピュ。
 その、ミステリーなんたらという本に書いてあることが本当で、ここ数年、毎月のように出没しているなら、すでに憑依を数十回繰り返していることになるピュ。想像を絶する回数だピュ。ヤツがどこまで強くなったか見当も付かないピュ」

「だったら、やっぱり私が戦うしかないじゃない!」

「へ??? な、何でそうなるピュ?」
「対策チームには神札を回収する術がないんだよ! アステリオスがこのまま強くなっていけば、いずれ対策チームだって手に負えなくなるじゃん! 神札を回収できるエルピスは動く気が無いみたいだし。だったら、手遅れになる前に私が神札を回収しなくちゃ! お姉ちゃんがさらわれたのもきっと偶然じゃない。今がその時なんだよ!!」
「うはぁ、ヤブヘビだったピュ〜〜(><)」

 ゼピュロス痛恨のミスであった。

「で、でも、どうやって戦うピュ! オレ達の力ではとても敵わないピュよ!」
「方法ならエルピスが教えてくれたよ。はづきちゃんの家でね。怪物に実体化する前に依り代を破壊してしまえばいいんだよ」
「それはあくまで神札が眠りについている時の対処法だピュ。たしかにラビリントスを維持するために力を使っているピュから、普段は余計な力を使わないよう依り代のままでいるとは思うピュが、オレ達に気付いたら正体を現すピュよ。それにどうやってアステリオスの依り代を探し出すつもりだピュ?」
「アステリオスは間違いなくお姉ちゃんの側にいるよ。携帯電話が繋がったのが何よりの証拠。それに、正体が牛男だと判って、依り代も見当が付いたしね。大丈夫だよ。スピードさえあればパワーなんていらない。決着は一瞬でつけられるよ。あとは……どうやってラビリントスに進入するかだよね。多分、お姉ちゃんが消えた辺りに入り口が残ってるんじゃないかと思うんだけど、私の想像当たってる?」
「う……そ、その通りだピュ」
「よかった♪ じゃあ善は急げだよね。行こう、ゼピュロス! お姉ちゃんを取り戻すよ!」

 笑顔が戻ったぽっぷに、もはや迷いは無かった。


Scene13◆春の嵐

 ぽっぷは念のためどれみ姉に携帯をかけ、繋がらないことを確認すると、ゼピュロスを連れて再び外出した。自宅に居ないならコンビニに居るはず。しかし、店内でかけると店員に迷惑&不審がられてしまう。そこでぽっぷはコンビニの裏側に回り、スタッフルームに可能な限り近づいてからかけてみた。

「もしもし、ぽっぷ? ぽっぷなの?」
「うん、私だよ。お姉ちゃん今どこ? おうち? コンビニ?」

 よかった。雑音はあるものの、無事繋がる。

「昨日の夜からずっとコンビニだよ」
「そりゃまた、どうして?」
「それがさぁ、霧のせいなのかよく判らないんだけど、おうちの中も湿っちゃっててさ、ベッドからタンスの中の服や下着までジメジメしてて気持ち悪かったから、とてもじゃないけど、眠ったりとか出来なかったわけなのさ」
「それじゃあ、着ている服は昨日の学生服のままなんだね?」
「しょうがないでしょ! 私だって汗臭いのなんてヤだよ〜〜(><)」
「いやいや、偶然とは言え、適切な判断だと思ってさ。なんだかんだ言っても、やっぱりお姉ちゃんは強運の持ち主だよ」
「へ、な、なに? どういう事?」

 ぽっぷはどれみ姉を不安にさせまいと、なるべく明るくふるまう。

「実はワタクシ、お姉ちゃんに嘘をついておりました!(^^;」
「こ、怖いこと言わないでよぉ。なによウソって」
「お姉ちゃんが居るとこってね、美空町じゃないの。美空町にそっくりな異世界に迷い込んじゃったんだよ。だから美空町から消えたのは、その他大勢のご近所さんじゃなくて、お姉ちゃんの方だったんだよ」
「……アンタの言ってることがよく判らないんだけど。もしかして私を担いでる?」
「いや、まあ、詳しい事はうちに帰ったら説明するけど、とにかく心配しなくても大丈夫だからね。お父さんの話だと、町内会の知り合いに専門家がいて、もうじきお姉ちゃんを助けてくれるから。多分ね、助けが来たら異世界に変化が起きると思うんだ。きっとそれが合図だよ」
「もう少し我慢したら、ゆっくりお風呂に入れるの? ホントに?」
「そゆこと♪ だからもう少しだけ我慢しててね」

 心なしか、どれみ姉の声が明るくなったようだ。

「ところでぽっぷ、さっきの『強運』って何の事?」
「ああ、あれね。もし着替えてたらさ、タイヘンな事になってたなあって思って。まあ、少年漫画ならアリな展開だとは思うけど」
「何よその、少年漫画的にアリって」
「お姉ちゃんが本当の世界に戻る時、異世界は丸ごと消え去るみたいなんだよ。その時、もし異世界にあった服を着てたりなんかしたら、お姉ちゃんは多分、一糸まとわぬ生まれたままの姿を、ご近所さんにさらす事に……(^^;」
「ヒィィィィ!!(OдO)」

★  ★  ★

 その後、どれみ姉から異世界に迷い込んだ場所を聞き出したぽっぷは、キュアクロリスに合体すると現場の路地へと向かい、『タカの目』の能力で空間の歪みを発見する。それは10円玉ほどの球体で、地面から140cmほどの高さに浮遊していた。どうやらこれがアステリオスの生み出した偽装世界の入り口らしい。
 空間のひずみにそっと手を近づけてみると、風に煽られたシャボン玉のように、あるいは反発し合う磁石のようにクロリスの手を避けた。そして手を離すと元の位置へ戻る。意識的に触れるか、よっぽどの偶然でも重ならない限り、新たな遭難者は出ないようになっているのだろうか。

「ねえ、ゼピュロス。私たちは、お姉ちゃんの情報と『タカの目』の能力があったから、なんとか空間のひずみを見つけられたけど……。どう考えても普通の人には無理だよね。やっぱり……お父さんの言う『専門家』って、私たちのように神札が憑依してる人かな」
「そう考えた方が自然だピュね」

 戦いを前にぽっぷは一瞬迷った。そして自分の心に問うた。「ここから進めばもう引き返せない。本当にそれでいいの?」と。だけど答えはすでに出している。今更何を迷うというのか!
 迷いを捨てたぽっぷはキュアクロリスの両手を動かし、左右から包み込むようにして空間の歪みをつかんだ。その途端、目の前が真っ白になる。凄まじい濃霧だ。どこを向いても真っ白で、平衡感覚を失いそうになる。しゃがみ込んで下を見つめると、ようやくアスファルトの大地が確認できた。視覚に頼って生きる者には、正に迷宮であった。

「ど、どうするピュ! 視界0じゃ空も飛べないし、スピードを活かした攻撃なんて無理だピュ」
「もう、しょうがないなあ。ゼピュロス、あなた西風の神でしょ? こんな霧、風を起こして吹き飛ばしちゃえばいいんだよ」
「え! 隠密行動しなくていいのかピュ? いくら牛頭だからって、こちらに気付けば…」
「アステリオスの依り代が私の想像通りだったら、お姉ちゃんにはギリギリまで正体を隠そうとするよ。だから一瞬で決着をつければ問題なし。だから、遠慮はいらないよ」
「だったら、派手にやるピュよ!」

 ゼピュロスはキュアクロリスの翼を大きく広げると、羽根と羽根の隙間から圧縮空気を一気に吹き出した。風が一切無かった偽りの美空町に『春の嵐』が吹き荒れ、濃霧が徐々に吹き飛ばされてゆく。ぽっぷはキュアクロリスに『クラウチングスタート』の態勢をとらせながら、静かに時が来るのを待つ。
 携帯で連絡を取った時、ぽっぷはどれみ姉に2つの指示を出していた。偽装世界に何らかの異変が起きた時、それは世界が消える前触れかもしれない。もしかしたら建物の中は危険かもしれないから、外に出て待機すること。また、いつでも連絡が取れるよう携帯は手に持っていること。

「ゴメン、ギュウたん。アンタは何にも悪くないんだ。だけど……ゴメン。
 今、アステリオスから解放してあげるからね……」
 


Scene14-1◆アステリオス

 アステリオスの一番古い記憶は、大空から見下ろす美空町の景色である。タンポポの種の姿を借りた彼らは、風に飛ばされ街中に散っていく。独りぼっちになったアステリオスがたどり着いたのは、古びた洋館だった。そこで1年間、アステリオスは何をするでもなく見つめていた。少女達の喜びや悲しみを。友情や絆を。葛藤や成長を。ただ、ただ、見つめ続けた。そして己の欲求を知ったのだ。

「友達が欲しい」と。

 そしてアステリオスは決起した。適当な寄り代を見つけては憑依し、ラビリントスの能力で自分だけの美空町を作り、子供を招き入れた。大人は決して入る事のできない子供だけの世界。誰にも邪魔されないはずだった。

 ところが、思いがけない邪魔者が現れた。人間の少女がラビリントスに乗り込んで来たのだ。アステリオスの寄り代を破壊した少女には、かつてタンポポの種を装って共に空を舞った仲間が憑依していた。仲間と言っても境遇が似ているだけの『同類』に過ぎない。むしろ『敵』と呼ぶべき存在であった。
 驚くべき事に、彼女は人間社会に溶け込んでいた。アステリオスが切望する『友達』はもちろん、家族すらも得ていたのだ。全てを持つ者が、たった一つの望みを阻害する……。彼女の不条理な仕打ちに憤りを覚えつつも、アステリオスは挫けなかった。新たな寄り代を見つけては憑依し、ラビリントスに子供を招いた。しかしその度に彼女は現れ、アステリオスの望みを打ち砕いた。
 アステリオスは知らなかったのだ。子供達にとって、己がいかに危険な存在であるかを。謎の少女が邪魔をするのも、子供を助けるためだった事を。アステリオスはピュアでDQNな悲しい怪物であった。

 そんな戦いが毎月のように繰り広げられ、8年が経過したある日……。アステリオスは擬人化された牛のストラップに憑依した。ストラップに蓄えられた記憶がアステリオスの心へ一気に流れ込んで来る。初めて感じる寄り代との一体感。アステリオスはついに、自身にフィットした寄り代を見つけたのだ。

「ね〜、ギュウたん♪」

 突然話しかけられたアステリオスは、気付かれないようそっと声の主を見つめる。牛のストラップが付けられた携帯電話の持ち主は、ストラップを見つめながら、優しく微笑んでいた。その笑顔に、アステリオスは不思議な懐かしさを感じた。この記憶は何? 寄り代の記憶? ……違う。ボクはこの子を知っている。タンポポの種の姿で居た時、洋館でずっと見ていた女の子だ!
 そうだ! ハルカゼドレミちゃんだ!

は侵入者に気付いていたが、いつもの事だったので気にも止めなかった。


Scene14-2◆ギュウたん1

「見て見てぽっぷ! エヘヘヘ、ギュウたん、カワイイでしょ♪」
「そ、そうかなぁ。う〜ん……キモカワ?」
「え〜っ、キモくないよぉ! カワイイよぉ!」

 中学生のどれみと小学生のぽっぷ。二人のそんなたわいの無い会話が『彼』の最初の記憶である。
 『ギュウたん』は、飛騨市の土産屋で売られていた、飛騨牛を擬人化したキャラクター・ストラップである。そこにたまたま立ち寄ったのが、父・渓介の田舎へ里帰りをしたどれみ達家族だった。友人へのお土産を探していたどれみは、一目見て気に入ってしまう。お小遣いの使い過ぎで懐は寂しかったが、ぽっぷから借金する事に迷いはなかった。

 それから4年…。携帯に付けられた『ギュウたん』は、携帯を持ち込めない場所以外なら、いつもどれみと一緒だった。誰よりもどれみの側に居て、誰よりもどれみを見つめていた。親友である藤原はづきや長門かよこ、そして妹のぽっぷすら知らない、あんな事からこんな事まで。
 だけど『ギュウたん』はただのストラップ。どれみを無機質に見つめるだけで、何をするでもなく、何を考えるでもなかった。少なくとも、昨日の夕方までは。

 その日、『ギュウたん』に何かが入り込んで来た。新たな寄り代として『ギュウたん』に目をつけた、神札アステリオスである。
 神札が寄り代に憑依すると、互いの能力や記憶や心など、『個人』を確立する様々な要素を共有することになる。ただし、寄り代との相性が深く影響するため、共有の度合いにはかなりの幅がある。『ギュウたん』は心を持たない無生物であった為、アステリオスの心がそのまま反映された。ところが、4年間に渡ってどれみに愛され続けた記憶は何者にも増して強く、アステリオスの支配をはねのける強い意志へと変化した。『ギュウたん』は、アステリオスの能力と、知恵と、感情を我が物とし、無生物でありながら、生命体のように自我を持ったのだ。

 自我を持った『ギュウたん』が、いつものようにどれみを見つめ、我が目を疑った。そこで微笑んでいるのは天使?……いや違う! 女神だ! 女神様だ! おちゃめ神どれみちゃんだ! これほどまでに神々しい輝きを放つ女の子だったなんて!!
 感情を持つ事で、愛おしく思う人がどんどん美化されてゆく。それは自然の成り行きだろう。しかし、自我を持ったばかりの『ギュウたん』に、自制心が持てるはずもない。『ギュウたん』は感情の赴くままに行動した。どれみちゃんを独占したいという欲求そのままに。奇しくもそれは、アステリオスの願望とも合致していた。こうしてどれみはラビリントスへと『招待』されたのだった。


Scene14-3◆ギュウたん2

 それからの『ギュウたん』は戸惑いの連続だった。ラビリントスへ来て以来、大好きなどれみは恐怖に怯えていたのだ。自我を持ったばかりの『ギュウたん』は、それが自ら引き起こした災厄だとは夢にも思わない。おまけにどれみが心細さを紛らわそうと、いつも以上に『ギュウたん』に話しかけてくるので、気付きようもなかった。
 だから『ギュウたん』は、どれみの笑顔を取り戻そうと必死だった。とはいえ、自分に何ができるのかが判らなかった。元々ただのストラップ。この4年間、どれみを見つめる以外、何もしたことが無かったのだ。せっかくのアステリオスの能力も、使い方が判らなければ宝の持ち腐れであった。
 そんな時だった。ぽっぷから携帯に連絡が入ったのは。

 『ギュウたん』を介して、どれみに連絡を試みる者がいる。『ギュウたん』には、それが妹のぽっぷだとすぐに判った。一方でアステリオスも、それが神札が憑依した『邪魔者』……つまり敵であると即座に判断した。アステリオスは『ギュウたん』に警告する。これは我らの楽園、我らの女神、我らの幸せを奪おうとする敵だ! 関わってはいけない!
 しかし『ギュウたん』はアステリオスの警告を無視した。相手はどれみちゃんの妹だ。例え我らの敵でも、どれみちゃんに安らぎ取り戻す貴重な存在だ。何をためらう事があろうか! 業を煮やしたアステリオスは『ギュウたん』の体を支配しようとするが、『ギュウたん』の激しい抵抗を制する事ができなかった。力の大半をラビリントスの維持に使っていたことも原因の一つかもしれない。だが、最大の敗因は『ギュウたん』のどれみへの想いの深さを、理解できてなかった事だろう。そしてアステリオスは最後の最後まで、『ギュウたん』の意思に、どれみへの深き愛情に、抗う事はできなかった。

 そして運命の時が来る。

 次の日、いつものようにラビリントスへ邪魔者が侵入して来た。しかしその侵入者は、いつもとは別質の能力者だった。濃霧を吹き飛ばす風の神? 戦の神じゃない? アステリオスは焦った。どう戦えば良いのか判らなかったのだ。本来の姿になって防御を固めなければ! しかし、この期に及んでも『ギュウたん』はアステリオスに逆らった。
 『ギュウたん』にも、己に危機が迫っている事は判っていた。携帯電話とは明らかに違う、物理的な危機だ。だけどそれでも、アステリオスに従うわけにはいかなかった。霧がどんどん晴れてゆく。この状況でアステリオス本来の姿になれば、どれみちゃんに見られてしまう。醜い怪物の正体をさらせば、どれみちゃんに嫌われてしまう。それだけは絶対に嫌だ!!!

 外の異変に気付いたどれみは、コンビニを出て辺りを見回す。さっきまで濃霧で真っ白だったが、今はおぼろげながら建物の輪郭が見えるようになっていた。それは疲労困憊のどれみにとって、紛れも無い希望の光だった。『ギュウたん』はそんなどれみをジッと見つめる。
 笑顔だ。僕の大好きなどれみちゃんの笑顔だ。そうだ、僕はこの笑顔を守る為に、その為だけに存在するんだ。もう、迷わない……。

 どれみの側を一陣の風が吹き抜けた。突然のつむじ風に、どれみは慌ててスカートを抑える。だからすぐには『ギュウたん』の異変に気付かなかった。キュアクロリスの切れ味鋭い一撃は、一瞬にして『ギュウたん』の首を切断し、体ごとアステリオスの神札を奪い取っていったのだ。
 頭だけ残された『ギュウたん』からどんどん意識が遠のいてゆく。最後に思い出したのはどれみのあんな事やこんな事…。「自分は暁君には相応しくないダメな子なんだ」と枕を涙で濡らした事や、けんか別れした小竹哲也の試合を陰ながら応援していた事……だった。
 ダイジョウブダヨ…ドレミチャンニハ…ボクガ…ツイテイルモノ……キットマタ…エガオニ…モ…ドレ…ル………
 そして『ギュウたん』は元のストラップへと戻った。

★  ★  ★

 それから数日が過ぎた夕飯時、ぽっぷはどれみが手にしているものに気付いた。

「あれ? それ、ギュウたん? 首だけなのに、まだ捨ててなかったんだ」
「ったく、この子はいぢわるだねぇ! 捨てる訳無いでしょ! 私のギュウたんなんだから!
 それに…変な話をするけどさ。霧に中にいた時、多分、気のせいだと思うけど……。ずっとギュウたんに励まされていたような気がするんだよ。がんばれ。がんばれって。だからさ、首だけになったからって捨てられる訳無いんだよ……」
「そっか……。そうだね。お姉ちゃんを護ってくれていたのは、もしかしたら本当にギュウたんだったかもしれないよ。それこそ命がけで、ボロボロになるまでさ……」

 道具や物に魂が宿る…。『つくも神』は日本の民間信仰の観念だけど、神札に描かれているのはギリシャ神話の神々だ。美空市は日本なのに何故ギリシャ神話なのか、最初は訳が判らなかったが、調べてみると日本神話とギリシャ神話には共通点が多い事に気付かされた。もしかしたらそこに、この戦いの謎を解く鍵があるのかもしれない。
 ネルレのヒュドラが憑依した教頭先生の白ヘビのストラップ、アステリオスが憑依したどれみ姉のギュウたん、そして何かが憑依していたはづきの『カリスマ配達員』台本…。いずれも持ち主が大事にしていた品ばかりだ。神札を回収ために、みんなの大切な宝物を壊さねばならないとしたら…。考えるだけでも気が重くなる。いや、それでも物ならまだいい。ぽっぷのように人間に神札が憑依していた場合どうすればいい? どうやって回収する? 破壊するしかないとすれば、殺……

「ねえぽっぷ、深刻な顔して、どしたの? 悩み事があるならギュウたんに話しなよ。何でも黙って聞いてくれるよ。ねぇギュウたん♪」
「あははは(^^;、ありがと。でも大丈夫。自分で解決できるから」

 そうだ! これは自分で決めた道だ! 今は判らなくても、きっと他にも方法はある。必ず見つけるよ! みんなが笑顔でいられる方法を! そうだよね、ギュウたん!


Bパート完◆引き続きENDパート


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