PRECURE SQUARE trio 
#01ENDパート

Scene16◆テティス

 カイトスから解放された小魚は、ゆっくりゆっくり沈んでいきました。美空湾の海底へと。より深きところへと。小魚にはもはや身体を動かす力もありません。瞳も光を感じられません。脳裏をよぎるのは、力を得て暴れ回った爽快感。丈夫すぎる身体のせいで味あわされ続けた地獄の苦しみ。そして自分たちを餌にして来た天敵どころか、女神様や仲間達すらも食い尽くした事への、今更ながらの悔恨でした。
 女神様ごめんなさい。小魚の兄弟達ごめんなさい。ボクは愚かでした。ごめんなさい。ごめんなさい…。
 その時小魚は不思議な事に気がつきました。元の小魚に戻ったのに思考力が衰えないのです。それにあらゆる苦しみが徐々に和らいでゆきます。小魚が見えない目を必死に凝らし暗闇を見回すと、見えないはずの瞳は温かな灯火を感じました。それは海の女神様の慈愛の灯火でした。

「あなたは独りじゃない。死んでも終わりじゃない。食べられたからって終わりじゃない。みんなつながっているんだよ。命のリレーでつながっているんだよ」

 海の女神様は小魚を看取ろうと、共に沈んでいきました。美空湾の海底へと。より深きところへと。運命に抗った小魚が愛おしくも哀れで、まるで自分を見ているかのように惨めで…。せめて、命の灯火が消えるその瞬間まで、小魚の側にいてあげたいと思ったのです。
 だけど小魚は、最後の最後まで意地を貫きました。

「ありがとう…。ありがとう女神様…。だけど、ボクはボクのままでいたいんです。誰にも食べられたくないんです。つながりなんていらない。生まれ変われなくていい。このまま……終わらせてください」
「それが望みなら、かなえてあげる。誰にも食べられず、腐敗もせず、あなたが永遠に、あなたのままでいられるようにしてあげる。だから……安心しておやすみなさい」

 小魚の命が燃え尽きた後、海の女神様は小魚の周りを凍らせ、永遠に溶けない氷塊に封じ込めました。氷塊は、美空湾で最も深い底へと沈み、闇へと消えてゆきました。小魚が悩み苦しむ事は、もう永遠に無いでしょう。

★  ★  ★

 方向の識別が出来なくなるほどの光であふれる『シャイニングアウト』が美空湾中に広がる。これまでに無い大規模な閉鎖空間の消失現象は、時間の認識すらも困難にした。どこからともなくポセイドンの声が聞こえた。

「ぽっぷくん。今日は君と話せて楽しかった。機会があったらまたお話ししよう。それと、カードケースは大切にしていたまえ。間違っても無さないようにね」

 どのくらい経過しただろう……。我に返ったキュアクロリスは、砂浜にたたずんでいた。目の前には穏やかな波が打ち寄せる美空湾が広がり、砂浜にはカイトスとの死闘の痕跡はどこにも無い。灯台も、海の家も、壊れる前の姿に戻っていた。湾内を見ると、さっきまでカイトスがいた中央に何かが浮かんでいた。『タカの目』で確認すると漁船だとわかる。第三若草丸だ。甲板には漁師の姿も確認できた。彼らが無事なら、美空湾の魚達も無事だろう。そしてみんなをカイトスの胃液から守っていた海の女神も……。
 えりかも雛乃も無事だ。クロリス達は全員で無事に生還したのだ。ただ、ポセイドンの姿は無かった。通常空間に戻ると同時に立ち去ったようだ。何の痕跡も残さずに。

「えりかちゃん! さっきポセイドンさん『テティス』って言ったよ♪ やっぱり海の女神がいたんだよ! もしプリキュアだったら、名前は『キュアテティス』だね、きっと♪」
「まったく……何を浮かれてますのかしら。いくら助けられたからって、見ず知らずの大人を安易に信じるものではありませんわ! あんな変態紳士、カニ大王で十分ですわよ」
「そ、そうだピュ! ポセイドンは危険だピュ! クロリスに助け舟を出したのだってただの気まぐれだピュ きっとスケベな下心をもってるからに違いないピュ」
「それは…確かに、そういうこともあるかもしれないね。でも、助けてもらった現実は変わらないよ。警戒はするべきだろうけど、礼節は忘れちゃいけないんじゃないかな。それと、テティスの事はどう思う?」
「海の女神が魚達を守るのは当たり前の事ではなくて? それだけで味方と考えるのは早計ですわ。それに海の女神テティスって、神話では英雄アキレウスの母親でしょう? ワタクシ達よりずっと年上かもしれませんわよ」
「そっか。そういう可能性もあるね。気がつかなかった。いつも私の至らないところを指摘してくれて、ありがとうね。えりかちゃん」
「そんなの……お互い様ですわよ」
「え?」
「なっ、何でもありませんわ!」
「それでもやっぱり、テティスはプリキュアだと思うんだ。根拠も何も無いけど、私たちと同じだって、そんな気がするんだ。勘…というより、ただの願望かもしれないけどね」

「……ところで春風サン、ワタクシのお兄様はどこにいるのかしら?」
「あれ? そういえばアポロンさん、どこにいるんだろう? ちょっと待ってね。思い出すから。
 え〜〜っと、まず、えりかちゃんがカイトスに押しつぶされちゃったでしょ?
 私が助けに行ったときは、えりかちゃん、砂浜に埋まってたの。
 で、掘り起こしたら、何故かえりかちゃん、プリキュアの合体が解けてたんだよね」
「それでは、お兄様は、今も砂浜に埋まったままですの?」
「そうなるかも……
 ごめん。えりかちゃんを助けるのが精一杯で、アポロンさんの事まで気が回らなかったんだ。
 あ、でも大丈夫だよ! プリキュアコンバインって唱えれば、強制的に合体できるんだし。持ってるよね? ガイアのカードケース」
「………………」
「………………え? ま、まさか……無いの?」
「お、お、落ち着きなさい春風サンっ きっとどこかにありますわっ」
「いやっ、慌ててるのはえりかちゃんだからっ(^^;
 えりかちゃんが気を失っている間に落としたのなら、えりかちゃんを運んでいるときか、砂浜に埋まったままかのどちらかだけど………。まいったなぁ。通常空間に戻って地形が変わっちゃってるよ」
「でしたら片っ端から掘り起こすのみですわっ 春風サン、手伝いなさいっ」
「ちょっと待って! 雛乃さんどうするの? このまま放っておけないよ」
「ああん! もう! それでは春風サンには、雛乃の介抱をお願いしますわっ」
「うん、わかった! ゼピュロス、大まかな場所は把握してるよね。えりかちゃんを手伝ってあげて!」

 キュアクロリスは合体を解き、ぽっぷは気を失っている雛乃のもとへ。
 ゼピュロスは空を舞い、えりかとともに砂浜へ。
 そしてえりかは金色の獣へと変化し、熊のような前足を使って砂浜を掘り始める。
 一般市民に目撃されずに発掘作業を終わらせられたのは幸運だった。もしかすると、ポセイドンが施した人払いの呪術の効力が、継続していたからかもしれない。
 ただ、一人だけ……正確には一柱だけ、海面に頭だけを出して、美空ビーチの顛末をさい見つめる影があった。呼吸をしなくても平気なのか鼻から下を海面に出そうとはしない。判るのは美しい黒髪と幼い瞳。そして黒髪の中から生えている一本の誘引突起。海の女神テティスが何を思うのか、伺い知る事は出来ない。ただ、ぽっぷとえりかを見つめる幼い瞳は、憂いに満ちた輝きを放っていた。泣いている……のだろうか? やがて頭を沈めると、大きな尾びれを一瞬海面に出し、しぶきを跳ね上げて、テティスは海の奥深くへと消え去るのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ 第1番・完 ◆ ◆ ◆ ◆


◆ ◆ ◆Aパート◆ ◆Bパート◆ ◆ ◆


 
オモイドウ
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