PRECURE SQUARE trio 
Aパート S-0, S-1, S-2, S-3, S-4, S-5, S-6, S-7,

Scene0◆受け入れる者、抗う者

 小魚の兄弟がいました。力なき小魚の兄弟は、常に群れをなしていました。しかしそれは、力を合わて運命と闘うためではなく、ただ、ただ、自分だけが生き残りたいためでした。群れからはぐれれば様々な天敵に狙われ、あっという間に捕食されてしまいます。群れの中心から外れるほど、食い殺される危険が増すのです。生き長らえるためには、群れの中心にいるしかありません。だれもが兄弟を盾にして自分だけは生き残ろうと必死でした。いつ食べられてしまうのかとおびえる毎日。毎日。毎日…。そんな惨めな、惨めな、小魚の兄弟でした。

 そんなある日の事です。小魚達の前に海の女神様が現れたのは……。

 それは不思議な光景でした。様々な海の生物が、ご挨拶しようと女神様の周囲に集まっていたのです。大小様々な魚から、カニやエビといった甲殻類、クラゲや貝に至るまで、様々な海の生物が種族別に整列していました。小さき者達は側に天敵がいるにもかかわらず動揺するそぶりも見せません。大きなる者達も側にいる大好物に目もくれません。
 小魚の兄弟は、天敵の姿におびえながらも女神様の神々しいお姿に魅了され、少しずつ近づいていきました。整列する海の生物達を越えるまで近づいた時、女神様が振り返り、小魚の兄弟に微笑みました。女神様の慈愛に満ちた微笑みは、小魚の兄弟に安らぎを与えました。それは小魚の兄弟にとって生まれて初めての経験でした。
 そして小魚の兄弟は、世界が穏やかに変わった理由を知ります。すべては女神様のお力でした。海の生物は、海の女神様のおそばに近づく事で、心の安定だけでなく理性と思考力をも得るのです。理性が欲望を押さえ、女神様の微笑みが恐怖心を取り去ったため、海の生物から争いが無くなったのでした。
 恐怖も悲しみもない穏やかな世界……。弱肉強食の自然の掟しか知らなかった海の生物にとり、それは驚くべき新世界でした。

 周囲に生息する海の生物があらかた集まったところで、女神様は身体を切り分け、無数の小さな分身を作り出しました。小さな女神様達は整列するそれぞれの種族の前へと向かい、それぞれの種族にわかる言葉で話しかけました。本来なら言葉が理解できる魚介類など存在しないのですが、女神様の側に来て知恵が付いた今は違います。小さな女神様達の話す言葉は一言一句理解できました。小さな女神様達は海の生物達にこう話したのです。「海の女神は生け贄を所望します」と…。
 それは驚くべき言葉のはずでしたが、女神様のカリスマがそうさせたのか、弱肉強食の世界になれすぎて心が麻痺してしまっているのか、海の生物達は誰もが冷静に受け止めました。女神様達は続けて語ります。「決して強制はしません。我が身を捧げるか否かは、自分達で考え、決めなさい」と……。海の生物達に理性と思考力が与えられたのはそのためだったのです。
 生け贄となる事で得られるのは、食される事で女神様の血肉となる栄誉だけです。だけど、残された海と仲間は女神様の加護を得られます。小さき者が大きなる者に食べられる現実は何も変わらないけど、子孫の繁栄は約束されます。他者のため、未来のために己を捨てられる者を女神様は望まれていたのでした。
 小魚の兄弟は初めて話し合いました。自分たちの惨めな運命を。女神様の事を。自分たちが食べられる事で世界が成り立つ食物連鎖というシステムを。自分たち弱き者の犠牲で成り立っている悲しい現実を…。そして結論を出したのです。女神様がボクたちを生け贄に望むなら、喜んで我が身を捧げようと。それは海の生物達の総意でもありました。
 だけど一匹だけ、運命を拒絶した者がいました。

「ボクはいやだ! 誰かに食べられるなんて嫌だ! 弱い者が食べられる運命なら、ボクは誰よりも強くなってやる! 小さき者が食べられる運命なら、ボクは誰よりも大きくなってやる! こんな呪われた運命、変えてやる!!」

 それは小魚の兄弟の中にいた一匹でした。彼は抗うためにその場から逃げ出しました。周囲の海の生物がほとんど女神様のおそばに集結していたため、遠くまで泳ぐ事ができましたが、兄弟の群れからはぐれる事は死を意味します。女神様が海から去れば、海は再び弱肉強食の世界へと戻り、天敵は食欲を満たすために再び牙をむく事でしょう。はぐれ小魚の命運が尽きるのも時間の問題でした。そんな時、小魚は別の運命をを見つけてしまいました。いや、もしかすると、『それ』に誘い込まれていたのかもしれません。

「力が……欲しいか?」

 小魚の脳に直接話しかけてきた『それ』は、突如目の前に現れました。実際には手のひらサイズのカードでしたが、小さな小魚には長方形の大きな板に見えました。きっと陸から流され、海の底に沈んだ不燃ゴミの一つだったのでしょう。しかし、藻もフジツボも付いておらず、腐食もしてません。畏敬を感じさせる『それ』は、例えるなら類人猿の前にそそり立つモノリスのようでした。

「ならば……くれてやる」

 『それ』は問答無用で小魚に憑依すると、体内から凶悪な力を解放しました。そして小魚は望み通り、巨大な身体と強大な力を手に入れたのです。

めでたし、めでたし。


◆ ◆ ◆ ◆ 天地海の三重奏 第1番 ◆ ◆ ◆ ◆

『大海獣、美空湾に現る!!』


Scene1◆美空ビーチ

 3月の海水浴場は閑散としていた。海の家もシーズンオフで閉まっている。空は雲一つなく晴れ渡り、日差しは暖かく心地よいが、海から吹く風は少々肌寒い。ぽっぷが日曜の朝から季節外れの美空ビーチに訪れたのは、玉木えりかに呼び出されたからであった。しかし辺りを見回しても、えりかはおろか、浜辺には誰一人見当たらなかった。

★  ★  ★

「今から美空ビーチに来なさい。最優先事項よ」

 時計の針はまだ6時半を指したばかり。たったそれだけの、ぶっきらぼうなモーニングコールであった。

「はぁ〜〜〜、こっちの都合はおかまいなしか」
「えりかちゃんにも困ったものですねえ」
「あ、違うよファファ。えりかちゃんのことじゃなくて、事件のこと」
「事件…ですか?」
「いくらえりかちゃんでもそこまで非常識じゃないよ。こんな時間に電話してきたって事は、そうせざる負えなかったから。つまりプリキュアの出番ってこと。そして私を誘ったという事は、えりかちゃん一人では手に余るってこと。それだけ事態はひっ迫しているんだよ」

★  ★  ★

「事態はひっ迫している…と思ったんだけどなぁ」

 最優先事項と呼び出しながら、人を待たせるとはいかがなものか。それとも私が場所を間違えたのだろうか? そう思ってえりかに携帯メールを送ると、ふいに着信音が真後ろから聞こえてきた。振り返るとそこには忍び寄るえりかの姿があった。

「え〜っと……。キミは何をやっているのかな?(^^;」
「ホ〜ッホッホッホッホッ。ワッ、ワタクシの気配を見抜くとは、春風サンもできるようになりましたわねっ」
「……………」
「……………」
「帰る!」
「お、お待ちなさい春風サンっ!! 事態はひっ迫してますのよ〜!!(><)」

 えりかの腕を振りほどこうとしていると、そこにえりかの乳母、雛乃がコンビニ袋を手に下げて戻ってきた。コンビニまで朝食を買い出しに行っていたようだ。ぽっぷの分もあるというので、彼女に免じてひとまず話だけでも聞く事にする。
 シーズンオフの海の家の机と椅子を借り、朝食をごちそうになりながらぽっぷとえりかはブリーフィングを始めた。

「美空湾で神隠し? でも漁船が行方不明になったなんて、ニュースでやってないよ」
「報道規制でもかかっているのではなくて? そうでなくても報道は後追いが基本。ニュースとして報じられたときには事件は終結していたなんて、よくある事ですわ」
「きれいな月夜の本日未明、漁船第三若草丸が美空湾内にて行方不明。救難無線を聞き、助けに向かった数隻の漁船もあとを追うように行方不明。それを機に美空湾に船が入らないよう厳戒態勢……。これって無茶苦茶大事じゃん! でも『未明』って0〜3時のことらしいから、まだ半日と経ってないのか……。確かにニュースになるにはもう少しかかりそうだね。えりかちゃん、どこでこんな情報手に入れるの? インターネット?」
「この手書きの報告書がダウンロードコンテンツに見えて? この手の情報に通じた探偵を雇ってますのよ」
「へ〜〜。さすがお金持ちは違うねえ。それでその探偵さん、かっこいいの?」
「さぁ……。長身でスリムで口ひげを生やしていて…。少なくともワタクシの好みではありませんわね。
 ……って、どうでもよろしいでしょ! そんなこと!」
「そうかなぁ。年頃の女の子には結構大切な話題だと思うけど…。
 ところで第三若草丸の船長は行方不明になる前、魚が全くいないって無線で愚痴をこぼしてるってあるね。これも事件と関係あるのかな」
「それを含めて調べるのが今回の目的ですわ。そして人に仇なす神々なら、ワタクシ達の手で引導を渡します」
「怖い事をさらりと言ってのけるなぁ(^^; それで、えりかちゃんの見立ては?」
「美空湾に海の怪物がいる。最初に美空湾の魚達を食べ、次に漁船を襲った。いかがかしら?」
「海の怪物か…。怪獣映画なら次は自衛隊と戦って上陸してくるとこだね。ギリシャ神話だと……化け鯨カイトスかな」
「確か……通りすがりの英雄が片手間で退治した、弱っちい怪物でしたわね」
「だってあの時、英雄ペルセウスは『メデューサの首』なんてチートアイテムを持ってたもの。カイトスの実力は未知数だよ」
「まあ、どんな強敵でも負ける気はいたしませんわ。問題なのは……」
「海に潜んでいるって事だよね」

 史上最強のプリキュアと呼んでも差し支えない能力を持ったキュアキュンティアだが、それはあくまで地上戦での話である。もしかしたら至上最弱のプリキュアかもしれないキュアクロリスも、空中戦においては最強である。ようするに得手不得手は誰にでもあるということだ。
 天空と大地、双方のプリキュアにとって、蒼き海は未知の領域。大量の海水を隠れ蓑にする怪物といかにして相見えれば良いのか。

「それで、えりかちゃんの見立ては?」
「ワタクシの必殺技『レッド・ヒィト・サンシャイン』も、大量の海水が遮蔽物となれば威力は半減以下。ルナティック・アローも海中には届かない」
「私の技には飛び道具が無いから、攻撃のしようがないよ。海の敵には完全にお手上げ」
「となると方法は一つしかありませんわね。地上におびき出して、叩きのめす。まさか春風サンから視聴を強要された怪獣映画がヒントになるとは思いもよりませんでしたわ」
「良かった! 観てくれたんだ『ザカイドン』! プリキュアの活動の参考になったでしょ? 古いけど『バトルレンジャーV』もお勧めだよ。コマンダーレディホワイトがかわいくてかっこいいんだよ♪」
「はいはい、オタク話はもう結構。春風サン、脱線が多すぎますわ。何度も申しますが、事態はひっ迫してますのよ」
「あははは、学校じゃ、なかなかこういう話ができなくてつい…。ごめんなさい。それどころじゃなかったね」

 そうなのだ。海で行方不明者が出たという事は、最悪、死人が出ているという事。生きていても、生命の危機にさらされているという事。のんびり会話を楽しんでいる場合ではないのだ。

「それではワタクシの作戦を話します。ワタクシはこの美空ビーチで迎え撃ちます。春風サン、貴方はオトリになって化け鯨を美空ビーチまでおびき寄せなさい。怪獣映画に例えるなら自衛隊の戦闘機かしらね」
「え〜〜〜〜(^^; 私、放射能火炎で撃ち落とされる役なの?」
「いつもの神回避で華麗にスルーすれば良いだけの事でしょう。異論があるなら聞きますわよ。もちろん代替案を聞かせていただく事が前提ですけど」

 ぽっぷが偵察&オトリを受け持ち、えりかが攻撃を担う。二人の能力を考えれば他の役割は無い。まさに適材適所である。そして二人が共闘しなければ、海の怪物は倒せない。急がねばならなかった。


Scene2◆狙撃

 ぽっぷはキュアクロリスに合体すると、高高度まで上昇する。『鷹の目』の能力で美空湾全体を見渡すためだ。しかしどんなに目を凝らしても、漁船の痕跡は見当たらない。それどころか魚影も無くなっていた。まるで美空湾から命が消え去ってしまったかのようだった。

「あれは……なんだろう」

 美空湾の中央が黒くなっていた。穴なのか物体なのか、判別ができない。クロリスは様子をうかがいながら、少しずつ降下していった。
 

★  ★  ★

 玉木えりかは美空ビーチからお気に入りのライフルスコープを覗き、海上を飛び回るキュアクロリス見ていた。その姿は空を舞う花びらのよう。ジッと見つめていると、なにやら無性に狙撃したくなってくる。えりかは邪念を振り払うと次に海岸沿いを見るが、生命の気配を感じられない。水鳥がいないのはいつもの事なのだろうか。それとも事件を関係あるのだろうか。
 やはり地上からの偵察ではたかが知れている。キュアクロリスに一任する以外にないようだ。諦めたえりかは再び紙面に目を通す。

 報告書によると、異変が確認されたのは昨日の夕方頃。美空湾から魚介類が消えてしまったのだという。『スクエア』の外である美空湾外には異常がないことから、神札が憑依した『神々』の仕業とみて間違いない。そして漁船が行方不明になったのは本日未明。魚介類と漁船が消えた時間には誤差があった。
 『神々』がぶつかり合いデュエルが成立すれば、バトルフィールド内にいる『神々』と、全ての生物が閉鎖空間に強制転移させられる(植物はバトルフィールドの一部と認識され、閉鎖空間にコピーされる)。そして勝負に決着がつくまで実空間に戻る事はできない…。
 春風ぽっぷは以前から「天空と大地の女神がいるのだから、美空湾にも海の女神がいるに違いない。もしかしたら海のプリキュアかもしれない」と主張していた。だからえりかも、魚介類の消失は海のプリキュアと海の怪物のデュエルによるものではないかと最初は疑ったが、それでは魚介類と漁船の消えた時間の誤差を説明できない。恐らくは事件を起こした『神』の能力によるものだろう。あるいは美空湾中の生命を食べ尽くすほどの大食漢か……。
 それにしても、海のプリキュアとはどのような姿をしているのだろう? 水着姿だろうか? 仮に水着姿として、おしゃれ系か、競技用か…。まさかスクール水着ってことは無いと思うけれど。だめだ。どうしてもイメージが浮かばない。

 一息つこうと、雛乃の待つ海の家まで歩き出したその時、かすかに殺気を感じた。振り返ると見えるのは美空湾中央。ちょうどキュアクロリスが飛んでいた方向だ。えりかは再びライフルスコープを覗き込む。キュアクロリスは何事も無いかのように海上を飛んでいる。周囲に敵は見当たらない。すると対岸だろうか? そこまで距離があると、キュンティアの能力を駆使しても見る事はできない。それとも……海中に潜んでいる?
 嫌な予感がした。逃げ足では天下一品のキュアクロリスだが、まさかという事もある。えりかは緊張しながらクロリスを見つめていた。

 スコープに映るクロリスが、海中を覗き込もうと降下していったその時、突然海面から何かが飛びかかった。それはクロリスに直撃すると、それははじけて液体となる。海水の弾? 水上の獲物に水弾を吐き出して狙撃し、水面に落下したところを補食する…。敵に正体は鉄砲魚タイプの怪物だろうか。
 キュアクロリスはバランスを崩しながらもかろうじて落下を避けた。キョロキョロと海面を見回すが、敵の存在を確認できずにいるようだ。目視に頼りすぎて、えりかには遠くからでも感じ取れる殺気に、まるで気づいていないようだった。

「春風サン、何をやってますの! ここは回避でしょう!? 敵を確認できないなら安全を最優先で確保なさい!」

 えりかのダメだしが聞こえたわけではないはずだが、キュアクロリスは回避を始めた。と同時に異変が起きた。海面がゆっくりと盛り上がりだしたのだ。ライフルスコープから目を離すと、海面の盛り上がりは望遠なしでも確認できるほど巨大なものとなり、やがて黒くて巨大な物体が現れた。黒い物体はゆっくりと伸び続け、塔のようにそそり立ってゆく。黒い塔の先には邪悪な目とギザギザの歯が揃った口が描かれており、尚も上昇を続けている。黒い塔の上部をライフルスコープで見ると、必死に上昇を続けているキュアクロリスの姿があった。黒い塔はクロリスを追いかけているのだ。そして黒い塔はついに海面を離れ、全貌を明らかにする。
 鯨……そう。それは正に化け鯨そのものであった。巨大な鯨が、曲芸をするイルカのように海上へと跳び上がったのだ。しかも、全力で逃げているはずのクロリスを、スローモーションで上昇しながら追いかけている。想像を絶する巨体であった。
 化け鯨はゆっくり上昇しながら、ペイントされた口とは別の、本当の口を開け、ゆっくりとクロリスに迫っていった。一方でクロリスは力つきようとしているのか、スピードが落ちてゆく。

「春風サン、どうしてそこで諦めるの!
 諦めたら試合終了でしょ!!」

 思わず叫ぶが、えりかの言葉が届くはずも無く、キュアクロリスはカイトスが口を閉じると同時に気配が消えた。ギリッと歯ぎしりすると、えりかは右腕を高らかに上げ、唱える。

「プリキュアコンバイン!」

 地上に小さな太陽が生まれ、一瞬砂浜を焦がす。大地の女神キュアキュンティア、文字通りの光臨である。それからの行動は早かった。急がねば手遅れになる。名乗りをキャンセルすると右拳に力を込める。

「お兄様! 時間がありませんわ!」
「出力は半分だがいけるポロ!」
「レッドヒィト、サンシャイィィィィン!!」

 キュアキュンティアの右ストレートが唸り、解放されたパワーがカイトスの脳天に向けて放たれる。光の熱線は一直線に進み、空を舞うカイトスに直撃し、白煙の爆発に包まれた。

「ちっ」

 思わずキュンティアは舌打ちする。手応えはあった。しかしカイトスはあまりにも巨大すぎた。必殺の熱線は直撃したものの、僅かに芯からはずれヘッドショットは失敗。白煙もカイトスを包んでいた海水が熱線で一気に蒸発し、水蒸気爆発しただけだ。海水に熱を奪われ、かつ距離があってパワーが拡散してしまったのも仕留められなかった要因の一つだろう。
 えりかの期待通りにはいかなかったが、それも想定の範囲内。キュアキュンティアは迷わず次の行動に移った。

「雛乃! 逃げますわよ!」
「え? あ、はい」

 海の家にいた雛乃のもとへ来てからカイトスを見ると、ゆっくりと落下を始めていた。なんという滞空時間の長さ。目測ではっきりしないが、全長100メートルは軽く越えるのではないか。そんなデカブツが海に落下したら………。高台では遠すぎる。ここで一番近い避難場所は……灯台!? 

「お兄様! お願い!」
「心得たポロ」
「きゃっ! お、お嬢様! 何なさいますっ」

 2本のシッポ先が手のように変わり、荷物をまとめていた雛乃を抱え上げる。そのまま背中におぶると、キュアキュンティアは全速力で走り出した。同時にカイトスの身体が海面に接触し、水しぶきが発生する。カイトスの落下とともに水しぶきはどんどん大きくなっていき……そして凶暴な津波へと変化した。


Scene3◆焦燥

 灯台にたどり着いたキュアキュンティアは、緊張した面持ちで美空ビーチを見つめた。20メートルを越える高さにまで成長した大津波は、砂浜に上陸すると海の家を飲み込み、更に獲物を求めて街へと向かう。しかし道路へと入り込もうとした瞬間、津波は見えない壁に激突し、水しぶきが数百メートルの高さまで跳ね上がった。その状況を見届けると、キュンティアはやっと安堵の笑みを浮かべた。

「良かった。デュエル、成立しましたのね」
「しかし、こちらの手の内を見せてしまったポロ」
「やむ負えませんわ。背に腹は代えられませんもの」

 『神々』がぶつかり合えば美空市は壊滅してしまう。それを回避するため、デュエルが成立すると、神々を中心としたバトルフィールドが亜空間にコピーされ、閉鎖空間が形成される。『神々』は閉鎖空間の中で決着がつくまで戦うのだ。
 落下するカイトスを目撃したとき、キュアキュンティアがイメージしたのは大津波による美空市の壊滅であった。その災厄を回避する方法は2つ。落下する前に倒すか、落下前にデュエルを成立させるか。しかし必殺の『レッドヒィトサンシャイン』も最大出力で放つためにはチャージする時間が足りなかった。逆に小技の『ルナティックアロー』では巨大なカイトスに気づかれず、デュエルそのものが成立しない危険もあった。やむ負えず放った出力半分の『レッドヒィトサンシャイン』だったが、やはり必殺技には一歩及ばず、半殺し技にとどまった。カイトスにダメージを与えたものの致命傷とは言えず、おまけに空中は危険だと学習させてしまった。もう二度とうかつに跳ね跳んだりはしないだろう。
 ひとまず美空市と一般市民を守る事はできたが、気がつけば絶体絶命である。カイトスを倒さねば元の空間には戻れない。しかし、恐らく必殺技はもう通用しない。そして内心頼りにしていたキュアクロリスこと春風ぽっぷも行方不明。彼女もプリキュアだ。死んではいないだろう。恐らくカイトスに食われたか、どこかで気を失っているのか…。そんな時、クロリスが行方不明になる瞬間を思い出し、怒りが込み上げてくる。

「まったく…春風サンには失望いたしましたわ。あの程度で諦めるなんて!」
「そのようなことをおっしゃってはいけません」
「え?」

 思いがけずキュンティアに異論を唱えたのは、背中におぶっていた乳母の雛乃だった。

「えりかお嬢様。雛乃に難しいことは判りませんが、春風さんは春風さんなりのお考えがあるのではないでしょうか。もう少しお友達を……生涯のライバルと認めた、ただ一人のお友達を、信じてくださいまし」
「…………」
「ところでお嬢様、そろそろ下ろしていただけませんでしょうか(^^;」
「え? あら、そうでしたわね」

 波が落ち着き、美空湾にいつもの静けさが戻っても、カイトスは現れなかった。閉鎖空間は消えていないから健在なのは明らかである。恐らく『レッドヒィトサンシャイン』で負ったダメージの回復に専念しているか、こちらの様子をうかがっているのだろう。キュアキュンティアの胸のエンブレムからアポロンの溜息が漏れる。

「これは……長期戦になるポロね」


Scene4◆回収

 キュアキュンティアは砂浜に落ちていたコンビニ袋を拾うと、破れてないか確かめる。少々痛んではいるが問題なさそうだ。付着した砂を海水で洗い落とし、水を切りながら美空ビーチを見回す。浜辺には津波でくだけ散った海の家の残骸が散乱していたが、その合間に日光を反射して光るものも見える。

「ふむ…。思っていたより残っているようだポロ。不幸中の幸いだポロ」
「あれを全部回収しますの? 面倒ですわね」
「確かに気高く美しいお前がやるようなことではないポロ。ならば雑用は雛乃殿にまかせればいいポロ」
「お兄様も意地悪ね。判りました。やりますわ。雛乃を危険に晒すわけにはいきませんもの」

 観念したキュンティアは足下に落ちていたイワシの缶詰を拾った。プルタブの付いた缶切り不要のタイプ。津波で痛めつけられてはいるが中身は無事のようだ。ティアティアは拾った缶詰をコンビニ袋に入れると、次の回収物を求めて砂浜を歩き始める。魚の缶詰。果物の缶詰。お茶やジュースのペットボトル…。一見するとプリキュアが海辺で清掃活動をしているようで微笑ましいが、拾っているのは空き缶ではない。浜辺に残された食料であった。
 長期戦の可能性は漁船消失の情報を得た時から予測していたが、早朝で準備する時間もなかった。そこでやむ負えずコンビニを利用することとなった。えりかにとって、それはコンビニ初体験であった。最初に立ち寄ったヘブンイレブン美空町店では、たまたま早朝のシフトに入っていたぽっぷの姉どれみと遭遇し、初めて会話を交わしたのだが、脱線して長くなるので省略。その後も美空ビーチに来るまでにコンビニを何店かハシゴして、保存の利きそうな食料を1週間分購入した。先ほどの大津波で流されなければ、万全の体制で挑むことができたのだが。

 雛乃は一緒に行きたがったが……、いや、むしろえりかを休ませ、自ら回収に向かおうとしたが、キュンティアはそれを制し、灯台での待機を命じた。いつまた津波をおこされるか判ったものではない現状では、非戦闘員の勝手な行動は死に直結する。安心して戦うためにも、絶対に灯台からはなれないよう、キュンティアは念を押した。

 正午をすぎてもカイトスに動きは無かった。戦いが再開されるのは夕方か、それとも日が落ちてからか。いずれにせよ、カイトスが海中に潜む限り打つ手は無い。
 不幸中の幸いと言うべきか、大津波が見えない壁にぶつかってくれたおかげで大まかには把握できていた。閉鎖空間のサイズはだいたい5000メートル四方。美空ビーチ側は道路の手前あたりまで。海側は三方とも対岸にまでは達していない。閉鎖空間の実に95%が海であり、わずかに残された陸地の多くが砂浜。灯台周りは地盤が堅いが、雛乃を避難させているので戦闘時には近づけない。地上戦に特化しているキュンティアにとって不利なことこの上ないのだ。
 しかし、バトルフィールドに限ってはアンフェアというわけでもない。キュンティアには広すぎる5000メートル四方のバトルフィールドも、全長100メートルの巨体を誇るカイトスには狭すぎるのだ。バトルフィールドのほとんどが海と言っても30%以上は浅瀬であり、美空ビーチに近づこうものなら巨体を海上に晒さねばならなくなる。下手をすれば座礁して動けなくなるだろう。もしかするとカイトスも、地上のキュンティアを攻撃する方法が無く、手をこまねいているのかもしれない。

 戦いに決着がつかなければ閉鎖空間から抜け出せないのだから、お互い打つ手が無ければ否が応でも長期戦となる。閉鎖空間にいると時間の流れがどんどん加速していくので、1ヶ月以上留まっていても実世界では1日と経過していないから、生還さえすればいつもの日常に戻れる。また、プリキュアに合体し続けている限り、玉木えりかの肉体の時間は停止しているので、食事もトイレも入浴も睡眠も不要。体力は常に少しずつ回復しているので、じっとしてさえいればいい。むしろ問題は心の回復である。プリキュアの戦いでは精神状態が大きく影響するため、長期戦では特にストレスの解消が勝利の鍵となるのだ。そしてストレス解消が短時間で効果的にできるのが食事なのである。ちなみにプリキュアの状態で摂った食事は完全消化され、全てエネルギーに転換される。美味しい食事は心にも身体にも良いのだ。
 だがしかし、キュンティアが食料回収をするのは自分のためではない。雛乃のためであった。普通の人間である乳母の雛乃は、閉鎖空間でも普通に時を重ねていく。長期戦で食事を摂らなければ、敵に命を狙われなくても、やがて衰弱して死に至るのだ。一般市民を巻き込んだ状態でのデュエルは、プリキュア達にとっては人質を取られたも同然なのである。

「パンは食べられたものではありませんわね。袋が破れて海水でビチョビチョ。お弁当はバラバラですわ。お菓子類は紙の箱はボロボロですけど、小さく袋詰めされたものは無事なのもありますわね」
「良いサンプルになったと思えばこれも無意味ではないポロ。今後の課題だポロ」

 約8時間の回収作業の成果は食料一人前で3日分。コンビニで多めにもらった箸やスプーンも数本回収できた。なんとか文明的な食事も維持できそうだ。食料を全て雛乃に与え、かつ切り詰めれば、1週間位は保つだろう。
 ………いや、とキュンティアは首を振る。食料が3日分なら、3日以内にケリをつけなければ敗北も同然。防御力の低いキュアキュンティアにとり、攻撃こそが最大の防護なのだ。攻めて攻めて攻め続けて、活路を見出す意外に無い。キュアクロリスが健在であれば、別の攻略方法もあったかもしれないが。

「雛乃を守りながら、カイトスを倒して春風サンを救出……。タイムリミットは3日。しかしカイトス攻略の目処はなし。正に絶体絶命ですわね」
「フフッ、その割には嬉しそうだポロ」

「もちろん楽しんでいますわ、お兄様♪ 負け戦をひっくり返すのは最高の快楽ですのよ。それに少なくとも戦っている間だけは、玉木家の義務も責任も忘れていられますもの」

 そして日が暮れ始めた頃、カイトスの攻撃が始まった。


Scene5◆糸口

「あら? 何かしら」

 空からヒュルルルルと甲高い音が響いてくる。何事かと聞き耳を立てていると、突然アポロンがキュアキュンティアの2本の尻尾を振り上げ、砂浜に叩き付けた。キュアキュンティアの身体が宙を舞った刹那、さっきまでいた砂浜が破裂して、衝撃音とともに砂を巻き上げる。

「これは……攻撃?」
「警戒するのだ妹よ! カイトスが仕掛けてきたポロ!」

 キュアキュンティアが着地して海を凝視すると、中央に黒い小島が現れているのが確認できる。黒い小島が何かを空中に発射すると、少し間を置いて空から再び甲高い音が聞こえてきた。
 ヒュルルルル……。
 ある程度音が大きくなったところで、キュアキュンティアは横へ跳ぶ。するとやはり、さっきまでいたところで衝撃音と共に砂浜が破裂した。対策を立てるためにも攻撃の正体を確認せねばならない。キュンティアは五感のすべてを研ぎすまし、カイトスの次の攻撃を警戒しながら爆心地に近づく。

「これは…氷の固まり?」
「なるほど、潮吹きの応用ポロか。化け鯨め、賢しいまねをしてくれるポロ。おまけに狙いが正確とは、生意気にも程があるポロ」

 ヒュルルルル、ヒュルルルル、ヒュルルルル……。
 今度は連続して落下音が聞こえてきた。狙いが正確なら、同じ場所への連続射撃とは思えない。キュアキュンティアはダッシュして、先ほどとは2倍の距離をとる。案の定、先ほどの爆心地を中心に、前後左右に撃ち込んできた。先ほどと同じ回避をしていたら、氷の固まりが直撃していたところだった。侮れない。

「カイトスは鯨の潮吹きを応用して『艦砲射撃』を仕掛けているポロ」
「鯨の潮吹き…ですの? これが?」
「本来吹き上げるべき潮を体内で凍らせ、砲弾のように空高く発射する…。さしずめ『スポルトキャノン』と言ったところポロ。おまけに異常なほど狙いの正確な砲撃。方法は判らないポロが、氷の砲弾を落下中に軌道修正させているとしか思えないポロ。気をつけるポロ。回避行動が単調だと先を読まれるポロ」
「そうなると、うっかり灯台に戻るわけにはまいりませんわね」
「フフッ、我らが狙われている限り、雛乃殿は安全とも言えるポロ」
「まあ、ポジティブですのね、お兄様♪ さすがは太陽神ですわ」

 恐らく、カイトスの狙いはキュアキュンティアの観察である。『スポルトキャノン』を回避させて、能力分析をしているのだ。怪物の分際で頭脳戦を仕掛けてくる気か? 生意気にもほどがある。
 キュンティア達も負けじとカイトスを観察するが、距離がありすぎてあまり成果は上がらなかった。『スポルトキャノン』の連射は5発単位で繰り返されている。氷塊砲弾の精製に時間がかかるためか、実在する兵器のように装填数に制約があるのか。あるいはそれもキュンティアを油断させるためのフェイクで、本当は無制限に連射できるのかもしれない。今は思い込みが一番危ない。

 攻撃されっぱなしではしゃくなので、キュンティアも砲撃の合間を見て反撃を試みてはいた。
 自慢の『ルナティックアロー』は、4000メートルもの距離をものとせず全弾命中させられるものの、角度が悪く全てはじかれた。月光の力を借りればパワーアップは図れるが、獲物が巨体すぎて効果は微妙だ。それに海中にまでは矢は届かない。一撃で決められなければ潜られて回復されてしまうだけだ。
 やはり兄アポロンの太陽の力を借りた必殺技『レッドヒィト・サンシャイン』以外に対抗手段は無い。しかし『レッドヒィト・サンシャイン』は拳から光とともに放射熱を打ち出す技(有り体に言えば、マジンガーZのブレストファイヤーに近い)。距離があればあるほど熱エネルギーが奪われ、威力が落ちてしまう。カイトスは海水に守られているのだからなおのことである。最大出力で食らわせるなら0距離射撃が最も理想的なのだが。

「ああ、そうですわ。わざと飲み込まれて体内から直接撃ち込むというのはいかが? ……あら、もしかして春風サンもそう考えて、わざと飲み込まれたのかしら?」
「フム。恐らく確実に仕留められる唯一の方法ポロ…。しかし、お世辞にもスマートとは言えない戦い方だポロ。美しいお前には似つかわしくないポロ。あくまで最後の手段としてとっておくべきだポロ」
「確かに化け物に飲み込まれるなんて、春風サンはともかく、ワタクシには似つかわしくありませんわね♪ 時間もまだありますし、この距離で戦う方法を考えるといたしましょう♪」
「そうは言っても、現状では『レッドヒィト・サンシャイン』以外の攻撃技は、我らには無いポロ」
「何かありませんの? パワーを維持させたまま、4000メートル先の化け鯨を攻撃する方法」
「一応、方法は2つあるポロ。一つは手元でエネルギー球体を精製し、弾丸のように打ち出す方法。ただしカイトスを倒すだけのパワーを込めるには時間と集中力が必要だポロ」
「判りやすく言えば元気玉のようなものですのね。でも、化け鯨のくせに生意気なくらい賢いから、時間がかかれば気づかれてしまうかもしれませんわね。もう一つの方法は何ですの?」
「回転運動を加えることで熱拡散を防ぐ方法ポロ」
「回転運動?」
「我ら狩人の神にとって、人間が作り出した最高の発明品に『鉄砲』があるポロ。鉄砲の銃身には螺旋状の溝が刻まれており、発射される弾丸に回転運動を与え、直進性を高めるポロ」
「でもお兄様。直進性が高まっても、破壊力が上がるわけではないのではなくて?」
「『レッドヒィト・サンシャイン』は、言うなれば機関銃のようなものポロ。一発一発の威力は同じでも、集弾率が高まり、同じ場所を集中的に攻撃し続けられれば、破壊力は格段に跳ね上がるポロ」
「なるほど…。そう言えば探偵さんから借りたボクシング漫画にも、回転を加えた必殺パンチが登場しましたわね。名前は確かコークスクリュー・ブロー…。判りましたわ、お兄様! 早速試してみます」

 逆転の糸口が見えたキュアキュンティアは、早速回転運動を加えた必殺技『コークスクリュー・サンシャイン』を最小エネルギーで試してみる。確かに効果はあった。当社比20%程度くらいは…。
 20%アップなら効果絶大と言っても過言ではない。しかし、その程度ではカイトスには効かないだろう。腕の回転程度ではダメなのだ。もっと効果的に回転運動を加える方法を見つけなければ。

 ヒュルルルル、ヒュルルルル、キュルルルル……。
 新たな甲高い音が頭上から聞こえてくる。小1時間聞かされ続けた落下音。だけど一つだけ僅かに音が違っていた。これは…まさか特殊弾頭? 通常弾の中に一発だけ核弾頭を混ぜて発射する的な? ブライト戦法を仕掛けてくるとは、やるなカイトス!!

 大慌てで距離をとるキュアキュンティア。美空ビーチの端にたどり着いた頃、間を置いて5発の砲弾が落下する。1発、2発、3発、4発、そして5発。特殊弾頭と思われる5発目は、思ったより威力が小さかった。破壊力がないのなら、別の目的があるのか? キュアキュンティアはライフルスコープを覗き、特殊弾頭の落下地点を観察する。スコープに映ったのは………花のつぼみ?

「あ、あれは……」

 キュアキュンティアは一瞬目を疑った。落下地点にあったのは、砂浜には似つかわしくない、桃色の花のつぼみだったのだ。そしてつぼみはキュンティアが見守る中、ゆっくりと花びらを広げた。その姿は…

「…春風サン!!」


Scene6◆生還

「あ、えりかちゃん! ただいま〜〜〜!!」

 キュアキュンティアに気づいたキュアクロリスは、嬉しそうに手を振る。まるで状況が飲み込めていないようだ。このままでは危ない。キュンティアは声を張り上げ、クロリスに警告する。

「春風サン!! 危ないですわよ!」
「え? なぁに〜〜?」
「空にお気をつけなさい! カイトスが攻撃して来ますわ!」
「カイトスは海にいるよぉ?」
「だ〜か〜ら〜! 空から氷の砲丸が降って来ますのよ!」
「ああ、そのことね! 大丈夫だよぉ!」

 そう言うと、キュアクロリスはぴょんとジャンブする。3メートルほど前方に着地した瞬間、さっきまでクロリスが立っていた砂浜に、氷の砲弾が落下。爆発音とともに激しく砂を巻き上げた。それから続けて4回着弾したが、キュアクロリスは直撃の可能性のある砲弾のみ回避し、あさっての方向…カイトスが予測したクロリスの回避先…に着弾した砲弾には見向きもしなかった。落下地点を予測している?
 確かにクロリスの『タカの目』の能力なら、落下する砲弾を目視して落下地点を予測するのも可能だろう。しかし、クロリスは一度も上空を見ていないのだ。
 そんなえりかの疑問に応えたのはアポロンだった。

「キュアクロリスは天空のプリキュアだポロ。そしてクロリスのパートナー・ゼピュロスは、西風の神だポロ」
「それが……春風サンのスタイリッシュ回避と、どう関係しますの? お兄様」
「妹よ。風とは何だポロ?」
「風……大気……気圧の変化……?」
「そう。風は気圧の変化によって生まれるポロ。つまり、空気を読み、操るのがゼピュロスの能力なのだポロ。風を切って飛んでくる砲丸の落下地点を予測する程度、彼奴には簡単なことだポロ」
「それが……春風サンの、プリキュアとしての能力…。だからワタクシの『ルナティックアロー』を容易く回避しますのね」
「キュアクロリスが弱く見えたとしても、それは地上戦に限った話だポロ。自由に飛べる空さえあれば、我らの想像を凌駕する強さを発揮する。それが天空のプリキュアだポロ。もっとも……」
「もっとも……なんですの?」
「所詮ゼピュロスは西風の神。穏やかな春の風。戦闘力は高くないポロ。そしてクロリスは花の女神。どう考えても戦力外だポロ。上位神が敵として現れれば、絶望的な戦いを強いられることになるポロ」
「天空の上位神…。戦の神アテナと、最高位の支配神ゼウスですわね。この2柱はワタクシ達にとっても脅威ですわ。でも、ワタクシにとっては春風サンの方が……。天空の戦士キュアクロリスではなく、春風ぽっぷサンの方が何倍も……」
「クロリスの『依り代』がどうかしたポロ?」
「いいえ、何でもありません。ただの独り言ですわ…」

「えりかちゃん、一発そっちに行ったよぉ! 後ろに避けて!!」

 キュアキュンティアは言われるままに跳躍する。ただし、前方10メートル先のキュアクロリスの側にまで全力で。その直後、背後に激しい爆発音が響き、砂とともに海の家の破片を散弾のように跳ね上げた。カイトスが狙ったかどうかは判らないが、地形効果を活かした攻撃であった。クロリス言葉に従っていれば、体中に被弾していたかもしれない。普通の人間だったら即死だったろう。

「さすがは天空のプリキュアですわ。空に詳しくても、地上のことはてんでダメね」
「ご、ごめん」
「かまわなくてよ。得手不得手があるのはお互い様ですわ。互いの欠点を補い合ってこそのパートナーですもの」

 そう言いながら、キュアキュンティアは微笑んだ。


Scene7◆報告

「それじゃ、報告するね♪」
「報告? ええっと……。何でしたかしら?」
「もう! 偵察の報告に決まってるでしょ! 何のために私がカイトスの胃袋に潜り込んだと思ってるのさ!」
「え!?」
「え!?って……。酷いなぁ。それは酷いよぉ。偵察に行けって言ったの、えりかちゃんじゃん!」
「……………ご、ごめんなさい、春風サン。正直、その発想はありませんでしたわ。それで……ご報告をもらえるということは、成果があったということですのね?」
「その通り! 見つけたよ、漁師さん! やっぱりカイトスに飲み込まれていたんだよ!!」

 キュアクロリス嬉しそうに微笑むと、手前にぴょんと移動した。少し間を置いてキュアキュンティアもぴょんと跳び、キュアクロリスの隣に並ぶ。その直後、氷の砲弾がさっきまでいた砂浜に落下する。二人はこれを続けてぴょんぴょんぴょんぴょんと4回繰り返し、カイトスのスポルトキャノンを全て回避した。
 次の発射まで少し間ができた。ふたりのプリキュアは、ふたたび会話に没頭する。

「漁師さんの無事を確認しましたのね?」
「うん。漁船ごと無事だったよ」
「それはすばらしいご報告ね、春風サン。ですけど詳細を伺う前に教えてくださるかしら。
 一体何故、胃袋の中へ偵察に行こうなんて無茶をなさったの?」
「あれ? もしかしてえりかちゃん、私のこと心配してくれたの?」
「はっ! プリキュアで、しかもワタクシよりも遥かに高い防御スキルを持った貴方を、だぁれが心配しますか! わざわざ人質になりに食べられたのかと思って呆れてましたのよ! 自力で戻ってこなければ、見限っていたところですわ」
「きっついなぁ。でもこれは、デレるとメチャクチャ甘えん坊になるフラグかな?」
「キィ! 人を勝手にツンデレ扱いするんじゃありません!!」

 そう言ったところで、二人のプリキュアは跳んだ。そこに氷の砲弾が飛び込んでくる。カイトスが攻撃するたび、キュンティアはクロリスの動きに合わせて素早く跳び、クロリスは自分の動きにキュンティアが合わせられるよう、合図を出しながら跳ぶ。それを何度も繰り返していくうちに、バラバラだった二人は少しずつ足並みを揃え始めていた。現在のシンクロ率は70%と言ったところか。まだ少しばらつきがある。

「ところでえりかちゃんはピノッキオって読んだことある?」
「まあ、絵本くらいでしたら。知識も人並みにはあるつもりですけど…。それがどう関係しますの?」
「それではクイズです。ピノッキオが探していたゼペットおじいさんと再会したのはどこでしょう?」
「確か、大魚だかクジラだかの、おなかの中……」
「そう! 大きなお魚に飲込まれたゼペットおじいさんは、おなかの中で生活していたの。行方不明の漁船と大きなクジラ。この状況って、似ていると思わない? もしかしたら漁師さんもおなかの中にいるんじゃないかって」
「リアルじゃありませんわ。あなたに勧められて怪獣映画をいくつも鑑賞いたしましたけれど、怪獣に食べられて生還した人なんて、一人もいませんでしたわよ。」
「えりかちゃん。もっと広い視野を持った方がいいよ。相手は人間の常識が通用しない神様や怪物なんだからね。怪獣映画はあくまで一例。えりかちゃんが詳しくないと思ったから紹介しただけ。例えば童話なら、赤ずきんちゃんとおばあちゃんが狼の胃袋から生還したでしょう?」
「くっ。わ、わかりましたわ。でも春風サン。可能性というお話でしたら、生還できない可能性だってあるのではなくて? あまり考えたくはございませんが、漁師さん達が消化されてグロテスクな屍となっていたかもしれない…。春風サンは怖くありませんでしたの?」
「そりゃあ、人の死体を見るなんて怖いよ。だけど胃袋の中で人質になっている可能性がある以上、確かめないわけにはいかなかったもの」
「大して強くもないのに、勇気だけは人一倍ですわね」
「だって私、スーパーヒロインだからね♪」
「はいはい。スーパーヒロイン、スーパーヒロイン。」

 ふたりのプリキュアはそこでまた、今度は一歩だけ跳んだ。二人の着地した周囲に氷の砲弾が降り注ぐ。シンンクロ率80%。

「でも…えりかちゃんの言う通りなんだよ。カイトスは、どちらかと言えば、ピノッキオよりも怪獣映画に出てくるようなリアル系の怪物なんだよ。誰の助けも無かったら、漁師さん達も漁船も全部胃液で消化されてたんだと思う」
「……誰の助けも無かったら? 春風サン、貴方まだ誰も助けてはいませんでしょう? 一体何をおっしゃってますの?」
「カイトスの胃袋の中にはね、巨大な球体があったんだよ。水の膜でできていて、胃液が入ってこないよう、外部と遮断しているの。例えるなら、スノーボールみたいな感じかなぁ。球体のおおよそ80%が海水で満たされていて、上の20%が空気。そこに漁船が浮かんでいて、漁師さんは漁船の中にいたよ。
 それから海水の中にはね、お魚さんがいっぱいいたの。多分、カイトスが食べた美空湾中の魚介類だよ。仮死状態だったのは、酸素不足で死なないようにするためだね。これはどういうことかって言うと……」
「自然現象のわけが無い…。カイトスの仕業にしても目的が判らない。一体なんですの?」
「誰かいるんだよ。カイトスの胃袋の中に! カイトスに食べられた漁師さんや美空湾中のお魚さん達を守ろうとしている神様か女神様が。もしかしたら、もしかすると……」
「もしかすると?」
「私たちと同じじゃないかって思うの。つまり、海のプリキュアだよ!」


Aパート完。引き続きBパート

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