PRECURE SQUARE trio 
Bパート S-8, S-9, S-10, S-11, S-12, S-13, S-14, S-15,

Scene8◆休戦

「海のプリキュアですって!?」

 たしかに、その可能性は二人の間で論じられていた。特にぽっぷは熱弁を振るったものだ。ぽっぷが天空のプリキュア、えりかが大地のプリキュアなのだから、海のプリキュアがいてもおかしくはない。いや、むしろいなければおかしいと。

「それで春風サン、海のプリキュアはどのような姿をしてますの?」
「それがさ、水球の中央から気配を感じたんだけど、大量のお魚さんが邪魔で全然見えなかったんだよね」
「状況的に直接の会話はできそうにありませんわね。コンタクトはできましたの?」
「いろいろと試してみたけど反応なし。多分、漁師さんやお魚さんを守るので精一杯で、それどころじゃなかったんだと思う。あんな巨大な水球を維持するのって大変だろうから。………あれ、えりかちゃんどうしたの? 頭なんか押さえて。頭痛?」
「呆れてますのよ! 貴方のお花畑ぶりに!! 勘とか憶測とか思い込みとか、何の役にも立たない貴方の希望的観測を報告されても困りますの!」
「お花畑はひどいなぁ……そりゃあ私には花の女神が憑依してるけど」
「……いいですわ。仮に貴方のおっしゃるように、カイトスの胃袋に海のプリキュアがいたといたしましょう。だから何だとおっしゃるの? 持論が証明されて嬉しい?」
「そりゃあ証明できたら嬉しいよ。でも、同じ秘密を共有できる仲間が増えるのはもっと嬉しいかな」
「人助けをしているからって、味方になるとは限りませんわよ」
「それを言うなら敵になるとも限らないじゃん。敵じゃないなら無用な戦いを避けられるかもしれないし、説得すれば仲間になってくれるかもしれない。仲間になってくれなくても、力を貸してくれるかもしれない。それに…なんと言うか、あの子の気配、とても優しい感じがしたんだよ」
「ふふ、実に春風サンらしい発想ですわね。でもね春風サン。ワタクシは貴方のおっしゃる『無用な戦い』とやらが心の底から大好きですの。もっともワタクシは、それを『狩り』と呼んでおりますけど」
「………え〜っと(^^;」
「確かに八方美人の春風サンなら、誰だって味方にできるのかもしれませんわね。ですがワタクシは、貴方と違ってなれ合いが好きじゃありませんの。そもそも貴方とは休戦しているだけですのよ。忘れないで」
「もちろん忘れてないよ。せっかくもらった時間だもの。有効に利用させてもらってるつもり。目下回避策を全力で模索中だけど♪」
「まあいいですわ。楽しみは最後まで取っておきます。せいぜい力をお付けになって

 えりかの望みは今も昔も変わらない。宿命のライバルと認めた春風ぽっぷとの真剣勝負である。だからプリキュアとなったぽっぷを目撃したとき、心の底から喜んだものだ。同じ秘密を共有できる強敵(とも)として。
 ところがえりかはプリキュアとして更なる力を得てしまった。再び圧倒的な力の差がついてしまった。今のまま戦えば、圧倒的な力にぽっぷがなす術も無く屈服するか、力を過信したえりかが屈辱的な敗北を喫するか…。どっちに転んでも、その先にあるのはつまらない決着。えりかの望みは安易な勝利ではない。何もかも忘れて全力で戦うことなのだ。そのためにも、ぽっぷにはもっと強くなってもらわなくてはならない。それが、えりかがぽっぷとの休戦を受け入れた最大の理由だった。

「…それにしても、うっとうしい化け鯨ですわね!」
「しょうがないよ。カイトスにはカイトスの都合もあるだろうし」
「都合って貴方……。まったく、化け鯨の都合まで考えるなんて、八方美人ここに極まれりですわね
「え〜、やめてよ。照れるなぁ」(^^)
「褒めてませんっ」

 そこで二人のプリキュアは正面へと跳んだ。一歩、二歩、三歩。二人のシンクロ率は実に95%にまで達しており、ユニゾンもほぼ完璧。誰が見ても息の合ったコンビとしか思わないだろう。
 二人が30メートルほど離れた先で振り返ると、さっきまでいた砂浜に氷の砲弾が立て続けに降り注ぐ。第1弾は砂煙を上げ、砂浜にめり込んだが、続く第2弾は第1弾に直撃するとくだけて散弾と化し、周囲20メートルに破片をまき散らした。第3弾以降も同様に散弾と化したが、4弾、5弾と続くごとに固まりが大きく、鋭くなっていった。油断して周囲20メートル内に留まっていれば、致命的なダメージを受けていたかもしれない。同じ砲撃に様々なバリエーションを持たせるとは…。カイトスめ。鬱陶しいが侮れない。
 夕方になってもカイトスの砲撃は止む気配がなかった。氷の砲弾を休み無く撃ち込んでくるのは、キュンティアとクロリスを疲れさせ、ミスを誘う作戦だろうか。侮れないが鬱陶しい。カイトスめ。

「春風サン。カイトスを倒しますわよ。よろしくて?」
「もちろん。望むところだよ」
「あら、予想外に素敵なお返事ですこと。念のため確認しますけど、カイトスの依り代が生命だった場合、『殺す』ことになりますわよ。それでもかまわなくて?」
「うん、判ってる。でも躊躇していたら、漁師さんや美空湾のお魚さん達が死んじゃうもの。大丈夫。ペガソスの時のように判断を誤ったりはしないよ。カイトスへの迷いはもう捨ててるから」
「なるほど、やはり春風サンには人質が有効ですのね」
「えっと…。今、聞こえちゃいけない言葉を聞いたような気が…」(^^;
「ほ〜っほっほっほっ♪ 貴方の素晴らしい覚悟に感嘆しただけですわ。
 ところで春風サン。ワタクシ、あいにく秘策を切らしてますの」
「へ? …な、なに?」
「カイトスを倒す秘策、持ち合わせはございません?」
「え〜〜〜〜」(^^;


Scene9◆閃き

「私は空から近づけるけど、カイトスの巨体に太刀打ちできるだけの攻撃方法が無い。えりかちゃんの『レッド・ヒィト・サンシャイン』は超強力だけど、距離がありすぎてパワーが拡散されてしまう。私がえりかちゃんを抱えて飛べば、カイトスに近づくことはできるけど……」
「まあ、無理ですわね。春風サンの持ち味であるスピードを殺してしまいます。それではカイトスの標的になるだけですわ」
「近づけば警戒して海に潜っちゃうだろうし、うかつに海面に近づけば、スポルトキャノンの餌食だし。私、空中を飛ぶ砲弾は空気の振動で把握できるけど、海中を移動する砲弾までは把握できないんだよね。おまけに液体のまま撃ち出すから、海上に飛び出すまで目視もできない。氷の砲弾と違って威力は無いけど、海に落ちれば丸呑みにされちゃう」
「あら。でも、好都合ではありません? 丸呑みにされれば、内部から攻撃できそうですけど」
「うん。私もそれが唯一無二の方法だと思ったんだけど、胃袋には漁師さん達がいるでしょう? カイトスを倒すには『レッド・ヒィト・サンシャイン』をフルパワーで撃ち込むしか無いと思うのだけど、胃袋が焦土と化したからって、すぐにカイトスを倒せるわけじゃない。海のプリキュアが作った水球は灼熱地獄に耐えられないと思うんだ」
「つまり人質をとられているようなものと」
「人質と言えば、雛乃さんはどうしたの? 閉鎖空間の中? それとも外?」
「残念ながら中にいます。今は灯台に避難させていますわ」
「そっか…。じゃあ、時間もカイトスの味方なんだね。持久戦に持ち込まれたら、雛乃さんが……」
「そんなことは絶対にさせませんわ。絶対に…させるものですか
「海にいる限り、カイトスは無敵だよ。なんとか砂浜までおびき寄せる方法を考えるべきだと思うな」
「それは無理ですわね。ワタクシはカイトスとのデュエルを成立させるために、手の内を見せてしまいました。火だるまになると判っても上陸してくるほどのお馬鹿さんなら、こちらも苦労しませんのにね。
 そういえばギリシャ神話に出てくるカイトスって、どうやって退治されましたの?」
「あまり参考にならないよ。岩場に鎖でくくり付けられ、生け贄にされたアンドロメダ姫を食べようとするんだけど、勇者ペルセウスにメデューサの首を見せられて石になっちゃうの」
「メデューサの首……。たしかにそんなチート武器があったら、何だって倒せそうですわね。でもどうしてお姫様が生け贄にされましたの? カイトスって変態さんなのかしら?」
「カイトスが変態さんかどうかは知らないけど、エチオピアって国にアンドロメダ姫を生け贄に捧ぐよう要求したのは、海を支配する神様、海王ポセイドンだよ」
「海の王様がどうして?」
「王妃のカシオペアが、自分だか、娘のアンドロメダ姫だかの美貌を鼻にかけて、『海の女神ネレイデスよりも美しい』って自慢したの。それに怒ったネレイデスがポセイドンに訴えたのね。『人間ごときが女神達を愚弄するとはけしからん』って、ポセイドンはカイトスを使ってエチオピアに罰を与えることにしたのよ。『アンドロメダを生け贄に捧げないと許さんぞ〜〜』ってね」
「まあ、怖いですこと。……でも、その神話に基づくなら、カイトスは海王神ポセイドンの家臣と言ったところですわよね。今回の暴走にもポセイドンが関係しているのかしら」
「う〜ん。それは判らないけど…。案外ポセイドンにお願いしたらカイトスをおとなしくさせてくれるかもしれないよ」
「苦しい時だけの神頼みですの? うかつに頼ると後が恐いですわよ」

 そのとき、暗くなった美空ビーチに一筋の光が射した。

「何? 灯台? どうして?」
「多分、暗くなったから自動点灯したんだよ。灯台用の電気は普段からバッテリーに蓄えているから、発電所から寸断されて電気の来ない閉鎖空間でも、当面は光ってるんじゃないかな」
「なるほど、バッテリーですのね……」

 海の彼方からスポルトキャノンの発射音が聞こえたと同時に、キュアキュンティアは灯台に向けて駆け出した。キュンティアに氷の砲弾の落下地点は予測できない。しかし、嫌な予感がした。もし、今の砲撃がプリキュア達を狙ったのではなく、灯台の点灯に刺激されたものだとすれば………雛乃が危ない!!
 だが、全力で走ろうとするキュンティアに砂浜が意地悪をする。焦れば焦るほど足を取られそうになる。このままじゃ間に合わない! 雛乃が! 雛乃が!!

「大丈夫! 任せて!!」

 キュアクロリスは一言キュンティアに声をかけると、灯台目がけて一直線に飛ぶ。そして頭頂部より5メートルほど上空で静止し、夜空を見上げた。灯台を守るために盾になるつもりだろうか? 確かにキュアクロリスの防御力は、キュアキュンティアのそれより遥かに優れている。が、それは頭から生えた主翼を盾として使った場合であり、飛行中は使えないはず。まさか、雛乃を守るために己を犠牲にするつもりなのか? しかし、次にクロリスがとった行動は、意外にも攻撃態勢だった。

「やるよゼピュロス!」
「いつでもいいピュ!」
「うなれ春の嵐! スプリング、ストォ〜〜ム!!」

 そのかけ声とともに、右の拳に込めた力を解き放つ。するとキュアクロリスの拳の前に、円錐状の緑風の渦が発生した。円錐状の渦は横にどんどん広がり、コマのような形になって灯台の天井を覆ってゆく。

「これは……春風サン、こんな大技を隠してましたの?」
「ゼピュロスの数少ない大技のひとつだポロ。見た目ほど威力は無いポロが、攻撃にも防御にも使えるオールマイティな技だポロ」
「あら、お兄様、あのペンギンさんのことご存知ですの?」
「奴とは古くからの腐れ縁だポロ」

 スポルトキャノンの砲弾は全てスプリングストームの渦を難無くすり抜けるが、一発として灯台には命中しなかった。

「空気の渦が弾道をそらしている…? 渦巻き…?」
「弾くのではなく受け流す。力が弱くとも、それに応じた方法で結果を出せば同じだポロ。ゼピュロスもクロリスも、戦闘力は微々たるものだポロ。しかし、侮っていれば痛い目に…」
「お兄様、申し訳ないですけれど、お説教は後にしてくださる?」
「ポロ?」
「スプリングストーム…。もしかしたら…。いけるかも……」

 今、キュンティアに秘策が閃いた。


Scene10◆秘策

「安定させるから、もう少し待っててね」

 キュアクロリスのスプリングストームは更に広がり、海側の防御は絶対的なものへとなりつつあった。渦のスピードもランダムに切り替わるため、いかにスポルトキャノンの狙撃が正確であろうと、風の流れを読むのは天空系の神や怪物でない限りほぼ不可能。この防壁を突破するには、気流を無視できる大質量攻撃……例えば、カイトスの体当たりくらいだろうか。しかし、キュアキュンティアのレッド・ヒィト・サンシャインを警戒しているから、滅多なことでは近づいては来ないだろう。当面は安全だ。
 問題はキュアクロリスのスタミナである。プリキュアは何もしないでじっとしていればスタミナが自動回復してゆくが、これだけの大技を継続し続けては回復が追いつかない。カイトスが執拗に砲撃を続けるのも、クロリスの消耗を狙ってのことだろう。時間は常にカイトスの味方だ。

「終わったら下に降りてらして。雛乃が食事を用意してくれてますわ」
「え! ホント!! 判った! すぐに降りるね」

 その対策として最も有効なのが、食事であった。食事のメリットは短期間でスタミナを回復させるだけに留まらず、上限を超えた回復が可能なのだ。通常回復の上限が100%とするなら、食事による回復は120%。美味しい食事なら150%。大好物なら200%と言った具合にである。

「今は貴方の回復が最優先ですわ。遠慮なく食べてちょうだい」
「お腹いっぱい食べて、お嬢様とお二人で怪獣をやっつけてくださいまし
「ありがとうございます、雛乃さん。じゃあえりかちゃん、遠慮なくいただいちゃうね」

 振る舞われた食事は缶詰ばかりだったが、それがいかに大切なものかをクロリスは即座に理解した。これらは雛乃の命をつなぐために、キュンティアが苦労して浜辺から回収したもの。たとえ出来合いの保存食でも、想いが込められていると判れば、それは大ごちそうとなるのだ。

「食べながらでかまいませんから教えていただけて? 貴方のスプリングストーム、攻撃にも使えるのかしら」
「使えると思うけど、えりかちゃんのレッド・ヒィト・サンシャインみたいな必殺技じゃないよ。大して破壊力も無いし」
「おお、その質問には俺が答えるピュ。クロリスはゆっくり食事してるピュ」

 キュアクロリスの胸のエンブレムがしゃべり始めた。クロリスのパートナー、ゼピュロスだ。エンブレムは花と翼を組み合わせたデザインで、いつものペンギン姿はイメージできない。

「なら、ペンギンさんにお聞きしますけど、攻撃形態の射程距離はいかほどのものなのかしら?」
「スプリングストームの攻撃形態は、空気をらせん状に回転させながら対象にぶつける技だピュ。ピンポイントの精密攻撃も可能だし、『スクエア』の空中に面していれば、そのすべてが射程範囲と一手も過言ではないピュ。ただし、クロリスが話した通りパワー不足で必殺技にはなり得ないピュ」
「ならば海の向こうのカイトスに届きますのね。問題は力不足ですのね。パワーアップ方法はありませんの?」
「む〜〜。風力を上げればある程度のパワーアップは図れるピュ。しかし、空気の分子をぶつけるスピードを上げたところで微々たるものだピュ」
「確かに建物を破壊するような竜巻でも、身体のほとんどを海の中に隠しているカイトスには通じそうにありませんわね。ですが……」
「なんだピュ?」
「竜巻が怖いのは風だけではありませんわ。何より恐ろしいのは、巻き込まれた建物やガラスの破片でなくて? 釘が弾丸のように飛んで来て壁に突き刺さる…なんて描写も、映画で観たことありますわ」
「確かに可能だピュ。しかし、釘やガラスを巻き込む程度ではカイトスに通じるとは思えないピュ」
「もちろんガラスや釘を混ぜた程度であの巨体に通じるとは思いませんわ。ならば、別のものを巻き込んではいかがかしら? 例えば、炎とか…」

 キュアクロリスの手が止まる。

「まさかえりかちゃん、火災旋風のことを言ってるの?」
「流石は春風サン。察しが良くて助かりますわ♪」
「カサイセン…それは何だピュ?」
「火災旋風。英語だとファイアーストーム。炎をともなった旋風が発生する現象だよ。地震や戦争の空襲なんかで広範囲に火災が発生した都市部や、山火事なんかで発生するんだって。あちこちで同時に火災が発生するから、火災旋風は空気を求めて生きているみたいに移動して、被害がどんどん拡大していくの。火災旋風の内部は秒速百メートル以上。鉄の沸点をも越える超々高温に達することもあるんだって。日本では関東大震災で何万人もの焼死者を出したし、東京大空襲や広島長崎の原爆投下でも発生が確認されてる…」
「ワタクシのレッド・ヒィト・サンシャインを貴方のスプリングストームに巻き込めば、ファイアストームを凌駕する超必殺技……いいえ、超々必殺技へと昇華できるのではなくて?」
「だけど火災旋風だよ。…何万人もの犠牲者を出す災害だよ。これって……悪魔の所業じゃないのかな?」
「春風サン! そんな風に自分を卑下するのはおやめなさい。ギリシャ神話に怪物はいても悪魔など存在しませんわよ。そしてワタクシ達は女神です。ならばこれは神の業と考えるべきでなくて? そもそもこの世に善も悪も存在しません。善悪が存在するとすれば、それはワタクシ達の心の中。ワタクシ達が正しきために使い、誤ったことに使わなければ、何ら問題はありませんわ」
「そうかもしれない……。だけど、正しいことと間違ったことの判断はどうやって付けるの?」
「それは貴方の心にお聞きなさい。そして貴方が正しいと信じたことをおやりなさい。ワタクシ達は神。神の判断は常に正しいの」
「た、たしかに神様の論理ではそうなるね。でも、神様同士で意見が食い違う場合はどうなるの?」
「愚問ですわね。妥協できないのでしたら、拳を交えるしかございませんでしょう? それが『スクエア』でのルール。ワタクシ達が今こうして閉鎖空間にいる現実が、すべてを物語っていますわ。ワタクシ達はいかなる手段を使おうとも、カイトスを倒さなければ元の世界に戻れませんのよ」

 キュアキュンティアは正しい。少なくとも『スクエア』のルールを完全に理解している。カイトスを倒さなければ、人質の救出も、我が家への帰宅もできないのだから……。それでもキュアクロリスは迷いを捨てきれない。それはぽっぷに憑依するクロリスが、争いを好まぬ花の女神だからだろうか。
 クロリスはキュンティアの強さが、何より迷いの無い心の強さが羨ましかった。


Scene11◆火龍

 ふたりのプリキュアは砂浜に立ち、海を臨みながら日の出を待っていた。キュアキュンティアは目をつぶって瞑想しているかのようだ。そんなキュンティアに遠慮したのか、キュアクロリスも何も言わずに海を見つめていた。手にしているコンビニ袋には、最後の缶詰が入っている。
 作戦は日の出とともに決行となった。キュアキュンティアは、太陽が出ている時アポロンの能力が、月が出ている時アルテミスの能力が活性化する。そしてレッド・ヒィト・サンシャインはアポロンの技。夜中では光が目立ちすぎる上、太陽が出ていないと出力が落ちてしまうのだ。
 カイトスは変わらず美空湾の中央に留まっていたが、眠っているのか、夜中辺りから攻撃をしてこなくなった。だけど油断は禁物だ。キュアクロリスはスプリングストームを片手でひとつ、両手でふたつ展開させられるが、レッド・ヒィト・サンシャインの高出力に拮抗させるには、全力で応えるしかない。そのためには灯台周辺に展開した防御型スプリングストームを解除せざる負えなかった。一歩間違えれば雛乃の命に関わる危険な作戦なのだ。

 やがて、東の海の向こうから太陽が昇り始めた。陽射しに照らされ、キュアキュンティアが金色に輝き始める。キュアクロリスは(少々お行儀は良くなかったが)最後の缶詰をたいらげ、スタミナ補給をすませると、灯台に展開していたスプリングストームを解除した。雛乃には用心のため、灯台の最下層に退避してもらっている。

「よくて? 春風サン!」
「いつでもいいよ、えりかちゃん!」

 最初で最後のカイトス討伐作戦が始まった。失敗すれば後が無い背水の陣。ふたりのプリキュアは殺気を解き放つ。

「太陽よ! 灼熱の赤き日照よ!」

 キュアキュンティアの右拳に赤き炎が発生する。

「西風よ! 荒ぶる春の旋風よ!」

 キュアクロリスの左拳に緑風の丸い玉が発生し、渦を巻き始める。

「ふたつのチカラ、今こそ、ひとつに!!」

 言葉がシンクロし、拳に込めたパワーは最大限まで高まっていく。しかし、ふたりのプリキュアは動かない。究極の合体技が最も効果を発揮する、最高のタイミングを待っていたのだ。

★  ★  ★

 カイトスは、夜明け前からふたりのプリキュアの動向をじっと観察していた。灯台の防御壁を解除し、殺気を解放したことから、ふたりが仕掛けて来ようとしているのは判る。しかし接近してくるならまだしも、遠い砂浜から何をしようというのか。それとも誘っているつもりだろうか? なるほど、誘っているのだな。天然の防御壁である一面の海がカイトスを守ってくれる。うっかり上陸でもしない限り、プリキュアごときに不覚を取ることなどあり得ない。そんな誘いに乗るものか。もっと疲れさせて、逃げ回る元気を奪ってやる。お前達を食べるのはそれからだ。
 カイトスは再び砲撃を始めるため、大きく息を吸い込み、氷の砲弾を勢いよく吹き出した。1発、2発、3発、4発。そして最後の5発。プリキュア達が待ち望んでいた最高のタイミングとは、正にその瞬間であった。

★  ★  ★

「サンシャイン!! ストォォォムッ!!」

 かけ声とともに、ふたりのプリキュアはカイトスに向けて拳を思いっきり打ち出した。同時に溜め込んだパワーが炸裂する。熱線と緑風は互いに絡み合い、らせんを描きながらわずかに直進すると、一気に上昇を始めた。その様はまるで天空を舞い飛ぶ火龍であった。
 火龍の最初の獲物は、プリキュア達を狙って放たれたスポルトキャノンの氷の砲弾であった。5つの砲弾は、火龍によって弾かれ、砕かれ、貫かれ、溶かされ、無力な海水へと戻った。
 キュアクロリスにコントロールされた火龍は、続けてスポルトキャノンを発射する噴気孔へと、ピンポイントで最大の弱点へと急降下していく。この時カイトスは次の発射に備え、あるいは生物的生理現象として大きく息を吸い込んでいる最中であった。このタイミングの時ばかりは海に潜れない。カイトス自身も気づかなかった、最も無防備な瞬間であった。
 火龍はカイトスの深呼吸に導かれ、難なく噴気孔へと飛び込んだ。一気に肺にまで突入すると、一面に広がる肺胞に襲いかかり、灼熱地獄を生み出し、全てを焼き付くしてゆく。

「THE ENDだピュ」
「うむ。カイトスの最後だポロ」

 ゼピュロスとアポロンは勝利を確信した。


Scene12◆断末魔

 突然の揺さぶりに海の女神は意識を取り戻した。もしや水球が破損したのではと焦ったが、彼女の周囲で何事も無く眠り続ける魚達を見てホッと胸をなで下ろす。
 大丈夫。胃液の浸食も許容範囲内。私はまだ大丈夫…。
 もちろん彼女も判っていた。自分にはなす術が無いことを。一人では現状維持が精一杯で、現状打破が不可能であることを。巨大な水球を維持し、胃液の浸食と闘い続けて1日以上。すでに精も魂も尽き果てていた。一人だけなら逃げるのは容易い。だけど彼女は海の女神。美空湾の魚達を、海の民を見捨てることはできない。彼女を信じてその身を捧げた魚達の想いを、水泡に帰すなんて…できるわけが無い。

 再び激しい振動。これまでとは何かが違う。カイトスに異変が起きているのだろうか。
 大丈夫。脱出のチャンスはきっと来る。私はまだ大丈夫…。
 海の女神はそう自分に言い聞かせ、残された最後の力を振り絞った。

★  ★  ★

 化け鯨は噴気孔から水の代わりに炎を吹き出し、悲鳴とも爆発音ともつかぬ激しい轟音が美空湾に轟く。肺を失ったカイトスは体内への酸素供給ができなくなり、あとは脳内酸素が尽きるのを待つばかり。最後を迎えるのは時間の問題であった。しかし、ふたりの合体技『サンシャイン・ストーム』が決まってから5分以上が経過しても、その巨体さ故にカイトスは止まらない。激しくのたうち回り、湾内をメチャクチャに泳ぐと、閉鎖空間の見えない壁に激突し、高々と水しぶきを上げる。

 大波は美空ビーチにも押し寄せ、危険になったので、ふたりのプリキュアは公道近くまで後退し、推移を見守っていた。

「ねえ、えりかちゃん……。なんとかとどめを刺せないかな?」
「美空ビーチに上陸すればともかく、今はどうにもなりませんわね」
「そうだよね……。私たちは、見届けるしか無いんだよね」

 カイトスは、肺を焼かれた痛みと呼吸ができない苦しみから逃れようと、必死に必死にあがいていた。心優しきキュアクロリスには、カイトスが救いを求めているようにしか受け止められなかった。だけどクロリスには、カイトスを苦しみから解放させる術が何も無い。思わず目を背け、耳を塞ぎたくなる。だけど、この惨状を生み出したのは自分なのだ。多くの命を助けるためとはいえ、仕方なかったとはいえ、責任は自分にある。何もしてあげられないにしても、最後を見届ける義務がある。そう自分に言い聞かせ、キュアクロリスはカイトスをキッと睨みつけた。

 キュアキュンティアは、瞳にあふれる涙をこらえながらも、必死にカイトスを見つめるクロリスに気づき、心の底から驚いた。そしてあきれた。あんな化け物にすら情けをかけるとは、なんと言うお人好し。その甘さがペガソスの暴走を許したというのに、何も学んでいないのだろうか?
 いや、学んだからこそ『サンシャイン・ストーム』は生まれたのだ。…と、キュンティアは自分に言い聞かせる。ならば『奇麗事』はクロリスに任せ、自分は『汚れ仕事』を受け持てばいい。力を合わせるのもチームなら、役割を分担するのもまたチームなのだ。もっとも、キュアキュンティアにとっては『汚れ仕事』の方が大好きなのだが。

 カイトスは右側へ泳ぐと再び閉鎖空間の見えない壁へ激しくぶつかり、海の底へと沈む。が、それでもカイトスは止まらない。再び海上へと浮上すると、今度は美空ビーチへ向かって泳ぎ出した。

「来た! カイトスが来るよ! えりかちゃん!」
「お任せなさい。ワタクシが化け鯨に引導を渡して差し上げますわ!」

 美空ビーチに近づけば、カイトスは浅瀬で巨体を隠せなくなる。ゼロ距離射撃が最も望ましいが、近距離でも対応できるよう、キュアキュンティアは両の手に力を込め始める。
 だが次の瞬間、思いもよらぬ事態が生じた。いや、カイトスは5分以上も暴れ回っていたのだ。想定して然るべき事態であった。クロリスもキュンティアも勝利を目前にして、油断していた。敗因があるとすれば、その一点であろう。暴走するカイトスは突然左へと曲がり、灯台へと向かい始めたのだ。

 キュアクロリスには何もできなかった。事態を冷静に分析できてしまったが故に何もできなかった。『スプリングストーム』では『スポルトキャノン』の弾道をそらすことはできても、圧倒的質量のカイトスを止めることはできない。今から全力で飛んでも、灯台にたどり着くのが精一杯。灯台の最下層にいる雛乃の救出には間に合わない。
 キュアキュンティアは雛乃の窮地に気づいた途端、我を忘れて駆け出していた。しかし、大波が打ち寄せる美空ビーチを駆け抜けるのはプリキュアであっても困難であった。ついには足を取られ転倒した。起き上がったキュアキュンティアが目の当たりにしたのは、カイトスに押しつぶされ、無惨に崩壊する灯台の姿だった。
 カイトスはなおも暴れ回り、美空ビーチへと迫ってくる。呆然と立ち尽くすキュアキュンティアへと迫ってくる。クロリスは「逃げて」と叫んだが声にならない。思わず手を伸ばすがキュンティアに届くはずも無かった。ビーチに上陸したカイトスは、キュアキュンティアを押しつぶした。

「あ…… そんな…… 雛乃さん…… えりかちゃん……」

 たった10秒で事態は大きく動いた。それも最悪の事態へと。カイトスはなおも断末魔を上げながら暴れ回っている。キュアクロリスは、ただ見ているしか無かった……。


Scene13◆叱咤

「しっかりしたまえキュアクロリス!
 いやっ、春風ぽっぷくん!」

 大人の……男の…人の…声? 閉鎖空間に人が……いる?
 キュアクロリスが振り返ると、5メールほど離れた背後に、黒いスーツを着た男性が、女性をお姫様だっこしながら立っていた。

「雛乃……さん?」
「大丈夫。このご婦人は失神しているだけだ。
 君は何をすべきか考えたまえ! そして行動したまえ!」

 閉鎖空間では少しずつ時間が加速していくため、形成されて1日以上が経過した今、通常空間からの侵入は不可能と言っていい。するとこの男性は、閉鎖空間が発生したときからすでに美空湾にいたのだろうか? しかし僅かに残された地上にいたのなら、カイトスが起こした大津波から逃れることは到底不可能。可能性があるとすれば…灯台? もしかして、灯台に隠れていた? なるほど。だから灯台に避難していた雛乃さんを救出できたのか。
 ほっとしたキュアクロリスだったが、男性の顔を見たとき一気に緊張感が高まる。青い髪、ヒゲの無い口元。そして目元を中心に素顔を覆い隠す、カニをモチーフにした仮面をしていたのだ。
 殺伐とした状況で現れたカニ仮面の男性。本来なら緊張がほぐされるはずの展開であったが、キュアクロリスの身体は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなかった。心と身体の反応が一致せず、混乱するぽっぷだったが、すぐに原因を理解した。緊張しているのはゼピュロスだったのだ。ゼピュロスの激しい緊張感がキュアクロリスに影響し、ぽっぷの意思を受け付けなくしていたのである。もしかしてゼピュロスは男性を知っているのだろうか?

「急ぎたまえ! 今ならまだ玉木えりかくんを助けられる!!」
「あ……はっ、はい!!」

 そうだ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! そして行動しろ!! クロリスの思考が加速していく。ぽっぷの強い意志が、えりかへの想いが、身体の主導権をゼピュロスから取り戻した。
 キュアクロリスはキュンティアが消えた浜辺を凝視する。そこはカイトスの質量で押しつぶされた跡に高波が押し寄せ、大きな池のようになっていた。先ほどまで感じていたキュンティアの圧倒的な闘気は、今は微塵にも感じない。カイトスに押し潰されプツッと途切れてしまったのだ。だからクロリスはキュンティアが死んでしまったと思い込んでしまった。だけど、キュンティアが死んでいないのなら、池の中に沈んでいることになる。クロリスは浜辺へ飛び出すと、翼を広げ空に舞い上がった。 えりかちゃんを……助けられる? えりかちゃんは生きている!?
 そうだ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! そして行動しろ!

 もどかしい。キュアキュンティアの気配が消えた場所へ到着するのに、どんなに急いでも3秒かかる。思考が加速したクロリスには1秒が1時間にも感じられた。そこで時間効率を踏まえ、今のうちに状況を整理することにする。
 化け鯨カイトス…。
 カイトスは灯台を破壊し、キュアキュンティアを押しつぶした後、のたうち回りながらも再び海へと戻っていった。今がキュンティアを救出するチャンスだが、カイトスの暴走に法則性は無い。ずっと美空湾中央に留まっているかもしれないし、突然戻ってくるかもしれないのだ。とはいえ、用心したところで意味は無い。キュンティアを全力で救出するのみ。絶対に見捨てない!

 玉木えりか…キュアキュンティア…。
 カイトスプレスで出来た池の凹みは大して深くはないのに、キュンティアの姿は見えない。恐らくカイトスに押しつぶされたとき、キュンティアの身体は砂浜にめり込んだのだろう。そこに海水が流れ込み、砂がキュンティアを埋めてしまったのだ。このままでは溺死か窒息死してしまう。急いで掘り出さなければ、今度こそ天に召されてしまう。それにしても何たるミス! 気配が消えただけで死んだと思い込むなんて! 無事に還れたら反省会だ!

しかし到達するまで、どんなに急いでも3秒はかかる。今のクロリスには1秒が1時間に感じられた。

 そしてカニ仮面の男性…。
 何者だろう? 服装だけ見れば、どこかの組織のエージェントと言った感じではある。雛乃を救い、クロリスを叱咤して我に返らせたのだから、少なくとも悪い人ではないと判る。しかし敵か味方かは判らない。仮面は正体を隠すためだと思われるが、カニのデザインに意味があるのだろうか。その時、ゼピュロスの震える声が脳裏に響いた。

「さ、最悪だピュ。あれは最高神ゼウスの兄にして、海の支配者だピュ」


Scene14◆穏やかな闇

「スプリング・ストーム!!」

 春風サンの…声?
 玉木えりかがまぶたを開くと、目の前にキュアクロリスがいた。砂浜にぽっかりと開いた池に緑風のドリルを発生させ、池の中心の海水を周囲へと押しのけてゆく。しかしパワーが足りないのか、直径3メートルほどのすり鉢状の空間ができたものの、池の底には僅かに届かなかった。するとキュアクロリスは、池の穴に入り込む。どうやら猛烈な風圧は水に接したすり鉢部分だけで、中央は台風の目のように無風状態のようだ。えりかはそっと近づいて池の穴を覗くと、キュアクロリスは池の底を素手で掘っていた。しかし端から海水と砂が流れ込み、せっかく掘った穴を埋めようとする。

 春風サン、一体何をやってますの?
 そう聞こうとしたえりかは、クロリスの形相に言葉を詰まらせる。こんなに取り乱しているのを見るのは何年ぶりだろう? いつもすました顔でクールビューティを気取る彼女が、涙をこらえながら、必死に、必死に、あがいている…。えりかにはそんな風に見えた。きっと何か、とても大切なものを取り戻そうとしているのだ。声をかけても邪魔をするだけ。今はそっとしておこう…。

 !?……誰?
 えりかは不意に視線を感じ、辺りを見回すが、近くにはクロリス以外の人影は見えない。ふと気になって足下を見るが、自分の影と一面の砂しか見当たらない。何だろうこの気配。近くのようで遠くのような…。えりかは遠くを見回す。海にはカイトスが暴れ回っている。灯台は…瓦礫と化している。確か暴れるカイトスが体当たりしたような…。美空ビーチは……暴れるカイトスのせいで大波が打ち寄せて来ているものの……海の家の残骸が打ち上げられている以外、おかしなことは無い。えりかは最後にビーチの先にある公道の端を見る。そして…見つけた。

 あれは……カニ男!? あいつが閉鎖空間にいる?
 黒いスーツに蟹の仮面。えりかは何度か彼を目撃していた。金色の獣となって『狩り』をしていたえりかをこっそり観察し、えりかには決して戦いを挑もうとはせず、受けて立とうともせず、えりかの執拗な追跡をかわし続けた謎の男。あいつが逃げも隠れもせず、ガードレールに腰を下ろして、じっとこちらを見つめている。あいつが逃げ場の無い閉鎖空間の中にいる。もしかしたら正体を確かめるチャンスかもしれない。えりかはキュアクロリスの側から離れ、なるべく目立たないよう砂浜を駆け抜けると、公道に上がると、道沿いにカニ男の側へと近づいてゆく。カニ男はキュアクロリスに関心が向いているようで、近づくえりかには見向きもしない。気づいてないのか、気づかない振りをしているだけなのか…。
 えりかは近づいていくうちに、カニ男が座っているガードレールの側に人が寝かされていることに気づく。

 まさか…。そんな…。雛乃…?
 それはまぎれも無く乳母の雛乃だった。えりかは夢中になって駆け出した。もうカニ男のことなどどうでもよかった。雛乃を最後に見た時、灯台から笑顔で手を振っていた。それから灯台の最下層に避難したはず。だけど灯台はカイトスの暴走でがれきの山と化してしまった。それからどうなった? 雛乃は無事なのか?

 雛乃! 雛乃! しっかりして!!
 雛乃のもとに駆けつけたえりかは、雛乃の手を握る。その手は冷たかったが、かすかに体温を感じる。胸に耳を当てると一定のリズムで心音が聞こえる。鼻元に手をかざすと息がかかる。よかった……雛乃は気を失っているだけだ。えりかはようやく安堵する。
 状況から判断するに、雛乃を救ったのはカニ男で間違いないだろう。正体不明のカニ男が、仮に下心丸出しの変態ストーカーだったとしても、礼は言わねばなるまい。しかしカニ男は、えりかが側まで近づいても気にも留めず、ずっと浜辺を見つめていた。これまでストーカーのようにこちらの動向を観察して来たのに、まるで存在しないかのように無視され、えりかの自尊心は深く傷ついた。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。平常心を取り戻し、カニ男に声をかけようとしたその時……。ふいにキュアクロリスの声が遮った。

「えりかちゃん! しっかりして!!
 えりかちゃん!! 負けちゃダメ!!
 えりかちゃん!! えりかちゃん!!!」

 振り返ったえりかは愕然とした。空を飛び、近づくキュアクロリスが抱えていたのは……

 ワタ…クシ…?
 合体が解け、プリキュアから人間の姿に戻った玉木えりかだった。身体は海水でずぶぬれで、服は乱れて所々砂が付着しており、靴や靴下は脱げて裸足になっていた。キュアクロリスは懸命に声をかけるが、えりかに反応はない。まるで死んでいるようだった。死んで……いる?

 それでは…ワタクシは? いったい……
 えりかは両の手を見つめる。それは変わらぬえりかの手だ。おかしなところは何も無い。不意に違和感を感じ、えりかは足下を見た。そこにあるのは地面と影。何の変哲も無い……あ、あれ? 影が……濃くなって、大きく広がっている。これは…、これは、なに?
 足下の影から何かが染み出て、えりかに絡み付いてくる。影の中にえりかが沈んでゆく。悲鳴を上げようとするが、えりかの声は音を発しない。影の液状化が進み、えりかは肩まで浸かってしまったが、クロリスも雛乃もカニ男も、誰もえりかの危機に気づかない。ついにえりかは影の中へ沈んでいってしまった。

 地上の光はどんどん遠のき、やがて星のような輝きとなり、そして消えた。しかし尚もえりかは沈み続けた。闇の中を落下し続けるえりかであったが、不思議なことに不安も苦痛も感じなかった。むしろ暗闇に安らぎすら感じていた。やがて下にぼんやりと紫の光が見えてくる。あれは……街の灯火? 地下の奥深くに、巨大な街並が…正方形の世界がある?

(これ以上来てはダメ。戻れなくなっちゃうよ。早くお帰りなさい、玉木えりかちゃん)

 突然、えりかの脳裏に言葉が走った。と同時に、猛烈な息苦しさに激しく咳き込み、そしてえりかは意識を取り戻した。

★  ★  ★

 どうやら呼吸を取り戻した時、異物も一緒に吸い込んだらしい。えりかの咳はなかなか止まらなかった。キュアクロリスに背中をさすられ、ようやく落ち着いたえりかはクロリスを見る。その顔は、クールビューティー気取りのいつもの笑顔だった。

「春風サン……。貴方って、ほんっとうに……かわいげがありませんわ…ね」
「え〜〜。酷いよぉ。どうしてそんなこと言うかなぁ。こんなにかわいいのに」
「そうだピュ! クロリスは世界一エロカワイイ女神でオレの嫁だピュ!」
「…ああ、でも、気を失ったえりかちゃんて、結構かわいかったかも♪」
「やめて下るかしらっ、そう言うの!! キショクが悪いからっ!」


Scene15◆海の王

「ま、まさか春風サン、気を失っていることをいいことに、ワ、ワ、ワ、ワタクシの唇を奪ったりとか?」
「も〜〜。心臓マッサージしただけだってば。人工呼吸なんて実際には大して役に立たないって話だし、私だってファーストキスは大事にしたいよ」

 ポセイドンは、のたうち回るカイトスを見つめながらも、背後でもめる少女達のやり取りに、思わず微笑んだ。流石は現役女子中学生。ファーストキスとは、ずいぶんとかわいい問題でもめているじゃないか。そしてカイトスよ。我が配下でありながら許可も無く暴れ回り、美空湾を荒らすとは許しがたい。その罪、万死に値する。苦しみを味わって死ぬがいい。
 話が終わったか、キュアクロリスが恐る恐る歩み寄って来た。玉木えりかは気を失った女性の介抱をしているようだ。

「この度は助けていただき、本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げるスーパーヒロインとはまた珍しい光景である。二大ヒーローがガッチリ握手をする姿は絵になるものだが、それはあくまで対等の関係である場合だ。クロリスとポセイドンが友情の握手を交わすには、年齢的にも、能力的にも差がありすぎる。

「気にすることは無いさ。たまたま目の前でご婦人が窮地に陥っていて、たまたま私に助ける能力があっただけのことだ」

 ポセイドンが美空湾の異変に気づいたのは、漁船第三若草丸が行方不明になって間もなくである。海を統べる王にとり、化け鯨カイトスの暴走は反乱に等しく、決して看過することのできない事態であった。
 しかしポセイドンはカイトスの仕置きよりも美空市民の安全を優先した。カイトスに神罰を下すのは容易い。しかし、あの巨体が暴れるだけで湾内に津波が起きてしまうだろう。一撃で倒す自信はあったが、ベストを目指して最悪の事態を引き起こすリスクを背負うより、より確実なベターを。結果的に第三若草丸を見捨てる事となっても、それ以上の犠牲を出さなくてすむ現実的な選択をしたのだった。

 ポセイドンはまず、美空湾全体に人払いの呪術を施すことから始めた。人払いの呪術は、施された場所を無意識に避けるよう、人の心に干渉する。地味ながら、これまでも多くの人々の日常を守って来た呪術である。さすがに美空湾全体となると簡単には終わらず、結局、夜明けまでかかってしまった。
 ポセイドンにとって最大の誤算は、ふたりのプリキュアと一般市民一人の侵入を許してしまったことだった。こんなに早く嗅ぎ付けられるとは予想もしていなかったのだ。情報封鎖の網をかいくぐるとは…玉木えりか嬢が雇っている私立探偵、かなりのやり手のようだ。
 閉鎖空間が発生し閉じ込められてからは、これまでのように気配を消し、ふたりのプリキュアをずっと観察していた。閉鎖空間でのふたりの戦いぶりを観察することは願っても無い事だったし、ふたりが力を合わせカイトスを打ち倒すのなら、任せてもよいと思ったのだ。残念ながら、後もう一息というところで介入せざる負えなくなってしまったが。

「あの、海王神ポセイドン様……ですよね?」
「いかにも。我が名はポセイドン。蒼海を統べる神の王であるっ……なんてな。
 様付けはよしてくれないか、春風ぽっぷくん。威厳を保つのも疲れるのだよ」
「そうですわ! ずっと前からワタクシを影から覗いていたストーカーなんて、変態仮面で十分ですわよっ」
「はははっ、それも勘弁してくれたまえ。
 確かに君たちの戦いぶりは、君たちが覚醒したときからずっと観察していたよ。君たちに限らず、神のチカラを使うものは、人であれ人外であれ、全て観察対象なのでね。神札が憑依していても眠っているならそれでよし。覚醒しても、この街のルールを守るならそれもよし。しかしカイトスのように、チカラに溺れて街を脅かすものにはお仕置きが必要になる」
「それってもしかして、神札や神々の居場所をご存知なんですか!?
 …ううん、そうじゃない。今はどうでもいい事。
 あのっ! ポセイドンさんにお願いがあります!」
「……なんだね?」
「ポセイドンさんはとてもお強いと聞きました。だからお願いです。カイトスにとどめをさしていただけませんでしょうか」
「ちょっ! 春風サン、何勝手な事を言ってますの!? 獲物の横取りなんて許しませんわよ!」
「悪いけどえりかちゃん、今回ばかりは諦めて。私たちは失敗したの。ポセイドンさんの助けが無かったら、えりかちゃんも雛乃さんも死んでたんだよ!」
「くっ……」
「玉木えりかくんの言う通りだ。カイトスに致命傷を与えたのは君たちなのだから、神札を回収する権利は君たちにある。しかし私が手を出せば、せっかくの権利を失う事になるのだよ? 焦る事は無い。あと小1時間もすればカイトスも酸素を使い切って力尽きるだろう」
「だったら尚の事お願いします。このままではカイトスがかわいそうです」
「かわいそう……か。
 なるほど、花の女神にふさわしい慈愛に満ちた言葉だね。しかし、カイトスは我が家臣。それがよりにもよって我が領海たる美空湾を汚した。万死に値する大罪だ。海の王として、情けをかけるわけにもいかないのだよ」

「それだけではありません! おなかの中では漁師さんや美空湾のお魚達が救出を待っているんです!」
「なんだって!? ……いやしかし、行方不明になってすでに1日以上経過している。飲み込まれているのなら、到底助かるとは……」
「いいえ! きっと今も生きています! 私、カイトスの胃袋で見たんです。巨大な水泡が漁船やお魚を包んで、カイトスの胃液から守っていたんです! 誰だか判らなかったけど、あれはきっと海の神様か女神様。胃袋の中で助けを待っているはずです!」
「そうか……、そういうことか…。テティス……恐がりの君にフォローされていたとはな」
「え? テティ…ス?」
「ありがとう、ぽっぷくん。怒りで我を忘れていたようだ。罪を罰する事を優先するあまり民の救出を怠るようでは王失格だな」

 ポセイドンが右手を広げると、手のひらから金に輝く銛が飛び出した。落下してくる銛を右手でつかむと、折り畳まれていた先端が三又へと変化する。

「カイトスよ。今その苦痛から解放してくれよう。我が必殺の『トリアイナ』を受けるがよい!」 

 ポセイドンが投げ打った三又銛は弧を描きながら飛んでゆき、カイトスの背中に突き刺さる。その瞬間、カイトスは電撃を受けたように硬直し、力尽きたように美空湾へと沈んでいった。それからほどなくして閉鎖空間の崩壊が始まった。通常空間への帰還。それはカイトスの死を意味していた。たった一撃のあっけない、あまりにもあっけない幕切れであった。


Bパート完。引き続きENDパート

Bパート S-8, S-9, S-10, S-11, S-12, S-13, S-14, S-15,

PRECURE SQUARE trio 

 
オモイドウ
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