PRECURE SQUARE trio 
Bパート S-11, S-12, S-13, S-14, S-15, S-16, S-17, S-18, S-19, S-20, S-21, S-22, S-23,


Scene11◆雨宿り

 かつて公園だった廃墟に雨が降る。蒸発した池の水が上空で冷やされ、雨粒となって降り注いでいるのだろう。水蒸気大爆発で大量に舞い上がった泥やホコリといった不純物を大量に含んでいたため、大粒で粘り気があり、雨ざらしでいると泥だらけになってしまう。
 キュアクロリスは閉鎖空間の端っこの、わずかに盛り上がった地面に体育座りをして、雨宿りしていた。頭の翼を目一杯に広げ、雨よけの傘と、泥よけのシートの代わりにしたその姿は、一見するとピンク色のテントの中にいるような感じである。クロリスの翼はずぶ濡れの泥まみれになってしまうが、プリキュアでいる限りは大した問題ではない。表面がコーティングされているようなもので、泥水をかぶっても服に染み込む事は無いし、乾けば自然とはがれ落ちるので、入浴も洗濯も不要なのだ。
 しかし合体前の、人間のままではそうはいかない。泥だらけになって気持ち悪いし、雨は体温を奪う。風邪を引く程度で済めば良いが、今の状況では命に関わるかもしれない。

 キュアクロリスの左右には二人の少女が死んだように眠っている。いや、失神していると言うべきだろうか? 大技がぶつかり合った時のショックで気を失い、大技を使った事で大量のエネルギーを消耗して休息を必要としてるのだから……。どっちなのだろう。ちょっと区別がつかない。
 玉木えりかの身柄は、上空5千メートルで落下しているところを確保した。水蒸気大爆発で吹き飛ばされ、成層圏近くまで飛ばされていたらしい。閉鎖空間の壁は宇宙の果てまで続いており、巨大な砲身のようになっていたから、爆発圧力は拡散せずひたすら上空へと膨張していった。この状況で宇宙まで吹き飛ばされずに済んだのは奇跡と言ってもいい。えりかがカーズにならなくて、本当に良かった。
 海原くみこは大地にぽっかり開いた穴の中に倒れていた。恐らくその穴のサイズはキュアテティスのボリュームたっぷりなスカート分なのだ。重量があったので水蒸気大爆発でも吹き飛ばされずに済んだが、凄まじい爆発圧力で大地にめり込み、その後合体が解けたのだろう。

「ところでクロリス。提案があるピュが…」
「うん。却下」
「オ、オレはまだ何も言って無いピュ」
「今のうちに二人を殺してしまえば、神札も手に入るし、現実世界にも戻れるピュ……とでも言うんでしょう? そんな事したら絶対に許さないよ。二人にちょっかい出したら、ただちに離婚だかんね」
「わ、判ったピュ。そんなに怒らないで欲しいピュ」

 かわいいぬいぐるみに憑依しているが、ゼピュロスは神。人間の価値観に縛られることは無いし、信者の事ならまだしも、そうでない人の命に関心など無い。ただし、パートナーとしての本分を忘れることも決して無い。良いことであろうと悪いことであろうとゼピュロスは、ぽっぷ=クロリスに付き従うのだ。それはえりか=キュンティアのパートナーであるアポロンとて同じ事。ならば、くみことプリキュアに合体するパートナーも同じだろう。

 くみこはプリキュアに合体した時『キュアテティス』と名乗った。くみこ自身に憑依している神札がテティスなら、それ自体がぽっぷの命を狙う原因であるとは考えにくい。例えば、えりかに憑依するキュンティアことアルテミスは狩猟の女神だから、『狩り』という名の暴力衝動に突き動かされるのはまだ判る。しかしテティスは好戦的な性質など持ち合わせていないのだ。
 ギリシャ神話によると、テティスは50人いるとも100人いるとも言われる海の女神ネレイデスの一人にして、ネレイデスのリーダー。神王ゼウスと海王神ポセイドンに愛され、妻にと望まれるが、「父より優れた子供を産む」との予言から、自分を越える子が生まれる事を恐れ、彼らは断念。女神でありながら人間と結婚させられ、予言通り英雄アキレウスの母となる。また、醜さ故に母ヘラに捨てられた工房神ヘパイストスの育ての母でもある。その性質は穏やかにして、母性溢れる器量良しと言ったところか。
 テティスの特筆すべき能力は「父より優れた子供を産む」事。女性としては大変素晴らしい能力には違いないが……。仮にくみこにその能力が発揮できても中学生では早すぎるし、戦いにも活かしようが無いからプリキュアとしても無意味だ。やはり女神テティスの能力と、キュアテティスの戦闘スタイルがまるで結びつかない。するとキュアクロリスと同じように、パートナーの能力を頼って戦っていると考えられる。それでは、テティスのパートナーとは誰なのだろう。
 クロリスのパートナーは夫のゼピュロス。夫婦が合体してキュアクロリスとなる。
 キュンティアのパートナーは双子の兄アポロン。兄妹が合体してキュアキュンティアとなる。
 この流れで考えれば、パートナーはテティスに近しい存在であるはず。戦いに最も向いているのは、息子である英雄アキレウスだ。夫婦合体、兄妹合体とくれば、キュアテティスが親子合体だとしてもおかしくはない。しかしキュアテティスの戦闘スタイルには、英雄らしさが感じられなかった。英雄アキレウスなら、拳や武器を使った男前な戦い方をするだろう。し1-かしキュアテティスの戦闘スタイルは、英雄以前に人間離れしているというか、プリキュアらしくないというか…。とにかく特殊なのだ。

 だめだ。わからない。やはりくみこ本人に聞くしかないのだろう。だけど、くみこは話してくれるだろうか? ぽっぷに心を開いてくれるだろうか? 友情は取り戻せるだろうか……。
 キュアクロリス=ぽっぷは、小学6年の頃を思い返す。ピアニストを目指すぽっぷは、早々に進路をカレン女学院に定めた。友達のみんながぽっぷの夢を応援してくれた。もちろんくみこもだ。入試試験に合格できたのも、みんなのおかげだとぽっぷは思っている。だけど……みんなは心からぽっぷを応援してくれていたのだろうか?
 カレン女学院を目指すということは、みんなとの別れを意味していた。それは友への裏切りだったのではないだろうか? 夢のために友情を捨てたのではないだろうか? 夢を追いかけるのに精一杯で、ぽっぷは周りが見えなくなっていた。もしぽっぷがみんなと一緒に美空中学校に進学していれば、くみこの異変にもっと早く気づいてあげられたのではないか? ならば、くみこを追い込んだのは、この私ではないのか…。

 クロリス=ぽっぷは、海原くみこの顔を見つめる。やはり動きは無い。気を失っているように寝ているのか、眠るように気を失っているのか…。無理も無い。あんな壮絶な戦いをした後だ。起きるにはまだ時間がかかるのだろう。
 その時、くみこのスカートのポケットから何かが落ちていることに気づいた。ハートのカードケース……。くみこがプリキュアになるための合体アイテムだった。それをくみこにもたらしたのは、やはり『エルピス』だろう。プリキュアの力を得て何のために戦っているのか、くみこにどんな意味をもたらしたのかは判らない。だけどプリキュアの力を受け入れたのなら、それはとても大事なもの。クロリス=ぽっぷはハートのカードケースを拾うと、くみこの右手に握らせ、胸元においた。更にくみこの左手で押さえさせる。くみこが決して離さないように。決して無くさないように。

「くみこちゃん、私はもう、貴方を裏切らないからね…」

 そんなクロリス=ぽっぷを、背後からそっと見つめる影があった。


Scene12◆アンピトリテ

「ウラノス」

 キュアクロリスがいにしえの神の名を唱えると、目の前にスペードマークが刻まれた天空のカードケースが現れる。

「何をする気だピュ?」
「ただの暇つぶしだよ。くみこちゃんもえりかちゃんも、まだ起きそうにないからさ」

 カードケースパラパラとめくり、これまで回収して来た神札を眺める。ヒュドラ、アステリオス、そしてスピンクス…。13枚収納できるケースは、まだまだ隙間だらけだ。

「プリキュアになったくみこちゃんがさ、カイトスを呼び出したんだよ。カードバトル系のアニメや漫画だと、カードに描かれた戦士や怪物が飛び出して来て、バトルを繰り広げるから、多分それと同じでさ、回収した神札を使って召還したんだと思うんだ。でも、どうやってやるのかさっぱり判らないんだよね。ゼピュロスは判る?」
「いや、見当もつかないピュ」
「そうだよねぇ。判っていたらとっくに使い込んでいるもの。くみこちゃんの…キュアテティスだけの能力なのかなぁ」
「そうとも限らんピュ。例えばアポロンも、オレの知らない知識を持っていたピュ。その娘が、オレたちの知らない未知の情報を握っていても、何の不思議は無いピュ」
「それは逆に考えれば、私たちが知っていて、くみこちゃんが知らない情報もあるってことだよね。つまり話し合いの場を持つことは、お互いのメリットになるはず。
 そうは思わないかな、くみこちゃんのパートナーさん! 隠れてないで出ておいでよ」

 雨の中、地面から泥水がむくむくと起き上がり、女性に姿を変えた。水を依り代にして実体化している…ということだろうか。それなら水を操る能力にも合点がいく。
 水で出来た女性は、徐々に泥の濁りが消えてゆき、蒼みがかった色へと変化してゆく。長い髪、貝殻の胸当て、ロングスカート。蒼く澄んだ液体の女性の姿は、どこかキュアテティスに似ていた。

「私はアンピトリテだネレ」
「アンピトリテ……。海王神ポセイドンのお妃様。海の女神ネレイス。テティスの姉妹だね」
「テティスから聞いた通り、勉強熱心な依り代だネレ」
「今、くみこちゃんは、寝てるというか、気を失っているというか、とにかく無事だよ」

 そこで突然、ゼピュロスが話に割って入る。

「アンピトリテ、先に警告しておくピュ! 我が妻クロリスに害をなすつもりなら、テティスの命は保証しないピュ!」

 いつものゼピュロスなら決してしない行動に、ぽっぷは唖然とする。

「ゼピュロス! 一体何を言って……」
「直ちに背後に回り込ませた刃を下げさせるピュ!」

 振り返ったぽっぷは肝を冷やす。鋭利な爪をした液体の手が迫っていたのだ。油断していた。水を自在に操り、様々な形に姿を変える能力なら、雨が降る今、どこにでも現れることが出来る。アンピトリテが目だつように現れたのも、ぽっぷの注意を正面に向けさせるため。ゼピュロスが警戒していなければ、背後から襲いかかって来ていただろう。
 観念したのか、アンピトリテは液体の手を引っ込めたが、安心は出来ない。

「アンピトリテ。あなたに聞きたいことがある」
「なるほど、テティスを人質に取った目的は、情報ネレか」
「そう思いたいなら、それでもいいよ。情報が欲しいのは事実だからね」

 もちろんぽっぷに、くみこを人質に取る気などさらさらない。意識の無いくみことえりかを、雨ざらしにしておくわけにはいかなかったから、自分の翼で雨宿りさせようと側に寝かしているだけだ。しかしアンピトリテに話したところで信じてはくれないだろうし、敵意が無いことを説明しても意味が無い。パートナーであるくみこが人質に取られていると思うからこそ、アンピトリテは攻撃を躊躇っているのだから。

「それでクロリス、あなたは何を知りたいネレ」
「この1年間で、くみこちゃんに何があったの?」
「…………」
「アンピトリテ。パートナーのあなたが私の命を狙うのは判るよ。ゼピュロスだって同じ穴のムジナだからね。だけど、くみこちゃんに命を狙われるのは理解できないんだ。
 私はえりかちゃんとも戦って、その時も死ぬような思いをしたけど、えりかちゃんは純粋に戦いたかっただけで、私を殺したかったわけじゃない。でも、くみこちゃんは無抵抗の私に刃を向けた。
 きっとあなたがくみこちゃんをそそのかしたんだろうけど、本来のくみこちゃんなら、そんな言葉に耳を傾けるわけがない。物心ついた頃からの長い付き合いだもの。それくらい判るよ。だから私の知らない1年間で、何かとんでもない事が起きたからだとしか思えないんだ。
 くみこちゃんが本当に望むなら、本当に他に選択肢がないというのなら。私は、私はね、くみこちゃんに殺されたってかまわないんだ!」
「ちょっ! いきなり何を言い出すんだピュ!」
「話の途中だから、今は黙ってて!」

 ぽっぷはゼピュロスを制すると、話を続ける。

「だけどね、理由も何も判らないまま殺されるのは我慢ならないんだよ。くみこちゃんに安易に過ちを犯させるわけにだっていかない。だけど理由が判れば、他の選択肢が生まれるかもしれない。一人ではできないことも、みんなで力を合わせれば、乗り越えることだって出来るかもしれない」
「ただの花の女神が、奇跡でも起こすつもりネレ?」
「奇跡? …そうだね。それを奇跡というなら、その通りだよ。私のお姉ちゃんはね、仲間達と力を合わせて、困難を乗り越えて来た。奇跡のような事を起こしてきた。幼かった私はそれを間近で見ていたんだ。それこそ、何度も何度もね。だから私は、奇跡は起こせるって信じられるんだ。
 お姉ちゃんはドジで、これといった取り柄も無い女の子だった
けど、私たちは神様なんだよ。みんなで力を合わせれば、本物の奇跡だって起こせるよ!」


Scene13◆約束

 ぽっぷの必死に訴えの前に、アンピトリテの反応はない。じっと何かを考えているようだった。ぽっぷの訴えを進撃に受け止めてくれているのか、それとも逆転のチャンスを待っているのか。
 やがて意を決したか、アンピトリテは口を開く。

「情報を提供すれば、テティスを無事に解放すると約束するネレ? 人としてではなく、神として約束するネレか?」
「解放も何も、私は別に拘束なんてしてないんだけどな。だけど、それで納得してくれるなら約束するよ。花の女神クロリスの名において『約束』します」

 アンピトリテが言質を取る事にこだわったのは、ギリシア神話において、神々が交わした約束事は、絶対に果たさねばならぬ契約として機能するからだ。約束を破るとどのようなペナルティがあるかは判らない。罰則自体は無いのかもしれない。ただし、約束を破った神の名誉は確実に地に落ち、他の神々からは嘲笑と侮蔑の対象となる事だろう。

「テティスに何があったのか、お前はそれが聞きたいと言ったネレね。それをテティスの許可なく、私の口から話すわけにはいかないネレ」
「それは……確かにそうかもしれないね」
「情報を望むなら、他の事にしてほしいネレ」
「だったら、何故くみこちゃんが私を殺そうとしたの?」
「お、お前は……そんな事も判らないネレか?」

 ぽっぷの問いに、アンピトリテは驚きの声で答えた。いや、呆れ声と言った方が正しいかもしれない。

「本当に判らないネレ? お前はそんな事も判らないでプリキュアをやっていたネレ?」
「………えっと…ごめん。全く判らないよ。そんなに基礎的な話なの?」
「お前はいったい…、何のためにプリキュアをやっているネレ? 何のために戦っているネレ?」
「こっちの質問に質問で答えられても困るよ。それとも、もっと色々情報交換する?」
「くっ………。判ったネレ。私の話せる範囲内での情報交換を認めるネレ。海王神ポセイドンの妻、アンピトリテの名において『約束』するネレ」

 思いがけない所から、アンピトリテが食いついて来た。言質も取れたので、約束を反古にする事も無い。ぽっぷの命を狙う事とは別問題なので、油断は出来ないが。

「何故かと問われても困るけど……。目の前で命の危険に晒されていた子がいて、その子を助けたいって思ったんだよ。時間もなかったから、考えている余地なんて無かったしね。でも、プリキュアってスーパーヒロインでしょ? 動機としてはありふれているんじゃないかな。
 それからは、美空市で悪さをする怪物達と戦ってるよ。とはいっても、所詮私は、ただの花の女神。世界を救う力なんて無いから、せめて身近の人たちの笑顔が守れたらって思って、プリキュアを続けているの。だから、私はくみこちゃんを放っておけない。泣きながら戦っていたくみこちゃんを放っておけないんだよ」
「うをーー!! 流石はオレの嫁だピュ! クロリスまじ女神だピュ!」
「もお、茶化さないでよ、ゼピュロス。……さあ、今度はあなたの番だよ、アンピトリテ」
「リア充爆発し……いや、何でも無いネレ」

 アンピトリテは少し間を置くと、静かに語り出した。

「クロリス。お前の問いは、テティスが何故お前を殺そうとするか……だったネレね?
 私たちは別にお前の命がほしいわけではないネレ。あくまで手段であって目的ではないネレ。だからテティスがお前を憎んでいるとか、嫌っていたわけではないネレ」

 それはぽっぷに取って救いの言葉だった。一番聞きたかった言葉かもしれない。しかしアンピトリテの話はまだ終わらない。ぽっぷは目頭が熱くなるのを感じつつも、話に耳を傾ける

「私たちの目的は、全ての神札を手に入れることネレ。カードケースに封じている神札だけでなく、お前達に憑依しているクロリス、ゼピュロスの神札も含めた、全ての神札を手に入れることネレ。しかし、依り代に憑依した神札を手に入れるためには、戦って倒すか、依り代を破壊する以外に方法が無いネレ」
「どうして全ての神札を集めなければいけないの?」
「それはまた別の問いになるネレ。その話をする前に、どうしても話しておかねばならない事があるネレ」
「……なあに?」
「テティスはお前がプリキュアだと知って、戦う事をとても嫌がっていたネレ。お前の命を奪う機会なら何度もあったネレが、『もしかしたら、命を奪わなくても神札を手に入れる方法が見つかるかもしれない』と言って、ずっと先延ばしにいたネレ。そんなテティスの思いを台無しにしたのが、クロリス。お前だネレ」
「え? 私?」
「私たちの目的は全ての神札を手に入れることネレ。当然、他のプリキュアたちの目的も同じだと考えていたネレ。だからテティスは、戦いを回避するためにお前から逃げたネレ。しかしお前はどんなに逃げても、しつこく追いかけて来たネレ。だからテティスは観念したネレ。『親友と殺し合う』という運命を、泣きながら受け入れたんだネレ」
「私が……私がくみこちゃんを追い込んでしまったの?」

 アンピトリテはその問いに答えない。答えるまでもない、ということなのだろう。
 くみこを追い込んだのは、他ならぬぽっぷ自身だった…。誤解や行き違いがあったのだ。仕方なかったのだ。ぽっぷは何も悪くないのだ。言い訳ならいくらでも出来る。しかし、ぽっぷの心に受けたダメージは計り知れなかった。情報戦による心理攻撃は予想以上の成果を上げ、ぽっぷは彼女の前で大きな隙をみせる。アンピトリテにそのチャンスを逃す理由など無かった。
 ぽっぷにくみこを殺す理由が無いと判っても、関係ない。アンピトリテにはぽっぷを殺してでも、神札を手に入れなければならない理由があるのだ。全てはパートナー、テティスの為に。

「そこまでだポロ!」

 突然の声。見るとアンピトリテの背後に、地上から50センチ程の高さで浮遊するアポロンがいた。ぬいぐるみのかわいい手には、貝殻のようなものを抱えている。

「麗しき海の女神たちよ。私も、太陽神アポロンの名において『約束』しよう。君たちが大人しくしている限り、私は君たちの『本体』を破壊しないポロ。だが、我が妹キュンティアと、その友であるクロリスに手出しする気なら、直ちにこのゲームから退場することとなるポロ。
 麗しきネレイデスよ、返答はいかに。ポロ?」

 ネレイデス?
 ネレイデスとはネレイスの複数形。ネレイスが『海の女神』なら、ネレイデスは『海の女神たち』という意味になる。テティスもアンピトリテもネレイスだから、2人の事を指すのなら、ネレイデスで間違いない。しかしテティスであるくみこは意識を取り戻していない。ではアポロンはアンピトリテと誰に対してネレイデスと呼んだのか?
 そこでぽっぷは別の可能性に気づく。神話によると、ネレイデスとは、『海の老人』ネーレウスとオケアノスの娘で、その数は、50人とも100人ともいわれている。もしかしてアポロンは、テティスのパートナーのことをネレイデスと呼んだのではないか? つまり、アンピトリテはネレイデスの1人にすぎず、50人とも100人ともいわれる姉妹が、雨の中に潜んでいる…?
 ぽっぷはあわてて周囲を見渡し、肝を冷やした。雨にまぎれてあちこちに、確認できただけで150もの小さな瞳が爛々と輝いていたのだ。正面にいるアンピトリテも、背後に現れた爪すらも、ネレイデスの本当の正体を隠すためのフェイクだったとは…。アポロンがネレイデスの本体を確保していなければ、今頃どうなっていたか……。

「麗しきネレイデスよ、返答はいかに。ポロ? それともプリキュアですら無いお前達が、か弱き水の力だけで、我が炎に抗うつもりポロか? もう一度問うポロ。麗しきネレイデスよ、返答はいかに。ポロ?」

 アンピトリテは再び黙り込む。流石のネレイデスも、今度ばかりは観念したようだった。


Scene14◆号泣

「助けてくれてありがとう、アポロン」
「くっ 、今日のところは感謝してやるピュ」

「勘違いされても困るポロ。我が妹の好敵手が、つまらない死に方をされては困るだけだポロ」

 アポロンはツンデレ理論を展開しつつ、ぬいぐるみの見た目からは想像もつかないイケメンボイスで「ふふっ」と笑った。
 ぽっぷは周囲にいるネレイデスを見回してから、再びアンピトリテを見る。たくさんいるネレイデスの誰と話せばよいか迷ったが、やはり今は彼女が代表者だろう。

「アンピトリテ、私はくみこちゃんを傷つけたりなんかしないよ。だからそんなに殺気立たないでよ」
「テティスを追い込んでおいて今更何を言っているネレ! 今のこの最悪の状況を生み出したのは、クロリスお前だネレ。お前がテティスを本当の友達というのなら、この場で死んでみせろネレ!」
「確かにくみこちゃんを追い込んだのは私のせいだと思う。知らなかったとはいえ、責任は感じてるよ。だけど、くみこちゃんと戦ったのはえりかちゃんだもの。今、私が死んだって閉鎖空間からは脱出できないよ」
「だったらお前がアルテミスを殺せばいいネレ! 傍らで眠っている今なら簡単だネレ。そうすれば全て解決するネレ!」
「えりかちゃんだって大切な友達だよ。そんなこと出来るわけ無い。それにえりかちゃんを犠牲にして閉鎖空間から脱出したって、全ての神札を集めるまで、くみこちゃんは殺伐とした殺し合いを続けるんでしょ? そんなの、何の解決にもなってないよ! 神札に憑依された人は、私たち以外にもきっといる。そんな人たちを全員くみこちゃんに殺させるの?」
「お前の言っていることは奇麗事ネレ! 生きとし生けるものは必ず死ぬネレ。それがただ早まるだけの事だネレ。そして命を糧とする事で生き続けるのが生命ネレ。命が続く限りその定めからは誰も逃れられないネレ」
「だから、そういうことを言ってるんじゃないんだってば!」

 ネレイデスの本体をアポロンに確保され、身動きができない状況にも関わらず、アンピトリテにはブレが無い。言っている事はメチャクチャだが、テティス=くみこを守るために必死だ。我が身を捨てることもいとわない、彼女の強い意志に、ぽっぷの目頭は熱くなる。
 しかしネレイデスのくみこへの愛情が本物でも、そこには人としての心が無い。神札集めのために人殺しをすれば、くみこの心が壊れてしまうという事に、彼女達はまるで気づいていないのだ。このまま放っておいて、心優しいくみこを殺人鬼に変えてしまうわけにはいかない。そんなこと断じて認めない。

「もういい。……もういいよ、アンピトリテ」

 突然の声が、二人の言い争いの間に割って入った。そして鼻をすする音。ぽっぷ=クロリスが見下ろすと、まぶたからは真珠の涙が溢れ、せきを切ったように流れ落ちている。いつからなのか判らないが、くみこは意識を取り戻し、二人の話を聞いていたのだ。

「ごめんね。ごめんねぽっぷちゃん……。わたし、バカだった……。本当にごめんね。…ごめん…ね…」

 そう言うと、くみこは両腕で顔を覆い泣き出した。せきを切ったように激しく、そして切なく。むせながらも泣き続けた。雨音は一定のリズムを繰り返しながら苦しみや悲しみを受け止め、くみこを優しく包み込んでゆく。


Scene15◆雨上がり

 雨は大気中のチリやホコリを吸収し、大地へと還してくれる。さすがに雨雲より上まで舞い上がったものは対象外だが、雨が上がる頃には、ぽっぷ達が吸う空気はきれいになっていた。くみこも泣き明かしたことで落ち着いて来たようだ。

 妖精サイズのかわいらしいネレイデスが、くみこの周りを囲んでいた。くみこを慰める者。くみこを守ろうとクロリスを威嚇する者。クロリス達をじっと観察する者。その様は『ガリバー旅行記』の小人の国を彷彿とさせる。後で知ることになるが、くみこのパートナーであるネレイデスは99柱いるそうだ。正確に言うと、本体がシェルコンパクトで、99の自我を持ち、最大99に分裂し独自に行動が出来る。99もの身体は水を集めて作り出した分身であり、形は自由に変えられるし、倒されても本体であるシェルコンパクトから何度でも再生できる。
 単体ではファファと同レベルかそれ以下の能力だが、その真価は群れることで発揮される。乾電池に例えると判りやすいだろうか。直列接続すればパワーアップするし、並列接続すれば長持ちする。単体でバラバラに使うことも出来れば、必要な数だけ使って残りは休ませたり、別のことに使うことも可能。そしてその能力はプリキュアに合体した状態でも継承される。
 指揮系統はリーダーであるテティス=くみこを筆頭に、アンピトリテ、ガラテイア、プサマテの3柱がサブリーダーを勤め、それぞれの指揮下に32柱の女神を従えているそうだ。クロリスやキュンティアが、単独もしくは二人一組で戦う兵士なら、テティスは兵隊を指揮する将軍と言えるだろう。戦闘スタイルがプリキュアらしくないのもうなずける。

 突然話を切り出したのはくみこだった。

「ぽっぷちゃん。私を殺して…。悪いのは全部私なんだもの。私が死ねば、ぽっぷちゃんと玉木さんは閉鎖空間から抜け出せるよ」

 理屈では理解できる話ではある。最小限の犠牲で、なおかつ閉鎖空間から確実に脱出する方法を考えれば、自然と導き出される答えなのだから。しかしぽっぷ=クロリスにとっては受け入れられる申し出ではない。「そんなこと出来ない」そう言おうとした時、思わぬところから援護射撃がきた。

「負け犬を手にかけるなんてアホなこと、出来るわけないでしょう。ワタクシのプライドが許しませんわ。死にたいなら全力で戦って、華々しくお散りなさい」

 えりかによる、実にえりからしい、あまり嬉しくない援護射撃だ。もう少し言葉を選んでも良いと思うのだが……。しかし、いつものえりか節に、ぽっぷはホッと胸をなで下ろす。いつの間にか目を覚ましていたようだが、起き上がらないのは体力が回復していないためだろうか。

「よかった。えりかちゃんも目覚めたんだね。ところで二人とも起きられる? じゃあ早速で悪いのだけれど、プリキュアになってくれないかな」


Scene16◆サバイバル・プリキュア

「え?」
「は?」
「……ん?」

 一瞬、空気が凍り付いた。二人の予想外の反応に戸惑うキュアクロリスだったが、事態に気づくと全力で否定する。

「あっ! 違うっ。違うからねっ。皆さんにちょっと殺し合いをしてもらいますとか、そういうんじゃないからっ。プリキュアになることは、みんなで生きたまま現実世界に戻るために必要なことなんだよ」
「さすがの私もドン引きいたしましたが……、なるほど、そういうことでしたのね」
「え? え? …どういうことなの?」
「私たちプリキュアって、見た目は私たちがコスプレしているみたいだけどさ、この服は脱げないし、傷を負っても血は流れないでしょ。何故かというと、プリキュアの身体は私たちの本当の身体ではないから。本当の私たちは、プリキュアの中にいて、プリキュアの身体を自分の身体のように操っているの。巨大ロボットのパイロットに例えると判りやすいかな。バトルレンジャーロボならレンジャー五人が乗り込んで操縦しているけど、キュアクロリスには、私とゼピュロスの二人が乗り込んで操縦しているんだよ。ここまでは大丈夫?」
「プリキュアの身体と生身の身体は違うってことだよね。それくらい知ってるよ。ご飯を食べなくても平気だし、おトイレに行く必要も、お風呂に入る必要もないんだもの」
「合体する時、鞄を持っていたり、リュックを背負っていても、プリキュアになったら無くなるよね。これは合体のとき、私たちだけでなく、服や手荷物まで一緒に取り込まれるからなんだけど、合体を解除すると元に戻るよね。プリキュアの時に戦いで傷ついても、同じ傷が肌に残ることは無いし、服が破けて台無しになることも無い。荷物を無くすことも無い」
「プリキュアに合体する時は、戦いに必要なものはあらかじめ離れたところに置いておかないと、取り込まれて困っちゃうってお話でしょう? 逆に大事な物を持ったまま合体すれば、金庫に入れたように安全に保管できるよね。それも知ってる」
「私ね、全力で走った後に合体したことがあるんだよ。身体は熱くて、すごい汗をかいてて、心臓はバクバク鳴ってた。だけどプリキュアに合体した途端、全て収まったんだよね。ところが! ところがだよ。合体を解いた途端、元の状態に戻っちゃったんだよ。身体が熱くて、すごい汗で、心臓はバクバク鳴りっぱなしの身体にね」
「身体のコンディションまで合体前と同じだったの?」
「だから今度は、家にあった目覚まし時計を持って合体してみたの」
「ど、どうなったの?」
「三時間ほど飛び回ってみて、合体を解除したら、目覚まし時計は三時間遅れていたよ」
「それってつまり、合体中の私たちの身体は、時間が止まっているってことなの?」
「精密な計測じゃないから、止まっていると断定出来ないけど、限りなく遅くなっている可能性は高いと思うよ」
「……えっと、どういうこと?」
「くみこちゃんは、現実世界と閉鎖空間の時間の進み方が違うことは知っているよね?
「うん。丸一日閉じ込められていても、現実世界に戻ってみたら、時間はほとんど過ぎてなかったよ」
「閉鎖空間は、現実世界よりも時間の流れが早いから、普通の人が閉鎖空間に何日もいたら、食べ物が無くなって死んでしまう。食べ物が十分あっても、閉鎖空間に何年もいたら年を取ってしまう。閉鎖空間に十年もいたら、赤ちゃんは大きな子供に成長するし、子供は大人に成長するし、大人はどんどん身体が衰えてしまう。現実世界はほとんど時間が過ぎていないのに、玉手箱を開けた浦島太郎のように、年寄りになってしまう。だけど私たちは、プリキュアでいる限り、食べ物もいらないし、年も取らないんだよ。つまり…」
「………つまり?」
「つまり、プリキュアになって閉鎖空間にいる限り、私たちには時間が無限にあるってこと」
「そっか! 無限にある時間を利用して、脱出方法を捜すのね!」
「違うよくみこちゃん。もちろん脱出方法を捜すのも大事だけど、もっともっと大事なことがあるの」
「はっ! また気恥ずかしくなるような奇麗事を並べ立てるのかしら? 勘弁していただきたいものですわ」
「察しがいいね、えりかちゃん♪」
「もっと大事なこと? 生き残ることより大事なことってなぁに?」
「私たちが判り合うための時間。絆を深めるための時間。友情を取り戻すための時間だよ」


Scene17◆プリキュア反省会 

 えりかとくみこもプリキュアとなり、天空、大地、蒼海、3人のプリキュアが揃った。

「早速だけど、これから反省会を開催します」
「プリキュア反省会?」
「特にえりかちゃん! 今回ばかりは猛省してもらわなくちゃいけないねっ」
「はぁ? 退かぬ、媚びぬ、省みぬが心情のワタクシに、猛省しろですって?」
「サウザーだってサウザーなりの美意識があるんだよ! 私たちはプリキュアなの。プリティでキュアキュアでなくちゃいけないの! なのに今日のえりかちゃんはなに? 何なの、あの新しいフォーム! 地獄の業火メギドフォームって、美しくもなければ、かわいくもないじゃない! 小さい子が見たらトラウマになっちゃうよ! 猛省して!」
「くっ。……せ、正論すぎて何も言い返せませんわ。判りました。あのフォームは封印いたします」
「それはダメ」
「は?」
「メギドフォームは感情の高ぶりによって生み出された、プリキュアの新しい可能性だよ。封印するなんてもってのほかだよ」
「どうしろとおっしゃるの?」
「制御してみせてよ。特訓する時間なら、閉鎖空間にいる限り十分にあるしさ」
「花の女神殿は無茶振りが好きなようだポロ。しかし、私もメギドフォームの封印には賛成だポロ」
「たしかに私やくみこちゃんではメギドフォームは制御できないと思う。だけど、えりかちゃんなら……って言うか、えりかちゃんにだけは使いこなせるんじゃないかって思うんだよ。根拠はえりかちゃんが玉木家ご令嬢だから」
「それは……どういう意味ですの?」
「私は、メギドフォームの制御のヒントは美意識だと思うんだよ。普段から『気高く美しくあれ』と考えていれば、身だしなみにもこだわるし、言動にも注意する。例えば、人前でオナラなんてしないでしょう?」
「え、えらく極端な例えですわね。でも年頃の女の子なら至って普通のことではなくて?」
「それでも私やくみこちゃんだと、油断することが多いと思うんだ。カレ女の生徒でも、男子の目が無いせいか、だらしない子も結構多いしね。えりかちゃんは挑発的な暴言は多いけど、学園生活でも隙がないし、プリキュアになって、どんなに激しいアクションをしても、決してパンチラしないしさ」
「あっ、あたりまえですわ! 玉木家の人間にそんな下品な真似、出来るわけないでしょう!」
「そう! それだよ! その意識が大事なの!!
 私のお姉ちゃんがねぇ…(TT)。パンチラというか…パンモロ女子高生として学校では有名らしいんだよね。本人は見せる気なんて更々ないんだけど、ドジッ子すぎてよく転ぶからさ。私も何度も注意してきたし、お姉ちゃんも注意はしているみたいだけど、一生懸命になりすぎると我を忘れてしまうのよ。多分、私も我を忘れたら、お姉ちゃんのようにスカートの裾なんて気にしていられなくなると思う。これが庶民の限界なんだよ。でも、幼い頃から上層教育を受けて来たえりかちゃんは違う。きっと美意識を維持し続けて、メギドフォームを制御できるようになるよ」
「ふん。当然ですわ。……よろしくてよ。気高く美しいこのワタクシが、プリキュアの限界を越えてご覧にいれてみせますわ」

 ぽっぷ=キュアクロリスは、次にくみこ=キュアテティスを見た。

「それから、くみこちゃん」
「は、はい!」
「くみこちゃんには、お願いしたいことが一つだけ。私たちを信じてほしいってこと。私だけじゃなくて、えりかちゃんもね」
「あら、ワタクシのことは別に信じてもらえなくても、一向にかまいませんわよ」
「ま、まあ、仲良くは出来ないかもしれないけど、えりかちゃんは口が悪いだけで一本筋は通っているからさ。」
「……私のことは叱らないの? ぽっぷちゃんを殺そうとしたのに、どうして何も聞かないの?」
「プリキュアに関することなら後で聞くけど、それはあくまで情報交換ね。プライベートなことは聞かないよ。だから、くみこちゃんが話したくなるまで待ってる」
「……あ、ありがとう。ごめんね。気持ちが整理できたら、何もかも話すから……」

 天空、大地、蒼海。ついに3人のプリキュアが揃った。残るはあと一人、冥府のプリキュアのみ…。


Scene18◆プリキュア勉強会

「タラッサ!」

 蒼海の原初神の名を唱えると、キュアテティスが目の前にハートマークのカードケースが現れた。中から神札を一枚取り出すと、左篭手のハートマークに当て、カードを手前へと滑らせる。すると神札は、柔らかいゼリーを切るように頑丈なハートマークを通り抜けた。その直後、右手に持っていた神札は消え去り、ハートマークは点滅を始める。

「篭手についていた飾りのマークが、カードリーダーだったの!?」
「面白そうなおもちゃですわねぇ。これであの化け鯨を呼び出しましたの?」
「今はまだ、神札の情報を読み取っただけよ。このハートの中で、カイトスが出番待ちをしているって言えば判りやすいかなぁ」
「カードケースを出して、欲しい神札を取り出して、篭手の飾りに読み込ませる……。ちょっと手順が多くて手間だね。戦闘中に使おうと思ったら、通常攻撃で牽制したり、逃げながら時間稼ぎする必要があるね」
「あらかじめ情報を読み込んで待機状態にしておくことは出来るよ。でもその間、篭手の飾りが点滅し続けるし、火傷するほどじゃないけど手の甲が熱くなってくるから…」
「手の内が読まれやすくなりますわね」
「それについては使い方次第かも。待機状態にしておけば、色々なことが出来るから」
「……といいますと?」
「待機状態の神札には3つの使い方があるの。あ、これはあくまで私たちネレイデスが見つけた使い方ね。全ての神札に通用するのか判らないし、もしかしたら、もっと違う使い方もあるかもしれないから。
 一つ目は、私が今日やったように、回収前の姿にすること」
「召還魔法みたいなものだね」
「これはイメージしやすいよね。だから簡単だし、どの神札でも出来るんじゃないかな。メリットは自分で考えて動いてくれること。簡単な命令になら従ってくれるしね。倒されても死なないけど、ダメージを受けるたびに腕に……、今回の場合は私の左腕に痛みが伝わってくるから、危ないって思ったら戻した方がいいわよ。デメリットは細かい命令が出来ないこと。意思は伝わるのだけど、こちらが思ったようには動いてくれないから、じれったくなっちゃうかも」
「今、海原サン、イメージとおっしゃいましたけれど、神札を使いこなすにはイメージすることが必要ですの?」
「二つ目は、道具の形にすること。これはイメージすることがとても大事なの。ちょっと見ててね。
 スポルトシューター!」

 キュアテティスのかけ声とともに、篭手のハートマークから光の玉が現れ、ひらがなの『へ』の形に変化すると、テティスの左手に収まった。それはクジラを模したかわいらしい水鉄砲だった。

「それは……水鉄砲だよね」
「うん、そうだよ。ただの水鉄砲。水圧を変えることで、水遊びもできるし、鉄板を撃ち抜くこともできちゃうけど」
「なるほど。海原サンのイメージを具現化したわけですのね。可愛い顔して意外と凶悪なところとか実に…」
「え? 何か言った?」
「ええ。海原サンらしいですわねって」
「……それで、道具にすることのメリットは使い勝手の良さかな。制御のしやすさではダントツだし、人に貸すこともできるんだよ」
「それはすごいね! 例えば、閉鎖空間に一般市民が一緒に閉じ込められたとき、護身用に渡したりとか出来るってことだものね」
「そして三つ目は、神札の能力を自分の能力として使うこと。でも、上手くいく時と、上手くいかない時があるの。多分、相性の問題なんじゃないかなって思う」
「それは、相性が悪い能力だと、反発したり、互いを打ち消したりするということですの?」
「うん。だいたいそんな感じだと思う。私の能力のベースは水で、ぽっぷちゃんは風で、玉木さんは火だから、それを踏まえた上で使っていけばいいと思うよ」
「つまり、神札の使い勝手は、プリキュア毎に違うってことなんだね。じゃあさ、神札がもっと回収できたらトレードしない? 今はまだ数が少ないから意味ないけど、いずれ必要になると思うんだよ」
「そうかもしれませんが、まだまだ先のことですわね」
「持っている神札の相性を知ってからでも遅くないよ。それに自分の力で手に入れた神札の方が愛着もわくでしょう?」
「愛着かぁ。確かに大事かもしれないね。じゃあ早速、神札との相性を確かめてみましょうか」

「ウラノス!」天空の神の名を冠したカードケースがキュアクロリスの前に現れる。
「ガイア!」大地の女神の名を冠したカードケースがキュアキュンティアの前に現れる。

 ふたりのプリキュアは、カードケースから神札を一枚取り出すと、それぞれの左篭手の飾りに滑らせる。スペードとクラブは光の鼓動を打ち始めた。


Scene19◆召還〜ペガソス

 先に召還したのはキュアキュンティアだった。

「おいでなさい! ペガソス!」

 キュンティアの左篭手のクラブの飾りから光が飛び出し、翼の生えた美しい白馬が現れる。

「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! かわいい〜〜〜〜〜〜〜!」

 キュアテティスはペガソスのあまりのかわいらしさに驚喜してしまう。無理も無い。ペガソスは美しいだけでなく、サイズも大型犬並みで、ファラベラという最も小さな馬種に近い。一見すると、大きな馬のぬいぐるみのようでもあった。

「…ですわね。かわいいですわね」
「うん。たしかに……かわいいよね」

 しかし大喜びするテティスに対して、キュンティアとクロリスの反応には温度差があった。

「ねっ、ねえねえ玉木さん! お馬さんにさわっていい?」
「は? お馬さんって…ペガソスに? おやめになった方がいいですわよ」
「うん。私もやめた方がいいと思うなぁ」
「え〜〜〜! どうして二人で意地悪なこと言うの?」
「だって……ねえ」
「意地悪とかじゃなくて、ペガソスの蹴りは、シャレにならないくらい危ないんだよ。なにしろ『10センチの爆弾』だから」
「え?」

 クロリスとキュンティアは、テティスに、『ペガソス・クライシス』と呼ばれる美空市大破壊事件の全貌を話して聞かせ、ペガソスがとんでもないじゃじゃ馬であることを語った。もちろん、破壊された美空市を魔法であっという間に直した妖精については、一切ナイショだ。ファファを最後の切り札として取っておくためには、親友といえども話すわけにはいかない。
 しかしキュアテティスは、ペガソスの危険を知りながらも、ものともしなかった。

「大丈夫よ! だってペガソスは今、玉木さんの支配下にあるんだもの。玉木さんが命令すれば、大人しくなるよ! だからお願い! お願いよ玉木さん!!」

 さっきまで、あんなに悲壮感に溢れていたキュアテティスが、すっかり普通の女の子になっていた。嫌なことが忘れられるほどペガソスに夢中になっているのだ。なるほど、『カワイイは正義』とは、このことを言うのだと、キュアクロリスは理解した。
 激しく嫌がっていたキュアキュンティアだったが、クロリスも説得に加わり、渋々承諾した。テティスが言った通り、キュンティアが命じるとペガソスは大人しくなったが、テティスに抱きつかれている間、嫌そうな顔をしていた。どうやらスキンシップ自体が苦手な子のようだ。

「うう……。なんだか、海原サンがワタクシの左腕に抱きついているみたいで、すごく不快なんですけど」
「それじゃあえりかちゃんは、オトコノコに抱きつかれる方がいいの?」
「そっちもむかつきますけど、レズレズな抱擁よりはましですわ。春風サンとは違いますの」
「いや、だから、私はノーマルだってば」
「ああ、そうでしたわね。枯れ専でノーマルな春風サン」
「………まあ、いいけど」

 喜ぶテティスと嫌がるペガソス。そしてキュンティア。二人と一頭の表情を興味深く観察していたクロリスは、キュンティアとペガソスの表情が同じように引きつる様を見た。もしかして、プリキュアと召還した神々や怪物とは、心をダイレクトに通わせることが出来るのだろうか。考えるまでもない。実際に試せば判ることだ。

「じゃあ次は私の番だね。
 いでよ! ネルレーのヒュドラ!」


Scene20◆召還〜ヒュドラ

 ネルレーの沼のヒュドラ。
 ヘラクレスの12の功業に登場する、9つの首を持つ水蛇の怪物。一本の首を切り落とされても、そこからすぐに新たな首を2本生やしてしまう異常な再生力と、恐ろしい猛毒の血を持つ。
 最強の怪物ティポンと、上半身は美女で下半身は蛇子で背中に翼を持つ怪物エキドナの間に生まれた、怪物のエリートであり、更に、神王ゼウスの妻ヘラが、ヘラクレスと戦わせるために育てあげたのだという。それだけに、ヘラクレスの英雄の力をもってしても一人では勝てなかったくらいの強敵だった。
 ゲームに例えるなら中ボスレベル。アニメや特撮に例えるなら、最初に登場する幹部クラスくらいの実力はある。戦いの素人であるキュアクロリスの実力で、倒せるような雑魚では断じてない。にもかかわらず、何故、キュアクロリスは初陣を勝利で飾り、神札を手に入れられたのか?
 全てはヒュドラ自身のおかげだった。キュアクロリスの前に現れたヒュドラには、邪悪な心とともに、清らかな心が同居していて、二つの心がぶつかり合っていた。清らかな心が勝利したヒュドラが、自らの動きを止め、「私を討て」とばかりに弱点をさらけ出さなければ、クロリスの力では倒すことなど到底出来なかったのだ。
 だから春風ぽっぷは、ヒュドラのことがずっと気になっていた。
 だからキュアクロリスは、最初に使う神札に迷わずヒュドラを選んだ。
 だけど現れたヒュドラは、初めて見た時とは姿が違っていた。初めて見たヒュドラは、満身創痍だった。体中が傷だらけで、あちこちから首が生えていた。だけど今のヒュドラは、ルビーのように赤い瞳と、輝く白い鱗は同じだが、首は一つしか無かない。表情も穏やかで、邪悪な気配は微塵も感じない。それはヒュドラというより大きな白蛇そのもの。蛇の怪物というより、蛇の神様だった。

「そっか、これがあなたの本当の姿なんだね。なんてきれいなの……」

 キュアクロリスは、微笑みながらヒュドラをなでると、大きな頭を抱き寄せる。ヒュドラの鱗はひんやりとして気持ちよかった。
 しかし、キュアキュンティアとキュアテティスは、全く違う評価を下していたりなんかするわけで。

「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「ひぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 二人の悲鳴に驚いたクロリスは、二人の顔を見てもっと驚いた。漫画家梅図かずお先生のキャラクターのように、恐怖の表情を浮かべていたのだ。何の冗談かと思ったが、どうやら本当に恐怖におののいているらしい。二人は閉鎖空間の端まで避難すると、両手を握り合って諤々と震えている。
 あれ? 意外と仲が良い?

「二人ともどうしたの〜〜! こっちへおいでよ〜〜! 怖くなんかないよ〜〜!」
「けけけけっ、結構です! 謹んで拒否いたしますっ!」
「ヘビ嫌い! ヘビ嫌い! ヘビ嫌い!」(><)
「おいでよくみこちゃん。ほっぺたスリスリさせてあげるからさぁ」
「イヤァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」(><)

 ヒュドラの気高さも美しさも理解できないとは、寂しい限りである。しかし、二人のSAN値がガリガリと削られていくのが目に見えて判る。クロリスはため息をついた。

「…名状しがたい姿ってわけでもないのになぁ。ごめんねヒュドラ。戻って」

 するとヒュドラは左篭手に吸い込まれるようにして消え、神札の姿に戻った。

「おーい、二人とも〜。ヒュドラはしまっちゃったから戻っておいで〜」
「ホッ、ホントでしょうねっ! ワタクシ達を騙す気じゃないでしょうねっ」
「そんな子供みたいなイタズラしないよぉ〜」

 すごすごと戻ってくる二人を見て、クロリスは心配になって来た。

「二人とも大丈夫かなぁ。お姉さん心配だよ〜」
「しょうがないでしょ! ヘビ好きな女の子の方がよっぽど珍しいですわ」
「それは確かにそうだけど、ギリシャ神話には身体の一部がヘビの怪物って結構いるんだよ。どうするの? 逃げ出す?」
「それは……ぽっぷちゃんにおまかせしちゃぁ……だめ?」
「くみこちゃん、全ての神札を集めるんじゃなかったっけ?」
「うううう……」(TT)
「思わぬ弱点が見つかっちゃったねぇ。でも、今のうちに見つかって逆に良かったのかも。
 決めた! ヘビに馴れてもらうために特訓しよっ!」
「ええ〜〜!!!」

 二人の叫び声はシンクロし、閉鎖空間に響くのだった。


Scene21◆召還〜 ハルピュイア

「これは、怖くないけど……キモイ」
「そうだね。キモイね」
「不本意ながら同意いたしますわ。確かにキモイ」

 キュアキュンティアが次に召還したのは ハルピュイアだった。3羽の怪鳥は、キュンティアと戦った時と同じ姿で現れた。すなわち、3羽の顔がSOSトリオなのだ。

「本来の ハルピュイアは女の人の顔をしてるのだけど、なんで男の人なのかな」
「この下品な三羽ガラスは、ワタクシが覚醒して以降、何度も襲いかかって来ましたわ。その度に撃退してましたけれど、その頃は神札の回収なんて出来ませんでしたから。何度も何度も新しい依り代に乗り移っては実体化したのでしょうよ」
「そうか…。きっと依り代の影響だね。私のヒュドラが白くなったのも、教頭先生の白ヘビのストラップに憑依していた影響だと思うし」
「でも、おかしいですわね。最後にワタクシに襲いかかった時は四羽ガラスでしたのに、どうして三羽しかいないのかしら」

「話しかけて聞いてみたらいいよ。召還した神札とは心がつながっているから、言葉が話せなくても、お話しできるよ」
「え〜。こんなのと心がつながってますの? しょうがありませんわねぇ。あんた達、どうして三羽しかおりませんの? 四羽目はどこにいるのです?」

 すると空を飛んでいた三羽の ハルピュイアは、キュンティアの前に降りてくると、ギャアギャアと騒がしく鳴き始める。

「あら、まあ。なるほど、そういうことでしたの」
「どうだったの、えりかちゃん」
「一応確認しますけど、海原サンは理由をご存知?」
「え? ……ううん。わかんない」
「そう。それでしたら、あなたにとってもこの休戦協定は意味があるってことですわね」
「もったいぶらないで教えてよ」
「つまりこういうことですわ。本当の力を引き出せるのは、同じ属性のプリキュアのみ。 ハルピュイアは天空属性ですから、春風サンでないと100%の力は引き出せないということです。早速試してみましょう」

 キュアキュンティアは ハルピュイアを神札に戻ると、キュアクロリスに手渡した。

「いでよ! ハルピュイア!」

 本当だった。クロリスが召還すると、ハルピュイアは四羽現れた。心なしか、動きも速くなっているような気がする。

「なるほど……明快に数値化はできないけど、属性が違う場合は5割から7割くらいの力しか出せないってことなんだろうね」
「もしかしたら、逆に相性の悪い属性もあるかもしれませんわ。試してみる価値はあるかも」
「ねえ、ねえ、ぽっぷちゃん! 同じ天空属性のペガソスも、ぽっぷちゃんが召還すれば、100%の能力を出せるんだよね!」
「うん。そうなると思うよ」
「だったらね、だったらさ、ぽっぷちゃんが召還すれば、ペガソスはもっともっとかわいくなるんじゃないかな!」
「え?」
「は?」
「たしかに魅了系の精神干渉は、戦わずして勝利することもできる有効な武器だけど……。それってペガソスの能力とは関係ないと思うけどなぁ」
「いいから試してみてよ! お願いよぽっぷちゃん!」
「やって差し上げなさいよ。海原サンのスリスリ攻撃のうざさが、いやというほど判りますわ」

 キュンティアはニヤニヤしながらペガソスの神札を手渡す。クロリスは神札に戻したハルピュイアをキュンティアに返すと、ペガソスを召還する。

「いでよ! ペガソス!」

 現れたペガソスは、当社比20%増しな感じで白毛が輝いて見えたが、見た感じかわいらしさに変化は無いように思えた。

「ペガソスちゃ〜〜ん♪」
「あっ、ちょっと待って!」

 クロリスは慌ててテティスとペガソスを制した。すなわち、我を忘れてペガソスに抱きつこうとするキュアテティスと、後ろ蹴りを食らわせようとしているペガサスに対してである。しかし手遅れだった。100%の力で放ったペガソスの後ろ蹴りは、パカーンという爆発音とともにキュアテティスを空中へと跳ね上げ、テティスは、三回半回転してからマット…もとい、大地へと沈んだ。

「うわわわ〜〜〜っ!! くみこちゃん!!」
「カ、カウンターが顔面に……。もしかして海原サン、………し、死んでしまいました?」

 クロリスとキュンティアは、慌ててテティスのもとへと駆け寄る。うつぶせに倒れたテティスは死んだように動かなかったが…

「も〜。かわいいんだから〜〜」

 と、何事も無かったように立ち上がり、顔面にひづめの跡がくっきり残したまま、満面の笑顔でペガソスに抱きついくのだった。

「さ、さすがは最強の防御力を誇るプリキュアだね…」
「…ハンパない打たれ強さですわね。ワタクシでしたら頭の半分が吹き飛ばされていたところですわ」
「それにしても痛くないのかな」
「痛いに決まってますでしょう。でも、夢中になれるものがあれば、少々の痛みなんて忘れてしまえるものですわ」
「『かわいい』って……偉大なんだねぇ…」

 ペガソスとヒュドラ。あめとムチか…。神札には本来の使い方以外にも有効な使い道がありそうだ。キュンティアとテティスを見つめながら、キュアクロリスはこっそりと微笑んだ。


Scene22◆召還〜アステリオス

「いでよ! アステリオス!」

 キュアクロリスの前に、黒い毛に覆われた赤いチョッキの大男が現れる。

「えっと……モーモー仮面…さん?」
「アステリオスが本名だけど、一般にはミノタウロスって名前の方が有名かな。ギリシャ神話によると牛頭人身の怪物。これでも一応王子様なんだよね」
「実にミノタウロスらしい素敵な体格ですけど、そのおなかのあたりに『ひだ』って書いてあるのは何のギャグですの?」
「あ、これね…。アステリオスは、お姉ちゃんの飛騨牛ストラップに憑依していたんだよ。お父さんの田舎の飛騨高山のお土産で、『さるぼぼ』っていう縁起物の人形の一種だったのだけど、菱形の腹掛けに『飛騨』って書いてあってさ。その名残だと思う。……あ、ちなみに『さるぼぼ』っていうのは、猿の赤ちゃんって意味ね。それの飛騨牛版ってわけ」
「そっか、カワイイ顔をしていて角が無いのは、赤ちゃん牛だからなのね」
「かわいくて良かったですわね、くみこサン。スリスリはしませんの?」
「え……? う〜ん…。顔だけかわいくても、身体がたくましすぎるのはちょっと……」

 するとアステリオスは突然、「ベ〜〜〜〜っ」と鳴き声を上げると、涙目で駆け出した。しかし閉鎖空間はさほど広くない。案の定、見えない壁に激突し、ダイナミックにひっくり返った。突然の奇行に三匹のプリキュアが呆気にとられる中、アステリオスは手足をばたばたさせながら、ただただ、だだっ子のように泣きわめく。

「な、なに? なんなの?」
「……春風サン、説明していただけます?」
「いや、私に言われても、何がなんだか」
「召還したぽっぷちゃんなら判るはずだよ。怪物にでも左腕にでもいいから、問いかけてみて」
「あ、左腕でもいいんだ。やってみるね」

 キュアクロリスは左篭手で光り輝くスペードマークを見つめる。

「あーー。なるほど、そういうこと…ね」
「なんですの?」
「くみこちゃんがさっき『顔だけじゃちょっと』とか言ったでしょ、その一言に傷ついたんだって」
「え〜っ!? わ、私のせいなの?」
「それはまた、ずいぶんとナイーブな怪物ですわね。いわゆる『豆腐メンタル』かしら?」
「神話のミノタウロスは、人を食べちゃう凶暴な怪物なんだけど、生まれたばかりの頃はそうでもなかったみたい。この子は依り代が赤ちゃん人形のお守りだったから、その影響なんじゃないかな」
「それで、どんな能力を持ってるの? 力持ちではありそうだけれど」
「実体化する前に依り代を壊して神札を回収したから、戦闘能力は判らないんだよね。ただ、すごい能力を持っていることには違いないよ。神話だと、凶暴になったミノタウロスは、ラビリュントスっていう名前の迷宮に閉じ込められるのだけど、こっちのミノタウロス…神札のアステリオスは、自分でラビリュントスを作り出せるの」
「うーん……ちょっとよく判らない」
「もう少し具体的に言うとね、亜空間に美空市とそっくりな別世界を丸ごと作り出しちゃうの。そこには人も動物もいないのだけど、建物や植物はそっくりそのままあるから、迷い込んだ人は美空市内にいるとしか思えないんだよね。おまけに深い霧に覆われているから、夜はほとんど身動きが取れないし…。このアステリオスは寂しがりやの甘えん坊で、友達が欲しくてお姉ちゃんをラビリュントスに迷い込ませたみたい」
「手口が変質者じみていますけれど、赤ちゃん思考では致し方なしと言った所かしら?」
「でも、閉鎖空間みたいなものを作り出しちゃうんでしょう? たしかにすごいわね」
「………ああっ!?」
「ど、どうしたの? ぽっぷちゃん」
「それだよくみこちゃん! アステリオスのラビリュントスは平行世界じゃない! 閉鎖空間と同じ亜空間背で、私たちの住む世界の隣に作られた疑似世界なんだよ! アステリオスの能力を使えば、もしかしたら閉鎖空間から脱出できるかもしれない!」

 閃いたキュアクロリスは、左篭手を食い入るように見つめ、アステリオスの情報を探り始めた。話しかけると邪魔になりそうなので、キュアテティスは黙って待つことにする。するとキュアキュンティアが一枚の神札をテティスに見せながら「せっかくですから、耳寄りなお話をお聞かせしますわ」と話しかけて来た。
 その神札を見てキュアテティスはギョッとする。カテゴリー12…。トランプならハートのクイーンにあたる蒼海属性の神札。海王神ポセイドンの次に強い力を持つそれは『アフロディーテ』だったのだ。

「最近手に入れた神札です。春風サンには話しておりませんが、憑依していたのは人間でしたわ」
「それじゃあ玉木さんは、人を殺し……」

 そこまで言ってテティスは言葉を詰まらせた。これまでの経緯を考えれば、それ以外にあり得ない。何よりキュアテティスの経験がそれを裏付けていた。

「ところがどっこい! 依り代だった方は、今でもピンピンしてますのよ♪」
「えっ!? 神札を回収したのに、死んでない…の? 本当に死んでないの!?」
「早まらないでよかったですわね、海原サン♪」
「どうやったの? 教えてよ玉木さん!」
「さぁ。どうやったのかしらね〜。簡単には教えられませんわ」
「判ったよ! ……あ、あれ? 二人がいつの間にか仲良しさんなってる…」
「はぁ? どうしてワタクシが海原サンと仲良しってなりますの!」
「そうだよぽっぷちゃん! 玉木さんって意地悪なんだもん!」
「……まあいいけど。それより、アステリオスの能力が判ったよ! 実際に試してみないと判らないこともあるけど、可能性は十分にある。きっとみんなで脱出できるよ!」

 それは正に吉報だった。しかし、思わぬ障害が目の前に立ちふさがっていた。傷心のアステリオスは、すっかりいじけてしまい、召還したキュアクロリスの命令すら聞かなくなってしまったのだ。三匹のプリキュアはアステリオスとは反対側の閉鎖空間の端で円陣を組むと、作戦会議を開いた。

「やれやれ、海原サンのよけいな一言のせいで、大変なことになりましたわねぇ」
「なによ! あれは玉木さんがよけいな質問をしてきたからでしょ!」
「まあまあ二人とも。とはいえ、このままじゃらちがあかないね。こうなったら最後の手段に出るしか…」
「さ、最後の手段?」
「何をする気ですの? 春風サン。ま、まさか!?」
「そう! アステリオスと友達になって、全力で遊び倒すの! もちろん一切の手加減なしだよ!」
「勘弁してくださる〜? ワタクシ、そういうのが一番苦手ですのよ〜」(><)
「大丈夫、心は幼児でも身体は怪物そのものだから、少々危険で乱暴なことをしてもヘッチャラだよ。えりかちゃんなりの遊び方でも喜んでくれると思うよ」
「気をつけないといけないのは、心の方なのね。なんとかがんばってみる」
「うん。何より寂しがりやな子だから、心の隙間を埋めてあげれば良いと思うんだよ」

 作戦が決まった三匹のプリキュアは、アステリオスにそっと近づく。様子をうかがうと、体育座りをして閉鎖空間の外の世界を眺めるアステリオスは、心ここにあらずといった感じだった。三匹は満面の笑顔を浮かべながら、いっせーのーで声をかける。

「アス〜テくんっ、あっそび〜ましょ〜♪」

 驚いて振り返ったアステリオスは、顔をくしゃくしゃにしながら喜んだ。それから三日三晩、三匹のプリキュアはそれぞれの能力を活かし、アステリオスと全力で遊び倒したのだった。


Scene23◆探求

「うわぁ〜〜。たっかいなぁ〜〜。見てよゼピュロス! 美空市があんなに小さいよ。それに地球と宇宙の境目も見える」
「成層圏を越えて中間圏に突入しているんだから、当たり前だピュ」
「でも、成層圏を越えた気がしないんだよね。だって偏西風も何もないじゃない」
「見えない壁で四方を囲まれているのだから当然だピュ。例えるなら、オレたちはバカでっかいフラスコの中にいるようなものだピュ。閉鎖空間だから穏やかだけど、実際の成層圏はこんなものじゃないピュ」
「ねえゼピュロス、閉鎖空間の壁はどこまで続いていると思う?」
「見当もつかないピュが、少なくとも、大気の無い虚空までは続いているピュ」
「もしかしたら、私たちの力だけで宇宙に行けるかな」
「大気圏脱出を試したことが無いから判らんピュが…プリキュアでいる限り酸素や放射線の心配は無いピュ。推進力も空気を翼から無尽蔵に吹き出せるから問題は無いピュ。問題はデブリくらいピュか?」
「ああ、確かにそれは大問題だね。ぶつかって来たらすごく痛そうだし」
「ただし、それは『スクエア』…すなわち、美空市の上空にいる時だけだピュ。もし『スクエア』の外に出てしまったら、合体はたちまち解けてしまい、クロリスは普通の女の子に、オレはただのヌイグルミに戻ってしまうピュ。大空や宇宙で合体が解けてしまったら、人間の身体は助からないピュ。知的好奇心の追求も結構だけど、実験も程々にしておくピュ。無茶をしすぎるとイカロスの二の舞になるピュよ」
「あははは、的確な忠告ありがとう。太陽に近づきすぎないよう気をつけるよ。確かに宇宙空間は危険だよね。今は閉鎖空間の壁があるし、大気の流れで壁の切れ目の有無が確かめられるけど、宇宙空間では風の音も聞き取れないものね。う〜〜ん。これはえりかちゃんの飛び道具に頼ってみるのも手かなぁ〜」 

 閉鎖空間から脱出するまでの数ヶ月は、三人にとって貴重な時間となった。プリキュア達の能力を知り、限界を確かめ、互いを高め合う絶好の機会であり、何より三人の友情を取り戻し絆を深める、またとない機会だった。そういえば『ドラゴンボール』にも、閉鎖空間に似た、時の流れの違う修行部屋があったっけ。
 一番盛り上がったのは、様々な状況を想定したハンディキャップバトルだった。来るべき神々との戦いに備え、一対一、もしくは一対二となり、毎回条件を変え、必殺技や特技を封じてプリキュア同士が戦うのだ。閉鎖空間にいるからこそできた猛特訓であった。特に玉木えりかことキュアキュンティアは大喜びで、これまで溜め込んで来た「春風サンと戦いたい」という秘めたる思い…というか、ほとんどうっぷんだが…を、ここぞとばかりに晴らしていた。
 海原くみこことキュアテティスは、神札の怪物達とのひと時を誰よりも楽しんでいた。母性本能をくすぐられるらしく、ペガソスやカイトス、アステリオスだけでなく、キモさではトップクラスのハルピュイアにすら愛情を注いだ。ただし、ヒュドラは除くけど…(ーー;
 キュンティアとテティスのヘビ嫌いは致命的とも言えたので、キュアクロリスの提案で、週に一度、『ヒュドラさんと戯れる会』を催した。キュンティアもテティスもすごく嫌がったが、重要性は理解していたので、我慢強く付き合ってくれた。
 そして我らが春風ぽっぷことキュアクロリスもまた、日頃のうっぷんを晴らすべく、日頃出来ないことに没頭していた。それが知の探求であった。

「ねえみんな。一緒に大空を飛ぼうよ。気持ちいいよ」
「………はぁ…。今度は何の実験ですの?」
「いやだなぁ。みんなで一緒に空中散歩を楽しみたいだけだよぉ。そのあとでちょっとえりかちゃんに手伝ってもらいたいことがあるだけ」
「それでぽっぷちゃん、今度はどんな実験するの?」
「うん。閉鎖空間がどこまで続いているのか調べてみたくてね。でも、それだけじゃつまらないでしょ。だから、カイトスに乗せてもらってのんびり空を飛んだら楽しいかなって思ってさ」
「ワタクシにはペガソスがおりますわ。わざわざ化け鯨に乗らなくても空になら飛んでいけます」
「ペガソスは空中で静止できないでしょ。それにペガソスを有効に活かすには、この閉鎖空間では狭すぎるよ」

 そうそう。閉鎖空間からの脱出計画について記しておこう。
 キュアクロリスの読みは見事に的中し、アステリオスの能力は閉鎖空間の壁に穴を開け、通常空間への脱出口を作り出した。しかし、そこで思わぬ問題が発覚した。時間の流れが違っていたために空気の分子がほとんど動かず、通常空間に戻れなかったのだ。キュンティアが必殺技で空気を吹き飛ばそうかと提案したが、凄まじい運動エネルギーが加われば、空気の分子といえども恐ろしい凶器になる。通常空間にどれほどの被害を与えることになるか見当もつかなかったので、即座に却下された。
 一度は絶望に打ちひしがれた三人だったが、キュアクロリスが根気よく観察し続けて来た結果、一週間に一度、周期的に時間のスピードが戻り、約5分間、通常時間に戻ることが判明した。帰還する方法さえ見つけてしまえばこっちのものである。何しろ閉鎖空間にいさえすれば、どんなに暴れても周囲に被害を与えないし、永遠に近い時間を得られるのだ。三人は先ほどまでの悲壮感などそっちのけで、むしろ閉鎖空間を有効利用することにしたのだった。

「カイトス、ホエール・ホセフィーナよ。みんなと空でお散歩しましょう」

『くじらのホセフィーナ』に由来するその技は、質量を自在に変えられるカイトスの能力を応用したものだ。その巨体の質量を空気よりも軽くすることで飛行船のように浮遊し、大空を泳ぐことが出来る。
 3人のプリキュアは適度な大きさになったカイトスの背中に乗り込むと、遊覧飛行に出発した。そしてみんなが空中散歩に満足した後………実験は始まった。

「ぽっぷちゃん、カイトスじゃ、これ以上は上昇できないみたい」
「空気が無ければ質量も何も関係ないもんね。ありがとう。ここで大丈夫。それではえりか師匠。師匠ご自慢の弓の腕をご披露願いますでしょうか♪」
「それで? 何を狙えば良いのかしら」
「真上に向かって矢を放ってほしいの。どこまで飛んでいくか、私が『タカの目』で観測するから」
「なるほど。ワタクシのルナティックアローの軌跡で、閉鎖空間がどこまで続くか確かめるおつもりね。……ですけど、狙いをつけようにも何を標的にすれば良いのやら」
「閉鎖空間の壁は透明だもんね。最初は壁にぶつけるつもりで何度か試射して、少しずつ誤差を修正して行くしか無いと思うよ。狙いが定まったら、最大出力で最高速の矢を放って。」
「まったく、針の穴に矢を通すよりも難しいことを、簡単におっしゃってくれますわねぇ。海原サン、化け鯨が動かないようにしてくださるかしら?」
「う、うん。カイトス、良い子だから、なるべくじっとしていてね」

 虚空に向かって矢を放つキュアキュンティアは、悪態をつきながらも、どこか楽しそうだった。


 3人の無事を確認したポセイドンは、ほっと胸をなで下ろす。同時に彼は、自分の役目が終わりつつあることを理解するのだった。

Bパート完◆引き続きENDパート


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オモイドウ
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