PRECURE SQUARE solo>#04Bパート 
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Scene10◆帰宅

 気がつくと、ぽっぷは夜の闇に包まれていた。空を見上げれば、先ほどまで見えていた青空は無く、星空がキラキラと輝いている。辺りを見回すと、周囲に点々と立つ街灯が闇の中に見覚えのある景色を浮かび上がらせていた。紛れもない我が家…春風邸の玄関前であった。
 いつの間に日が暮れて、いつの間に帰って来たのだろう。…思い出せない。

「ぽっぷちゃん、大丈夫ですか?」

 突然、聞き覚えのある声がぽっぷの耳元にささやきかける。振り返ると、見覚えのある少女の顔が玄関灯に照らされていた。ぽっぷは一瞬、鏡を見ているのかと錯覚するが、目の前の少女の服はカレン女学院の制服ではなかった。大きなとんがり帽子を被り、スカートが花びらのような可愛いワンピースを着て、ブーツと手袋で身を固めている。そして腕にはほうきと見覚えのある鞄を抱えていた。

「大丈夫ですか? 一人で戻れます?」

 少女は心配そうにぽっぷを見つめる。確かに気だるくて起きているのが辛かった。だけど我が家は目の前だ。玄関から入り、階段を上り、自室のベッドに転がり込めばいい。ただそれだけだ。一体何が心配なのだろう。

「説明とお叱りの時間は後でたっぷり用意しますので、今はとにかく、お母様を安心させてあげてください」

 そう言うと鞄をぽっぷに渡し、とんがり帽子の少女はほうきにまたがった。そして静かに舞い上がり、窓からぽっぷの自室へと入ってゆく。ああ、どこかで見たと思ったら、魔女見習いだったのか。少女が鏡に映った自分と錯覚したのも道理だ。妖精ファファが見習い服を着るには、ぽっぷの姿になる必要があるのだから……。

 あれ? ファファが見習い服を着ている?

 ファファは大切な友達だが、同時にぽっぷにとっての影武者であり切り札である。不用意に人前に出て、存在を知られては意味が無い。ファファも自分の立場を理解しているので、よっぽどのことがない限り、見習い服に着替えて外出などしない。

 つまり、よっぽどのことがあった……ということ?

 携帯の時計を見てぽっぷは青ざめた。すでに21時をすぎていたのだ。もちろん、帰りが遅くなって無駄に両親を心配させたことも問題だ。だけどそれ以上に大問題なのは、この4時間ほどの記憶が全く無いことだった。何がどうしてどうなった?
 そういえばさっき、ファファは妙な事を口走った。『説明』と『お叱り』だ。ファファが何かやらかしたのだろうか? それとぽっぷの4時間に及ぶ記憶喪失は関係あるのだろうか? …いや、悩むのは後にしよう。今はとにかく、何事もなかったように帰宅して、親を安心させねば。
 ぽっぷは鞄を持ち直すと、頭を軽く叩いて気合いを入れ直し、玄関のドアを開けた。

★  ★  ★

「ねえぽっぷ、あんたのことだから心配はしてないけど、遅くなるなら連絡してちょうだい」
「あははは…。ごめんなさい」
「それでお夕飯はどうするの? どこかで食べてきた?」
「ううん。おなかぺこぺこ」
「じゃあ温め直すから、先にお風呂に入っちゃいなさい」
「ところでお姉ちゃん……はコンビニバイトだよね。お父さんは? いないの?」
「お父さんは町内会のおつきあい。だからお母さんは一人寂しくぽっぷを待ってたのよ〜」
「はは…。重ね重ねごめんなさい」

 どうやら母には悟られなかったようだ。……いや、本当にそうだろうか? ぽっぷに何も言わないのは、察してくれているだけかもしれない。
 美空のおばあちゃん(※はるかの母のこと。ちなみに渓介の母のことは飛騨のおばあちゃんと呼んでいる)から聞いた話だが、母・はるかも、どれみやぽっぷに負けず劣らずのお人好しなお節介焼きだったそうだ。今こそ落ち着きがあるように見えるが、若い頃は人助けで体を張ったことも何度かあったらしい。
 そんな母からしてみれば、ぽっぷの言動はあからさまではないだろうか。影ではこっそり「私の若い頃にそっくりだわ」とか思われてたりするのかもしれない。とはいえ、さすがにプリキュアになって命がけの戦いをしているなんてことが知られたら、全力で止められるだろう。用心しなくては。

 父・渓介が外出中なのは不幸中の幸いだった。ぽっぷに何かあったのでは?と過剰に心配するのだ。その反応はいたって普通の子煩悩な父親なので、ぽっぷも母ほどは用心もしていない。ただ、気持ちはありがたいし嬉しくもあるが、正直ウザい……もとい、煩わしく感じることもある。まあ、ぽっぷも思春期の娘なのだから、仕方のないことではあるのだが。
 父は週に一度、美空町町内会の会合に出席している。ゴミの捨て方などといった日常的な問題から祭のようなイベントまで、美空町内に関わるあらゆる事柄が議題に扱われるが、時間の大半は親睦を深めるための飲み会である。なんでも、渓介は昨年から役員の一人になった事を幸いに、以前から利用していた小料理屋『秋穂』を緊急会合場所に指定したのだとか。いわゆる職権乱用ではあるが、会費を使い込むなどといった不正を働いているわけでもない。単になじみの店を役員達に紹介しただけなのだが、女将の長谷部夫人も人当たりの良い着物美人で、「母の店を手伝いたい」と板前を目指す息子たけしの手料理もかねがね好評。むしろ「こんな良い店を何故これまで教えてくれなかったんだ!」「春風さんばっかりズルイ!」と、酔った勢いで罵倒されたとか。
 そこでぽっぷは、父も負けず劣らずのお人好しなお節介焼きだったことに気付いた。思えば両親は遠縁の親戚で、どちらも春風姓なのだ。春風家の一族は代々そういう血筋なのかもしれない。

 ぽっぷは二階の自室に戻ると鞄を置き、着替えを持って風呂場へ向かう。服を脱ぎ、鏡で確認すると、覚えのない擦り傷や打ち身を見つける。膝の擦り傷は転んで出来たような感じだった。本当に、何がどうしてどうなった? しかし何度自分に問いかけても4時間の空白は埋まらない。思い出せない…というより、記憶そのものが無いといった感じだ。

 風呂から上がるとパジャマに着替え、ぽっぷは遅い夕食を取る。夕食時に母に学校での出来事を話して聞かせるのは、もはや日課となっていた。退屈に思える学校生活の話も、カレン女学院OBの母には楽しくてしょうがないのだ。その間、ぽっぷは母に学校での出来事を話して聞かせる。母もカレン女学院の卒業生なので、いつも少女時代に思いを馳せながら、耳を傾けていた。
 それはぽっぷにとっても大切な時間。いつも迷惑や心配をかけているであろう母への、ささやかな償いの時間でもあった。


Scene11◆記憶

「ええっと……君たちは何をしているのかな?」(^^;

 ぽっぷが自室に戻ると、奇妙な光景が目に映る。何も知らない人なら、勉強机に美少女フィギュアとペンギンのぬいぐるみが置かれているように見えるだろう。しかし脂汗をかきながら慣れない正座に耐えるその様は、誰が見てもシュールであった。

「ぽっぷちゃん! 本当に本当に、ごめんなさい!」m(__)m
「クロリス誤解だピュ! オレは何もしてないピュ!」(>_<)

 謝罪と言い訳。ぽっぷに気付いたフィギュアとぬいぐるみは異なる反応を始める。本当に、何がどうしてどうなったのやら……

「二人ともごめん。話を聴くのは予習をしながらでもいいかな。それから正座は解いてよね。そんなことされても意味ないからさ」

 ぽっぷはラジオを付けると椅子に座り、二人を机の端にどかせて教科書とノートを広げた。これには二つの理由がある。一つはもちろん明日の授業に備えるため。もう一つは、家族が突然部屋に入ってきた時のための対策である。カレ女に入学して以降はプライバシーを尊重してもらっているから、家族がノック無しに部屋に入ってくることはないが、仮にこっそり覗かれたとしても、ファファやゼピュロスはドアからだとぽっぷの影に隠れるから、勉強をしているようにしか見えない。会話を聴かれればいぶかしがるだろうが、ラジオの放送やぽっぷの独り言だと思うだろう。ただし、どれみ姉にファファを見られることだけは気をつけなければ。こればかりは誤魔化しようがない。

「私ね、夕方から帰宅するまでの間、全く記憶が無いんだよ」
「えっ、全く……ですか?」
「うん。下校の途中にさ、いつものようにキュアクロリスになってから10分ほど空のパトロールをして、そのまま家に帰ろうとしたところまでは覚えているんだけど…。気がついたらファファに玄関まで連れて来られていたわけで、4時間ほど記憶が欠落してるんだよ」
「私は、ぽっぷちゃんに何かとんでもないことが起きたと感じて、文字通り飛んでいったのですけど、ぽっぷちゃんを見つけるのに手こずって、最初に何が起きたのかまでは分かりません」
「そう…。じゃあゼピュロスはどう? 覚えてる? ……どうしたの?」

 ゼピュロスは震えていた。

「クロリスはあの時のことを覚えてないピュか。それはある意味幸せなことだピュよ」
「……何があったの?」
「ポセイドンの攻撃を受けたピュ」
「えっ!?」
「多分、クロリスの記憶が飛んでいるのは、三叉の矛の直撃を喰らったせいだピュ」

 海王神ポセイドンが持つ三叉の矛『トリアイナ』は、ゼウスの雷、ハデスの隠身の兜と並ぶ必殺の武具である。その破壊力は凄まじく、キュアクロリスとキュアキュンティアがやっとの思いで追い詰めた化け鯨カイトスを、たったの一撃で葬り去ってしまった。確かにあれならプリキュアでもひとたまりもない。記憶が飛んでしまったのも、『トリアイナ』を受けた時のダメージが凄まじかったせいだろう。
 しかしそうなると分からなくなる。ポセイドンは何故キュアクロリスを攻撃したのだ? プリキュアに敵対するつもりだったら、ぽっぷが無事なわけがない。合体に必要なカードケースも奪われてない。もしかして『トリアイナ』での攻撃は、ポセイドンにとってはほんの挨拶代わり? これからジワジワと追い込んで行くつもりで、まだ本気ではないと言うことか。

「ゼピュロス、それからどうなったの?」
「いや、それがその…。三叉の矛を喰らった瞬間にオレも気絶してしまったピュ」
「あら…そう…」
「しっ、仕方なかったんだピュ! 全力で防御しても耐えきれなかったんだピュ!」
「あ、うん。分かってるよ。責めてるわけじゃないからね」

 しかしぽっぷはゼピュロスの言葉に違和感を覚えていた。全力で防御とはすなわち、絶対防御『ゼピュロスの抱擁』を発動させていたということだ。頭から生えている翼でクロリスの体を包み込み、花のつぼみのような姿へと変える『ゼピュロスの抱擁』は、攻撃とスピードを捨て守りに徹する防御技である。だがしかし、爆弾の爆発や炎のような全体攻撃…ゲームで言うところのマップ兵器…には有効でも、槍や銃弾のような一点集中型の攻撃に対しては適切とは言い難い。身動きが取れない分、的にされ易くなってしまうのだ。
 三叉の矛による攻撃なら、突くか投げるか振り回すかだろう。ならば絶対防御に頼るよりも、自慢のスピードと動体視力を活かして回避した方がいい。ポセイドンよりも早く動ける自信もあったし、ぽっぷなら間違いなくそうしていた。ならば何故、絶対防御などと言う愚作をとってしまったのだろう?

「これ以上分からないなら、次はファファだね」
「でしたら、私の口から話すよりも、記憶を直接『思い起こす』方が良いと思います。幸い、同じ時間にぽっぷちゃんは気を失っていましたから、時間的混乱を起こすこともありませんし」

 ファファは一度ドアの側まで飛んでいくと廊下の様子をうかがい、人気がないことを確認してから、ぽっぷの姿へと変身した。

「それでは…失礼いたします」
「いつでもどうぞ」
「………」
「あ、その前にゼピュロス」
「なんだピュ?」
「目つきがヤラシイよ。自重して」
「なっ、ヤ、ヤラシくなんか無いピュ! 誤解だピュ!」

 二人のぽっぷは額を重ねる。こうすることで、ファファがぽっぷに変身ている間の記憶がぽっぷにコピーされるのだ。その様にはこれといって不健全な要素は見あたらないのだが、どういうわけかゼピュロスには『トキメキ』を感じてしまうらしい。
 コピーが終わると、ぽっぷはファファの記憶に集中する。すると過去の経験を思い出すように、ファファの記憶がぽっぷの脳裏に蘇ってくる。
 ぽっぷの姿になったファファは、見習い服へと着替え、ほうきに乗って空へと飛び出した。しかし、たどり着いた場所には鞄を残すのみ。辺りを見回すが、ぽっぷの姿はどこにもない。そこでファファは魔法を使い、ぽっぷの居場所を突き止める。美空駅前繁華街にいると分かったファファは、人目に気をつけながら駅前へと飛んでゆき………。ん?

「………ねえ、ファファ」
「はい。何でしょう?」
「この美少女は……一体誰?」
「いや、あの、えっと……ぽっぷちゃん…ですよ?」
「は? いや、だって……。髪は長いし、性格もか弱くて儚げだし、どう見ても別人じゃん。まあたしかに髪の色は同じだし、カレ女の制服は着てるけど……それにゼピュロスを抱えて………って あ、あれ? 私? 本当に私なの?」
「はい。間違いありません。あの子はぽっぷちゃん自身ですよ」


Scene12◆回想

「これが……私……」

 ぽっぷは引き続き、ファファの記憶を『回想』する。
 状況から判断するに、ファファの記憶に現れる少女が、春風ぽっぷ自身なのだと考えるしかなかった。しかし、確かに見た目には面影はあるものの、別人としか思えない。野に咲く小さな花のように可憐で、今にも折れてしまいそうなほどにか弱く、そしてなんというか……少し色っぽかった。こういうのをあざといというのだろうか? 可憐で、か弱く、色っぽい。その気になれば演じられなくはないが、ファファの記憶に現れるぽっぷのあざとさは自然で、客観的に見て演じているようには思えなかった。
 そして何より気になるのが、どれみ姉のように長く伸ばした髪の毛だった。実はぽっぷは癖毛がひどい。髪を伸ばすと重力に逆らい、まるで翼を広げるかのように横に伸びていくのだ。美空小を卒業した際、一度だけ試しにストレートパーマをかけてみたことがあるが、一週間と保たずに元に戻ってしまった。それ以来、髪を伸ばすことは諦めている。
 短期間で髪が伸びるはずがないから、これはカツラだと想像できる。確かに変装には有効な手段だ。しかし、ぽっぷが記憶を失ってからさして時間も経っていないのに、どこでどうやって手に入れたのだろう?

 ……変装? 何のために?

 その時、ファファの記憶のぽっぷ……仮にぽっぷβと呼ぶことにしよう……が逃亡中なのだと気がついた。彼女は何から逃げ、どこへ向かおうとしているのか。ファファも同じことに気付いたらしく、ぽっぷβとの合流は避け、魔法で透明になって空中からの監視に徹する。しかし追跡者はなかなか見つけられず、代わりに美空中の男子生徒がぽっぷβに近寄ってくる。

「あれ? あの男子生徒は……もしかしてかずひろくん?」
「はい、そうです。この時は、彼を戦いに巻き込んでしまうのではないかとハラハラしながら見ていましたし、実際巻き込んでしまったのですが……、結果的にとても助けられました。かずひろくんが声をかけてくれなかったら、今頃どうなっていたか…。さすがに命に関わる事態にはならないでしょうけれど、もっと遅い帰宅になっていた可能性は高かったです」
「そっか……。近いうちに何かお礼しなくちゃいけないね」
「口封じも兼ねてですか?」
「ファファ、皆まで言わない」(^^;
「あはは、ごめんなさい」(^^;

★  ★  ★

 様子を見ようと二人に近寄ったとき、絶妙のタイミングで透明魔法が切れてしまい、ファファは慌てて空中へと退避する。美空駅のホームには帰宅中の人々が沢山いたから、数秒間とはいえ複数人に目撃されてしまったかもしれない。しかしぽっぷはファファのうっかりミスよりも、近寄ったときに見えたかずひろの表情が気になった。ぽっぷβを見る目は正に恋する者のそれだったのだ。ぽっぷはこれまで、かずひろのそんな表情を見たことがなかった。子供だった小学時代と思春期に入った中学時代を安易に比べるわけにはいかないが、1年ちょっと会わなかっただけでこうも変わるものなのか。ムムム…。カレ女にいるおかげで男子の目を意識する必要が無く油断していたが、美少女を自負する以上、多少なりともあざとさは身につけておくべきなのかもしれない…。

「そっ、そのかずひろとか言うヤツは…何者だピュ?」
「えっ? ああ、うん、気にしなくていいよ。幼なじみだけど
ただのお友達だから」
「そうです。気にしなくて全然大丈夫ですよ。
ただのお友達ですから

 実際には『大切なお友達』と言うべきだが、ゼピュロスに無用な嫉妬をされてしまう可能性がある。余計な面倒に関わっている暇などないのだ。ぽっぷは心の中でかずひろに謝罪する。ごめんね、かずひろくん。

 ぽっぷは『回想』に戻る。
 電車から降りた二人は、美空高原行きのバス停に並ぶ。電車の中なら乗客に紛れることも出来たが、バスとなるとそうもいかない。ファファは再び魔法で透明になり、バス停に並ぶ乗客をコッソリ観察するが、追跡者らしき人物は見あたらなかった。もしかしてすでに追跡を諦めているのだろうか。
 ゼピュロスの証言から、追跡者の正体はポセイドンであろうことは想像できる。ポセイドンは黒い背広を着た青い髪の中年男性で、蟹の形をした仮面をかぶっていた。見る人が見れば、BF団の十傑集を連想させる出で立ちである。限りなく人間に近い姿から察するに、依り代はぽっぷやえりかと同じく人間だと考えていた。だからファファはそれらしき中年男性が現れるのを待っていたのだが、もしかしたら違うのかも…。
 何か見落としがあるのではないか。ファファは考える。
 ポセイドンの能力から察するに、キュアクロリスのように空は飛べないだろう。ならばキュアキュンティアのように走って追いかける? いや、ポセイドンは海の神。地上での行動はあまり得意ではないはず。そうだ。依り代が中年男性なら自家用車を持っているかもしれない。もしくはタクシーを利用するかも。だけど、夜の美空高原は人通りが少ない。車でバスの後を追っていれば、ファファはもちろんのこと、ぽっぷβやかずひろにも気付かれる可能性がある。

 そう考えていた矢先、突然東の空が発光した。オーロラ爆発だ! 最近、美空市で頻発する怪現象としてちまたでも話題になっているオーロラ爆発だが、真相は閉鎖空間が消滅するときに起きる現象だった。つまり、神々のデュエルが成立し、閉鎖空間が発生し、その時間に決着がついたということ。戦ったのははたして誰なのか?
 バスはまだ到着しておらず、出発の時間もまだ先だ。ファファは駅の屋根あたりまで上昇すると、ぽっぷのバッグから携帯をとりだし、えりかに電話する。えりかは携帯電話を複数持っており、神札に関わる問題を話し合うための専用携帯も用意していた。いわばプリキュアホットラインである。

「なんですの? 自慢話かしら?」とえりかの無愛想な声。声が遠いのか、怒鳴り気味に話している。その後ろからは風の音が聞こえる。
「今さ、私は西美空駅にいるんだけど、東方面にオーロラ爆発が起きているの。えりかちゃんが戦っていたの?」
「あら、わたくしはてっきり春風さんの仕業だと思ってましたわ。違いましたの?」
「私じゃないよ。そしてえりかちゃんでもない…か。えりかちゃんは今どこにいるの?」
「わたくしはいつものように玉木タワーの屋上から美空市を見下ろして、獲物を探し求めていたところですわ」
「オーロラ爆発はどの方角に見えたの?」
「大体西の方角かしら? そんなに遠くではありませんわね」

 玉木タワーは美空ヒルズの中央にそびえ立つ超高層ビル。そして美空ヒルズは繁華街の側にあり、美空駅もそこにある。つまり、オーロラ爆発は美空駅と西美空駅の間で起きたと見て間違いない。ほうきで飛んでもすぐにたどり着ける距離だ。だがしかし……

「ごめんえりかちゃん。徒労に終わるかもしれないけど、現場を確かめに行ってくれないかな」
「まあ! このわたくしに無駄足を踏めとおっしゃるの?」
「本当にごめん。でも私は今、すごく都合が悪くて、行けそうにないんだよ」
「まったく……しょうがありませんわね。これは貸しですわよ」
「ありがとう、えりかちゃん!」

 ファファは電話を切りながら、えりかに申し訳ないと思いつつも、彼女が徒労に終わることを祈った。ぽっぷでもえりかでもないとすれば、可能性は2つ。第3のプリキュアが神々と戦っていたか、神々同士が戦っていたかだ。
 第3のプリキュアが勝利したのなら問題は無い。神札も回収され、問題は収束しているだろう。しかしプリキュアが敗北した場合、あまり考えたくはないが、プリキュアになった少女はすでに死んでいる。それでも勝利者が理性ある神ならまだいい。もし勝利者がどう猛な怪物だったら、犠牲者が更に増えるかもしれないのだ。
 また、神々同士が戦っていた場合、敗者は依り代を失い、神札へと戻っている。放っておけば再び依り代を得て復活するだろう。何としてもその前に封じておかなくては……。

 バス停を見ると、美空高原行きのバスが到着していた。ファファは再び乗客を確認するが、やはりポセイドンらしき人物は見あたらない。ぽっぷβとかずひろはすでに乗り込み、仲良く二人席に座って出発を待つばかりである。それにしても、かずひろのにやけ顔を見ていると複雑な心境になってくる。もしかして…これが嫉妬なのだろうか???
 やがてドアが閉まり、バスがいよいよ動き出す。ポセイドンはもう追跡を諦めたのだろうか…。そう思った矢先、突然人影が、夜の闇に紛れて空を舞った。


Scene13◆戦慄

「そう遠くない場所で神々のデュエルか……。現場にはえりかちゃんを向かわせたんだね」
「妖精の身でありながら、分をわきまえずにごめんなさい。余計なことをしてしまいました」(><)
「ううん、このタイミングでの見知らぬ神々のデュエルだもの。座視できないし、私なら間違いなくそうしてた。この状況ではベストな判断だよ。だからぁ〜、そんなに落ち込まない」(^^;

 ファファは天才妖精だが、真面目な性格ゆえの危なっかしさもある。『影武者ぽっぷ』でいるとき、やる気が空回りしてしまうのか、ぽっぷ以上にぽっぷであろうと張り切りすぎてしまうのだ。その反動か、妖精に戻ると猛烈に落ち込んでしまう。そんなファファを慰めるのも、今ではぽっぷの日課となりつつあったりする。
 それにしても気になるのは、やけに素直な玉木えりかの反応である。こうもあっさり言うことを聞いてくれるとは予想外だった。たまたま虫の居所が良かったのか、それとも何か企んでいるのか。ぽっぷは明日登校するのが少し怖くなってきた。

「そこまで『思い出した』のでしたら、そろそろ記憶に現れますね。あの方が」
「そうか。さっきチラっと見えた気がしたけど、気のせいじゃなかったんだね」

 ぽっぷは再び『回想』に入った。

★  ★  ★

「やれやれ、無事でいてくれたか…」

 突然の声にぽっぷβは息をのむ。ぽっぷとかずひろの無事を確認し、周囲を見渡そうと上昇した矢先、背後から男性の声がしたのだ。そこは西美空駅の屋根。人が安易に来られるような場所ではない。おまけにさきほど確認したときには誰もいなかったのだ。正体が何であれ、ただ者ではないことだけは明らかだった。
 何者だろう。もしかして海王神ポセイドンだろうか。ファファがぽっぷβに変身するとき、そっくりに変身するだけでなく、記憶や人格まで継承する。その記憶がファファに「聞き覚えがある」と訴えかけてくるのだ。しかし、声がしたのはぽっぷβの背後。目視しなければ確証は得られない。
 幸いにも、ぽっぷβは魔法で透明化になっていた。魔法が解けない限り決して見えないし、解けるまでにはしばしの余裕がある。音や気配までは消せないから決して油断は出来ないが、まだ気付かれてはいないはずだ。今ならコッソリ相手を探ることもできるだろう。

「いや、これは失礼。ヤブキさんに護衛を頼んでいたのですから心配は無用でしたな。本当にありがとうございます。助かりましたよ」
「それは買いかぶりですよ。私とて全能ではありません。取り返しのつかないミスなら過去に何度もやらかしていますよ。神ですらないのですから当然ですが」
「それは神々とて同じですよ。何はともあれ、この借りはいずれまた。精神的に」
「はははっ、期待せずに待ってますよ」

 ………もう一人いる?
 ぽっぷβが振り返ろうとした矢先、別の男性の声だした。会話の雰囲気からポセイドン(仮)と親しい間柄だと想像できる。しかし初めて聴く声だった。ポセイドン(仮)と同じく、彼にも神が宿っているのだろうか? いや、交わしている会話の内容から察するに、普通の人間のようだ。

「……それで、どのような状況ですか?」
「ポセイドンさんがクロリスと呼んでいる少女は、同世代の男子生徒と合流しました。側に近づいて様子をうかがったのですが、話しぶりから察するに幼なじみのようです」
「なるほど…依り代の人脈を頼りましたか。それとも巻き込んだと言うべきか…」
「二人は今、美空高原行きのバスに乗り込んで出発を待っているところです」
「美空高原…。そこに一体何が? それともそう思わせて途中下車するつもりなのか…」

 …………普通の人間? 本当にそうなのか? そもそも普通の人間なら、西美空駅の屋根に突如現れることなんて出来るはずがない。だったら彼は何者なのだ? 確かめる必要がある。
 しかし、何故かぽっぷβは振り返ることができなかった。まるで凍り付いたように身動きが取れなくなっていたのだ。金縛りの魔法? いや…違う。ポセイドン(仮)と穏やかに会話する謎の人物に、ぽっぷβは恐怖していたのだ。

「それと、私とは別に『アンノウン』がもう一人」
「ほほう! 
それは興味深い」

 アンノウンとは英語で「不明な」とか「未知の」という意味。空軍や海軍では、国際不明機及び、未確認飛行物体のことをこう呼ぶらしい。
 未確認飛行物体? もしかしたら…ほうきで空を飛ぶ魔女や魔女見習いも未確認飛行物体? つまりぽっぷβのことだろうか?

「で、どうしたのです?」
「一瞬姿を見せたのですが、姿を隠すことに長けているようで、その後は未確認です。少なくとも攻撃の意思は無さそうでしたね」

 しまった。魔法が解けたあの時、見られていたのか。しかし今は大丈夫なはず。透明化はカンペキだ。魔法さえ解けなければ大丈夫。魔法さえ解けなければ……

「すると、もしかしたら近くに潜んでいて、我々の会話をコッソリ聞いていたり……とか?」
「可能性としては十分あり得ますな…」

 ぽっぷβは二人の会話に戦慄していた。もしかして側にいるのがバレている? それとも居場所を特定するためにわざと聞こえるように会話をして、ぽっぷβの動揺を誘うつもりか。だけど気配を殺し、音を立てずにじっとしていれば大丈夫なはず……

「どうします? なんでしたら排除することも出来ますが」

 うわぁぁぁぁぁぁ!! これゼッタイバレてる!
 バレてるよぉぉぉ!!((((;゚Д゚))))
 ぽっぷβは動揺のあまり声にならない悲鳴を上げたが、体は恐怖で凍り付き身動きできない。

「なぁに、『アンノウン』なら放置でかまいません。心当たりもありますし、私もそろそろ表舞台に現れる頃合いですしね。情報収集をしたいのならさせてあげますよ」
「ほう。心当たりがありましたか。まあ、『アンノウン』でしたら最近接近する者がいますし、私の方でも探りを入れてみますよ。それにしても貴方は寛大な神様ですな」
「いやいや、神であればこそ寛容さは必要なのですよ。ましてや私は海の王ですからね。……おや? そろそろバスが出発か。それではそろそろ失礼させていただきますよ、ヤブキさん」

 そう言うとポセイドンは、固まっているぽっぷβの頭上を跳び越えて闇へと消えた。まるでぽっぷβの居場所を把握しているかのような跳躍だった。

「いつもお疲れ様です。どうか早まらないでください……」

 そう言い残すと、もう一人の男性の気配も消える。ぽっぷβは勇気を振り絞り、思い切って振り返るが、駅の屋根にはもう誰もいない。

「こ、怖かったよぉぉ〜〜〜〜〜」(><)

 恐ろしい緊張から突然解放されたぽっぷβは、思わず幼い子供のように半べそになる。
 神が宿っていないのにポセイドンと対等でいられる存在…。一体何者なのだろう。神でも人間でもないとすれば、もしかして……悪魔だろうか?
 ベソをかきながらもぽっぷβは分析を始めていた。
 ポセイドンは護衛を頼んだと言っていた。では誰を護衛していた? ぽっぷちゃんだ。謎の男はポセイドンに頼まれてぽっぷちゃんの護衛をしていたのだ。だけどポセイドンの力は絶大だ。何故護衛を頼む必要がある?

「ひゃっ!?」

 突然手にしていた携帯が震えだし、ぽっぷβは思わず声を出して驚いた。マナーモードにしていたとはいえ、二人がいたときに鳴り出していたらどうなっていたことか。受信ボタンを押し、携帯を耳に押しつけると、スピーカーからは繁華街の賑わいが聞こえてくる。

「早かったね、えりかちゃん。何か分かったの?」
「……で…わ…」
「え? なに? 聞こえないよ」
「し……の正体は……ンでしたわ」
「よく聞こえないよぉ。もう少し大きな声でお願い」
「だから! 神札の正体はオリオンでしたわっ!! 聞こえて?」
「あ、うん。ありがとう。聞こえたよ。……本当にオリオンなの?」
「間違いありませんわ。今手元にありますもの。間違えるはずもありませんわ」
「対戦相手は誰なのかな」
「そこまでは分かりませんわね。側にはもういないみたいですし…」

 オリオン……。デュエルを戦い、敗北したのがオリオン…。彼はギリシャ神話に登場する狩人で、海王神ポセイドンの子。オリュンポス12神には敵わないまでも、決して弱くはないはずだ。そのオリオンが倒されるなんて……。対戦相手は誰なのだろう。
 神札が回収されずに残されていたのだから、少なくともプリキュアではないと分かる。では怪物だろうか。オリオンは大サソリが苦手という話もある。しかしこれは、星座に合わせて作られた後付けの物語だ。狩人である彼が本当に苦手なのかは分からない。そうなると上位神の可能性が極めて高い。そう考えたとき、ぽっぷβはようやく気付き、身が震えた。

「わ……分かったよえりかちゃん。オリオンを倒したのは……ポセイドンだ」


Scene14◆違和感

「ポセイドンがオリオンを? 確かに身内の争いはギリシャ神話では日常茶飯事みたいな物ですけれど、根拠は何ですの? 親子の戦いを目撃しまして?」
「あ……いや……ううん。そんな気がしただけ……。ただの感だよ」
「あら、裏付けも無しに断定するなんて。春風さんらしくありませんわね」
「確かにそうだね。ごめん」
「いいかげんな情報でワタクシを惑わせるのはやめていただきたいですわ」
「本当にごめん」

 ぽっぷβが言葉を濁したのは、根拠となる今の状況をえりかに話せなかったからだ。ぽっぷの最後の切り札であるファファの存在は、身内にも安易には明かすわけにはいかない。詳しい話はまた明日ということにして、ぽっぷβは電話を早々に切り上げた。

★  ★  ★

「あ〜〜〜。これは仕方ないとはいえ、えりかちゃんに不審がられてしまうかもね」
「うううっ、ごめんなさい(><) おまけにぽっぷちゃんに丸投げしちゃって…」
「それは別にかまわないんだけど……でもなんだろう。携帯から伝わるえりかの様子もどこかおかしい気がするんだよね。不機嫌そうなのはいつものことだけど、何か苛立ちのようなものを感じる」

「そりゃあ、そうだピュ」

 突然、ゼピュロスが話に割って入ってくる。

「え? 何か知ってるの? ゼピュロス」
「アルテミスは男に興味がない処女神だピュ。そんなアルテミスが唯一好意を抱いたのがオリオンだピュ」
「ああ、そう言えばそんな話もあったね。いくつかある説のひとつだけど」
「いくつかある説……なのですか?」

 ファファが不思議そうな顔をして聞いてきた。

「何しろギリシャ神話は二千年以上前の物語だもの。現代に伝わるまでに形が変わっていくのは仕方のないことなんだよ。例えば人気小説があるとするでしょ。それを元にドラマ化したり、映画化したり、舞台化したり、漫画やアニメを作ったりするじゃない。でも、基本的な流れは同じでも、表現方法が違うから細かい部分は変わってしまう。大人の事情によって結末まで変わってしまうこともある。原作では死ぬはずだった登場人物が生き残ったりとかさ。原作に無い続編や前日譚が作られたり、同人誌で二次創作が出回ったりするかもしれない。でも、数十年数百年の間に戦争や天災で貴重な資料を失って、どれが原作なのか見分けがつかなくなってしまったら?」
「ああ、だから辻褄が合わなくても、伝わり残った物語をそれぞれの説として現代まで伝え続けているのですね」
「そう。諸説あるんだよ。だからどれが本当かなんて、一概には言えないの。もしかしたら、オリジナルはとっくの昔に失われていたりとかね…」

 ぽっぷはふとゼピュロスを見つめる。

「ねえゼピュロス。貴方って本当は何者なの?」
「ん〜〜〜〜? 何を言っているのかよく判らんピュ。オレは西風の神ゼピュロスで、お前の夫だピュ。……あ、もしかして依り代のことを聞いているピュか? オレの依り代はペンタローという名のペンギンのぬいぐるみらしいピュ」
「そう……だよね。他の答えがあるわけ無いよね。ヘンなこと聞いちゃってごめん。ゼピュロスはゼピュロスだものね」
「ぽっぷちゃん……。それってもしかして……」
「ごめんファファ。それは後回し。追求したところで答えなんて出ないし、答えが出たところで何も変わらないもの。せいぜい私の知的好奇心を満たすくらいかな。今は目の前の問題を片付けなくちゃね」

 回想をすべく、ぽっぷは目を閉じる。……が、数秒とたたぬうちに目を開いた。

「ねえ、ゼピュロス。私達を攻撃したのってポセイドンなんだよね?」
「その通りだピュ。恐ろしいヤツだピュ」
「まあ確かに、デュエルが成立する前に一瞬で私達と決着をつけるとなると、今はポセイドンのトリアイナくらいしか考えられないものね…。それで、どうして攻撃されたの?」
「どうもこうも、逃げようとしたところを背中に喰らわされたピュ」
「問答無用ってこと? う〜ん……なんか違和感があるんだよなぁ。美空高原行きのバスが出発してからなんだけど、ずっと平穏なんだよ。ポセイドンがバスの屋根に飛び乗ったことを除けば…だけど。でも、ポセイドンも何かしようって感じじゃ無い。どちらかといえば私をそっと見守っているみたい」
「そうですよね。ポセイドンさんがいない時は、代わりに『ヤブキ』さんという方にぽっぷちゃんを見守らせていたみたいですし、これ以降、ポセイドンさんがぽっぷちゃんに手を出す事なんてありませんでした。せいぜい手刀打ちでかずひろくんを気絶させたくらいでしょうか」
「オッ、オレはウソはついてないピュよ!」
「分かってるよゼピュロス。多分、何か見落としがあるんだよ」

 ポセイドンと初めて遭遇したのは、化け鯨カイトスとの戦いでのこと。ぽっぷはえりかと力を合わせ、カイトスをあともう少しのところまで追い詰めたが、一瞬の油断から逆に追い込まれてしまう。絶体絶命のピンチにさっそうと現れ、矛の一撃でカイトスにとどめを刺したのがポセイドンだった。
 彼はぽっぷ達やカイトスと共に閉鎖空間にいながら、その存在をギリギリまで隠し続けていた。ぽっぷ達だけでカイトスを倒せていたなら、ぽっぷの前に現れることもなかっただろう。つまりあの時も、ポセイドンはぽっぷを見守っていたのだ。もしかしたら監視や観測かもしれないが。

 その時突然、携帯が振動を始めた。振動がすぐに止まらないことから、メールではなく電話の受信だと分かる。確認すると父・渓介からだった。

「お父さん? こんな時間にどうしたんだろ」
「ぽっぷちゃんのお父さんって、たしか今、飲み屋さんにお出かけしてましたよね」
「うん、町内会の会合という大義名分の元に小料理屋『秋穂』で飲み会中だね。でもなんで私に電話?」
「お酒が入ると時々おかしなことをしたくなるものなんですよきっと。それとも、お母様には話せないこととか?」
「まったく、酔っぱらいはしょうがないね。まあ、そんなお父さんも嫌いじゃないけど♪」

 ふうっとため息をつくと、ぽっぷは受信ボタンを押し、携帯を耳に押しつける。

「なぁに? どうしたのお父さん」

 ちょっと間を置いて、聞き覚えのある声が聞こえる。しかしそれは父・渓介の声ではなかった。

「こんばんは、春風ぽっぷ君。それとも花の女神クロリス君と呼ぶべきかね?」

 海王神ポセイドンだった。 


Scene15◆コンタクト

「驚かせてしまって本当に申し訳ない。この状況で誤解するなと言われても無理かもしれないが、先に言っておく。お父上は無事だ。危害を加える気もなければ人質に取る気もない。お父上から携帯を拝借したのは春風ぽっぷ君と話をしたかったからだ。情報交換と言い換えてもいい」

 ぽっぷが固まってしまったことに気付いたのか、ポセイドンはなるべく優しく話しかける。

「お…お父さんは?」ぽっぷは問う。
「『秋穂』で楽しく飲んでいるよ。自慢の娘の話題で盛り上がってゴキゲンだった」

 ぽっぷが耳を澄ますと、ポセイドンの声の奧からはかすかに賑わう音が聞こえる。『秋穂』の外から電話をかけているような印象だった。

「ところで君の側にはゼピュロス君がいると思う。本題に入る前に恐縮だが、電話の内容をゼピュロス君には悟られないようにしてもらえるかな。私だと気付かれれば妨害してくるかもしれないからね」
「えっと……それはどうしてですか?」
「ゼピュロス君は、あくまでクロリスの味方であって、春風ぽっぷ君の味方では無いからだよ。賢明なぽっぷ君なら意味は理解できると思うが」
「………あ、あははは、そういうことですね。いつも父がお世話になっています」

 ぽっぷは満面の笑顔を作り、シャープペンシルでノートに走り書きをすると、ファファとゼピュロスに見せる。

〜 お父さんのお友達 〜

 二人が納得してくれた様子を観て、ぽっぷは再び聞き耳を立てる。
 今はポセイドンの言葉に従うしかなかった。どんなに言葉を積み重ねても恐ろしい力を持ったポセイドンが父の側にいることに変わりはない。それは弱みを握られているのと同義なのだ。
 そしてポセイドンの話ももっともなことだった。ゼピュロスはぽっぷのことを「クロリス」としか呼ばないのだ。ぽっぷのことはクロリスの依り代……器としてしか見ていない。それは以前から感じていたことでもあった。

「ええっと、それで……何をお聞きしたいのですか?」
「ありがとう。ときにぽっぷ君、君は夕方の出来事を覚えているかね?」
「いいえ。それがまったく」
「そうか……。それは本当に申し訳ない。記憶が飛ぶほどのダメージを君に与えてしまったようだ」
「それは、どういうことですか?」
「そうだな、本題に入る前に、今に至る経緯を話しておこう。私は君と……春風ぽっぷ君と話をしたくて、プリキュアとなってパトロールをしていた君にコンタクトを試みたのだ。その時の君は興味を持ってくれたが、ゼピュロス君が妨害をしてね、君を意思を無視して飛んで逃げようとしたんだ。苛立った私は、トリアイナで君を射止めてしまった。プリキュアは致命的なダメージを受けると合体が解けるし、肉体的ダメージは一切残らないことを知っていたからね。それに大きすぎるダメージなら、痛みを感じる前に君を失神させることも出来るだろうと踏んでいたんだ」
「あははは、そ、そういうことだったんですか…」 

 要約すると「ポセイドンがプリキュアを必殺技で仕留めたのは、ぽっぷと話がしたかったから」となる。神々のコミニュケーションとはかくもダイナミックなものなのか。何というか…ムチャクチャである。

「ゼピュロス君が逃げ出したりしなければ、こんな事にはならなかったのだが……。でもまあ、ゼピュロス君のことは責めないであげてくれたまえ。彼は彼なりに必死だったのだ。クロリスを守るためにね。だから私としても、ぽっぷ君と話をする間、ゼピュロスを排除する必要があった。ところが予想外のことが起きてしまったのだ」
「予想外…ですか」
「うん。ぽっぷ君が気を失ったことで、君の中で眠り続けていた花の女神が覚醒してしまったのだよ」
「あ…」
「クロリスが覚醒したのは、愛する夫を守りたい一心だったのだろう。だがそのせいで、ぽっぷ君が目覚められなくなってしまった。おまけにクロリスの戦闘力は0に等しい。他の神々にしてみれば恰好の獲物だ。しかし私が側で護衛すれば、クロリスが怯えてぽっぷ君の目覚めはますます遠のいてしまう。だから私は、付かず離れずで見守るしかなかったのだよ」


Scene15-2◆提案

「まあ、それでも…」ポセイドンの話は続く。
「最終的に、クロリスにも自分を守る能力を持っていたことが判明したので、私は安心して身を引くことが出来たわけだ。花畑限定とはいえ、面白い能力だったよ」
「はあ…」

 そう言われても、今のぽっぷには何が何だか分からない。相づちを打つ以外に無かった。

「ところでぽっぷ君。この前のピアノ発表会、拝見させてもらったよ」
「えっ!? ……発表会に来てくださったのですか?」
「私は音楽に詳しいわけではないが、君のピアノは楽しい気持ちにさせてくれるね」
「あ、ありがとうございます」
「だけど、前回に比べて、あまり上達していないように感じられたんだ」
「え?」
「これは推測だが、もしかしたら練習が足りないのではないかね?」
「うっっっっっ」

 図星だった。今朝も母からたしなめられたばかりだ。それを発表会の演奏から気付いたというのだろうか。うろたえるぽっぷに、ポセイドンは追い打ちをかけてくる。

「それを踏まえて君に問いたい」
「な、なんでしょう」
「君は何のためにカレン女学院に入学したのだね?」
「!?」
「ご両親に高い学費を負担させてまで、カレ女に進学した目的は何なのだね?」
「そ……それは……ピアニストになるため……です」
「よかった。ちゃんと覚えていてくれたのだね。ならば安心して提案できる」
「提案……ですか?」
「そう。これはあくまで提案だ。だけど、とても大切なことだから聞いて欲しい」

 少し間を置くと、ポセイドンは静かに、だが力強く、ぽっぷに語りかける。

「春風ぽっぷ君。君は、プリキュアを辞めるべきだ


Scene15-3◆懇願

 突然のポセイドンからの電話。プリキュアを辞めるべきとの唐突な提案。そしてゼピュロスには電話の内容を知られたくないという状況に、ぽっぷは途方に暮れてしまった。しかしポセイドンはかまわず話し続ける。ぽっぷは適当に相づちを打ちながら、ポセイドンに耳を傾ける。

「君のプリキュアとしての活躍はずっと観察していたよ。直接観察できたのはペガソス戦とカイトス戦のみだが、他の闘いも間接的にだが把握している。
 対戦相手との圧倒的な実力差を、知恵と勇気で補う手腕は見事だと言わざる負えない。まさかの初陣で、あの英雄ヘラクレスも単独では倒せなかったヒュドラを仕留めるとはね。心が躍ったよ。
 化け鯨カイトス戦でのキュアキュンティアとの共闘も、ワクワクしながら観ていたよ。少々詰めは甘かったが、実に見応えのある闘いだった」

「反面、君の優しさ、甘さが、美空市を壊滅の危機に追いやったこともあったね。
 あの時、一度でもいい。本気でなくてもいい。君がペガソスに攻撃していれば、デュエルが成立していたのだ。闘いの舞台を閉鎖空間に移しておけば、あんな騒ぎにはならなかったのだよ。幸い、死傷者はゼロだったが、それは奇跡や偶然なんかじゃない。多くの人々が影で動いてくれていたからだ」

「君がペガソスとのデュエルをためらった理由はわかるよ。君はまだ中学二年生で幼いし、優しい女の子だ。暴力以外の方法を模索したかったのだろう? その判断は道徳的に正しい。ご家族が知れば、きっと君のことを誇りに思うことだろう。たとえ多くの命が危険にさらされてしまったとしてもね」

「ああ、誤解してほしくはないのだが、私はこの件で君を非難しているわけではない。むしろ判断は尊重している。命の選択は『力』を持つ者なら誰もが経験する共通の悩みだからね。だから私は思う。ぽっぷ君はプリキュアでいる事が辛くはないのか?と。君はプリキュアを辞めたいのではないか?と」

「ぽっぷ君のプライベートも色々と調べさせてもらっているよ。例えば、ピアニストの夢を誰よりも応援してくれている、君のお爺さまのこととかね。お爺さまは今、療養病院に入院していると聞いた。君も週に1回お見舞いに行っているそうだね。だから私は思うんだ。はたして君はプリキュアをやっている場合なのだろうか? プリキュアに使う時間を、ピアノの練習や、お爺さまとの時間に費やした方が良いのではないかと」

「ぽっぷ君は何故プリキュアを続けているのだろう?
 神の力に溺れているのだろうか? それならペガソスごときで苦悩などしないだろう。少なくとも、玉木えりか君とは違う。
 力に伴う責任を果たすためだろうか? だとしたら、私にはぽっぷ君を辛い責任から解放してあげることができる。少なくとも、実現可能な提案をすることができる。
 身の危険を感じて力を手放せないのだろうか? 君に憑依する神札を狙う者がいるのは事実だから、当然かもしれない。だからもし君がプリキュアを辞めたいなら、君だけでなく、君のご家族や友人に至る生活圏の安全を、このポセイドンの名に誓って護ってみせよう。
 美空市の治安が心配なのだろうか? それこそ私達に任せてほしい。私はこの10年、影ながら美空市を護ってきた。共に戦う仲間も一人や二人ではない。何百年も前からこの地を護り続けてきた守護組織もある。
君がプリキュアとして血を流し、十字架を背負う必要など無いのだよ」

「君は、君の夢を犠牲にしてはいけない…」

 しばしの沈黙。その沈黙に耐えられず、ぽっぷは思わず問いかける。

「そのためには……どうすればいいのでしょう?」

「神札を研究するためにも、君の持つ『天空神ウラノス』を渡してほしい。
 ……なんてことを言えば、君は私を疑うだろう。当然だ。なにしろ、そのカードケースは天空のプリキュアに合体するためにも、神札を封じるためにも、この神々の『ゲーム』を終わらせるためにも必要な物だ。私が悪人なら『ウラノス』を渡した時点で君は終わりだからね。だから私は急がない。急がないが……
 このままプリキュアを続けていけば、君は私とだけでなく、君の友達とも命がけの闘いをしなければなってしまうだろう。これは私のわがままなのかもしれないが、最悪の結末だけは避けたいのだよ。だからぽっぷ君。どうか真剣に考えてほしい」

 そう締めくくり、電話は切れた。
 ぽっぷは携帯を置くと、そのまま机に沈み込む。

「どっ! どうしたんだピュ!! クロリスっ、しっかりするピュっ!」
「あ、大丈夫です。ぽっぷちゃんは凹んでるだけですからっ。それでどうしたんですか?」
「ピアノが……ピアノが下手になったって……練習不足じゃないかって言われた〜〜〜(T T)」

 泣きながらぽっぷはそう二人に応えた。実際ウソではないし、泣きたくなるほど痛い指摘でもあった。これが心理攻撃なら、これまでにないくらいの大ダメージを喰らわされた気がする。
 海王神ポセイドン、侮りがたし。

 ポセイドンからの突然の電話。発言を言葉通りに受け止めるには、ぽっぷはポセイドンを、あまりにも知らなさすぎた。今は疑ってかかるべきだろう。だけど……

どうか真剣に考えてほしい

 ポセイドンの最後の一言は、ぽっぷには懇願しているように思えた。

つづく


PRECURE SQUARE NEXT>Scene16◆思惑


#04Bパート S-10, S-11, S-12, S-13, S-14, S-15, S-15-2, S-15-3,

 道具や物に魂が宿る…。『つくも神』は日本の民間信仰の観念だけど、神札に描かれているのはギリシャ神話の神々だ。美空市は日本なのに何故ギリシャ神話なのか、最初は訳が判らなかったが、調べてみると日本神話とギリシャ神話には共通点が多い事に気付かされた。もしかしたらそこに、この戦いの謎を解く鍵があるのかもしれない。


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