至宝の狂想曲 我は希望 
◆永遠の少年

  1999年の晩秋、僕は死んだ。交通事故だった。どうして道に飛び出してしまったのかは覚えてないけど、車にはね飛ばされ、宙を舞った事は覚えている。横たわって見た最後の光景……空を舞い落ちる紅葉は、とても幻想的で美しく、もの悲しかった。

 気がつくと僕は人間でなくなっていた。肉体を失い、霊魂だけの存在になってしまったのだ。生理現象はもちろん、物理法則にすら縛られない自由な存在……。それは世間では幽霊と呼ぶのだけど、一つだけ違うことがある。僕の霊魂には神札『ディオニュソス』が憑依していたのだ。これをなんと呼べばよいのだろう。神様の力を持った幽霊? 限りなく神様に近い幽霊? 何か違う。
 永遠に年を取らず、あらゆる事から自由な少年……。自由であるが故に孤独な少年……。そんな少年の物語を読んだ気がする。少年の名前は……。ああ、思い出した。ピーターパンだ。僕はピーター・パンになったんだ。もっとも、その自由は神札の有効範囲内でしか発揮しない。美空市というトリカゴの中でのみ許される自由…。だけど、不満なんかあるものか。僕にとっては十分に広すぎる世界だ。

 自分の葬式を見るのは不思議な感じだったし、家族の悲しむ姿を見るのは辛かったけど、寂しくはなかった。美空市には、僕以外にもおばけや幽霊がいたからだ。見た目が気持ち悪い奴もいたけど、みんな気の良い仲間だった。中でも古井戸に棲むオバケさんにはずいぶんと世話になったものだ。僕は神様の力が使えたから、問題を抱えたオバケの悩みを解決したり、幽霊になったばかりで途方に暮れている子をエスコートしたりと、寂しさを感じる間もないくらい忙しい毎日だった。それこそピーターパンのような大活躍。僕にとって、美空市はまさにネバーランドだった。
 だけど、楽しい時間は長くは続かなかった。神札『冥府王ハデス』が覚醒したのだ。『ハデス』は美空市の地下深くに冥界を創り、冥府王としての支配力を行使した。幽霊やオバケ達は冥府王の支配力に逆らえない。みんな冥界へ強制送還されてしまった。こうして僕は独りだけ地上界に取り残された。僕に憑依する『ディオニュソス』には抵抗する力があり、『ハデス』の支配力を打ち消したからだ。だけど、それは幸運だろうか? それとも不運だろうか? 僕にはわからなかった。

 それからしばらく、僕は美空市をさまよっていた。人間には僕の姿が見えないし、話も出来ない。神様のチカラを使ったところで怪奇現象としか思われない。群衆の中で、僕は本当の孤独を味わっていた。だけど夏祭りの夜、1度だけ不思議な体験をした。不思議の固まりである僕が言うのもヘンだが、本当に不思議だった。幽霊やお化けでも、神札が憑依しているわけでもないのに、僕を認識する女の子と出会ったのだ。女の子は自分のことを「ハナちゃん」と呼んでいた。あの子は何者だったのだろう。人間だったのだろうか?

 ……あれから何年経っただろう。僕はなおも美空市をさまよい続けている。今でこそ新たな仲間、『ポセイドン』をはじめとする神札の憑依するモノ達が話し相手になってくれているが、神々が次々と覚醒するまでは、僕は本当に独りぼっちだった。だけど僕には一つだけ楽しみがあった。妹・りつこの成長だ。
 小さくて泣き虫で甘えん坊だったりつこは、いつの間にか僕よりも背が伸び、しっかり者となっていた。一生懸命勉強して、なんとお嬢様学校として名高いカレン女学院に入学した。今や家族とっても僕にとっても希望の星だ。アイドルと言っても過言ではない。
 だけど我らがアイドルも、いや、アイドルだからこそ輝こうとして苦労するのだろう。がんばりすぎて倒れそうになったり、大きな挫折を味わって深く落ち込んだりもする。時々僕を思い出して涙に暮れるときもある。
そんな時、僕はりつこの耳元で、魔法の言葉をささやく。いつも見護っているよと、言葉に想いを込める。幼い頃、クラスの男子にブスとからかわれ、ベソをかきながら帰ってきたりつこを慰め、励ますための言葉を捧げる。
「リッチャンハ、カワイイデスヨ」と。

★  ★  ★

「お兄ちゃん!?」

 我に返ったりつこは、人の気配を感じた背後を振り返る。そこにいたのは死んだ兄ではなく、カレ女の制服を着た幼い女子生徒だった。背格好からして中等部。翼を広げたような髪型には見覚えがある。眼鏡を外していてぼやけているが、一目でわかる特徴だった。

「………あ、あれ? 春風さん?」
「こんにちは、秋月部長。お久しぶりです」

 辺りを見回すと、そこが郷土部の部室だとわかる。どうやら机にうつぶせになって居眠りをしていたようだ。さっきまではっきり感じ取れていた、懐かしい気配はもうどこにもない。

「夢……? そうか、夢か……。そうだよね…。夢だよね……」
「楽しそうな夢を見ていたみたいでしたのに、起こしてしまってすみません」
「え……あ、ううん。いいのよ別に。それにしても春風さんが部室に来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「あははは(^^; ずっと幽霊部員してて、重ね重ねすみません」
「いいのよ、そんなこと。あなたはピアニストを目指してるんですもの。レッスンの方が大事だし、郷土部はそういう人のためにあるようなモノだしね」
「実はその……最近美空市の歴史に興味が出てきまして、もしかして郷土部なら何かあるんじゃないかと思いまして」
「あら、それは目の付け所が良いわね♪ カレ女郷土部の秘蔵資料は伊達じゃないわよ♪」

 りつこは机に置いていた眼鏡をかけると、ぽっぷに嬉しそうにほほえんだ。
 秋月りつこ。郷土部の部長にして、ぽっぷの先輩。彼女の死んだ兄が『ディオニュソス』の寄り代である事を、ぽっぷはまだ知らない。

永遠の少年◆おしまい

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オモイドウ
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