PRECURE SQUARE capriccio
Bパート S-9, S-10, S-11, S-12-1, S-12-6, S-12-11,

◆ ◆ ◆ ◆ Bパート ◆ ◆ ◆ ◆


Scene9-1◆姫巫女〜眠り姫

 目を覚ました彼女は、焦点が定まらないまま、しばらくぼんやりと見つめていた。ようやくそれが天井だと気づくと、自分が横たわっている事を理解する。起き上がろうとするが、身体が重く、手足が言う事をきかない。観念した彼女は横たわったままなんとか首を動かしてみる。
 左には窓があり、カーテンは閉められているが隙間から自然光が漏れている。光の感じからして昼下がりだろうか。右を見るとクローゼットの扉が見える。三、四十着は収納できそうなくらい大きい。
 足下を見るとベッドの向こうにカーテンが閉められているが、カーテンは透けていて、その先に部屋が見えた。視界に入るだけでも10畳以上はある。かなり広そうだ。
 彼女はその部屋に見覚えがあった。ずっと昔に見た懐かしい光景…。だけど、いつ見たのだろう。ここはどこなのだろう…。霧が晴れるように意識を取り戻していった彼女は、ようやく思い出す。そうだ、ここは自分の部屋なのだ。だけど見覚えのない物もあった。異彩を放つがごとく部屋に飾られた花々だ。装飾にしてはあまりにも多すぎる。まるで花屋さんのようだった。

 意識がしっかりしていく反面、身体はなかなか言う事をきかなかった。なんとか腕は動かせるようになったものの、一人で起き上がるのは無理なようだ。
 どうしよう…。
 彼女が今一度周囲を見渡すと、ベッドのそばに垂れ下がっている紐に気づいた。これはもしかして、呼び鈴の引き綱ではないだろうか。洋館にあるような古風なタイプで、用事があるとき引き綱を引っ張れば、家政婦の部屋で呼び鈴が鳴る仕組みだ。引き綱は枕のそばに垂れ下がっており、横たわっていても手が届く。ふとシャーロック・ホームズの『まだらの紐』を読んだ時の記憶がよみがえる。呼んだ後、しばらくは引き綱が怖くてたまらなかった。だけど撤去しなくてよかった。今こそ役に立ってもらうとき。

 引き綱さん…、おねがい…。

 彼女は右腕に力を込め、なんとか引き綱をつかむと、一回だけ引っ張った。綱の先の天井辺りから、かすかに鈴の鳴る音が聞こえる。良かった。ちゃんと機能してる。誰か気づいてくれただろうか。それ以前に、この屋敷に自分以外の人はいるのだろうか? 部屋が広いせいか、防音がしっかりしすぎるためか、静かで誰の気配も感じない。
 しかし彼女の心配は杞憂に終わった。1分とかからず、ドアをノックする音が聞こえたのだ。現れたのは、着物を着た背の低い老婆だった。

「お帰りなさいませ。はづきお嬢様」

 満面の笑顔を見せる老婆の瞳は、涙で潤んでいた。


Scene9-2◆姫巫女〜はづき

 ほどなくして、彼女の部屋に中年の男女が現れた。無精髭の男性と、ポニーテールの女性。二人とも老婆と同じだった。優しい微笑みを浮かべながら泣いていた。彼女が目を覚ましたのが嬉しくてたまらないようだった。

(あなたたちは誰?)

 彼女はそう問いかけようとした。だけど、どんなにがんばっても、声は言葉にならなかった。口をどのように開け、唇をどんな形にし、舌をどう動かせば良いか、何も分からなかったのだ。すると彼女の苦悩を察したのか、中年女性が彼女の手を握り、赤子をあやすように優しく話しかけてきた。

「慌てなくていいのよ。はづきちゃんは今、『お勤め』の後遺症で一時的な記憶障害を起こしているの。でも、病気や怪我じゃないから心配しないで。時間が経てばちゃんと元に戻るから。ママが『お勤め』した時も、色々忘れちゃって大変だったけど、ちゃんと全部思い出せたのよ。だから大丈夫よ、はづきちゃん」

(はづき……それが私の名前……)

 彼女はまだ自覚できなかったが、確かに聞き慣れた呼び名であった。仮に自分が『はづき』として、この人たちは何者だろう? 中年女性は自分を『ママ』と呼称した。つまり『はづき』の母親だろうか。すると中年男性は父親で、老婆は祖母だろうか。いや、老婆は『はづきお嬢様』と呼びかけてきた。祖母が孫に敬語は使わない。おそらくは使用人だろう。もちろんただの使用人ではなく、自分にとって特別な存在に違いない。そうでなければ、こんなに優しく微笑んだりはしない。自分の事はさっぱり分からないのに、そういうことは何故か瞬時に分かる。それが彼女には不思議だった。
 少しずつ状況が見えてきた。自分が誰なのか、まだ思い出せないが、きっとこの人たちが手がかりになってくれるだろう。ところで先ほど、中年女性から気になるキーワードを聞いた。『お勤め』とは一体何だろう。仕事だろうか? すると自分は成人? 就職している? だめ……。思い出せない。口も身体も自由に動かない。とてももどかしくて、泣き出したい気分だった。


Scene9-3◆姫巫女〜「ママ」

「あああっ! パパっ、ばあや、聞いた? 今、私の事、ママって呼んでくれたわ! はづきちゃん、もう一度言ってちょうだい!」

 それは言う事の聞かない口を必死に動かし、発音できる音を組み合わせて言葉にしようと、試行錯誤を繰り返し、やっとの思いで絞り出した一言だった。彼女は確認のため、もう一度言葉を発する。

「マ…マ…」

 突然、部屋の空気が変わったように思えた。穏やかで暖かく、笑顔に包まれた幸せな空気。ずっと昔に経験した、懐かしい空気…。自分は横になっていて、パパとママとばあやに見つめられていて……。ああ、そうだ……。これは赤ちゃんの時の記憶に似ている。たしかあの時も、必死な思いで発した初めての言葉が「ママ」だった。
 記憶の混乱で自分の年齢すら分からなくなった彼女だったが、赤ちゃんだった頃がずっと昔だったという事は分かった。それだけに、当時の鮮明な記憶が残っていた事に驚きを禁じ得なかった。恐らく、脳内にはこれまで経験した記憶のすべてが残されているのだろう。『忘却』とは、何らかの理由で記憶にアクセスできなくなった状態を指すのであり、記憶が消失したわけではないのだ。自分を形作るために必要な記憶を『忘却』したことで、障害がなくなり、最も幼い頃の記憶にアクセスできるようになったということか…。

 「ママ」と言えるようになってからの、彼女の変化は著しかった。たどたどしかった発音も徐々に悠長な物へと変わってゆき、手足もよけいな力を使わずとも動かせるようになっていった。それは幼子が一人前の大人へと成長していく様にも似ていた。赤ちゃんから幼女へ、幼女から少女へ、少女から乙女へ…。そしてようやく彼女は、自分が『藤原はづき』なのだと自覚できるようになるのだった。


Scene9-4◆姫巫女〜手紙

 その日の夕食は、はづきの部屋で食べた。はづきは身体は動かせるようになったものの、体力の消耗が著しく、とても立ち上がれる状態ではなかったのだ。だけど、ベッドに座るはづきを両親とばあやが囲み、思い出話に花を咲かせながらの楽しい夕食会となった。両親の語る思い出の中のはづきは、赤ちゃんの頃から幼稚園の頃が多く、自分の事とは思えなかったが、家族団らんは楽しかった。

 両親が自室に引き上げると、ばあやが一通の封書を持って現れた。

「はづきお嬢様にお手紙でございます」
「まあ、私に? 一体どなたからかしら」
「はづきお嬢様からでございます」
「……えっと……どういうこと?」
「もしもの時に備えて、はづきお嬢様がご自分のためにしたためていた物でございます」
「つまり……昔の私からのお手紙…」

 ばあやから封書をうけとると、はづきは表に記された宛名を見つめる。

 

未来の私へ

藤原はづき

「…ねえばあや、ペンかなにか…筆記用具はあるかしら」

  両親やばあやが嘘をついているとは思わなかったが、それでも確かめずにはいられなかった。ばあやからボールペンとメモ帳を受け取ると、おもむろに『藤原はづき』と書いてみる。手紙の署名と比較すると、筆跡は完全に一致した。自分が書いたものと見て間違いないようだ。

記憶を失った未来の私へ

 『お勤め』をはたすと、無事に還ることができたとしても、記憶喪失状態になるのだそうです。ママやばあやは、時が経てば思い出すと言ってくれたけれど、大切なお友達や思い出を忘れたままでいるのは嫌だから、『その時』のため、思い出すためのヒントを記します。

 この手紙とともに残した資料は、私の大切な想い出。私が私であるための記憶です。ただし、この手紙が第三者に読まれてしまう可能性を考慮せねばならないため、極めてプライベートに関わる事に関しては曖昧にしています。

 がんばって、未来の私。絶対に、絶対に、思い出してね。

平成20年1月15日 
記憶を失う前の私より

 


Scene9-5◆姫巫女〜『お勤め』

 『お勤め』『無事に還る』『記憶喪失状態』 ……これは一体……なに?
 手紙の内容を信じるならば……今のところ信じる意外の選択肢が無いけれど……はづきが記憶を失ったのは、『お勤め』をはたしたため、ということになる。しかも文面を読む限り、無事には還れない可能性もあったのだ。『お勤め』とは、それほどまでに危険が伴う事なのか? ……それにしては文面から動揺は伝わってこない。記憶を失う前の自分が恐れていたのは『お勤め』そのものよりも、記憶を失う事だったようだ。

「教えてばあや。『お勤め』ってなぁに? 私は何をしたの?」
「はづきお嬢様のお勤め……それは藤原家に代々受け継がれてきた『姫巫女』の事でございます」
「ひめ…み…こ? ひめみこ… 姫巫女…… あっ……」

 突然、はづきの記憶がフラッシュバックする。
 サイドカーに乗せられ、秘密の空間トンネルをくぐり抜け、山奥の洞窟へと向かうはづき。
 洞窟の奥深くに広がる大空洞の中心に建てられた神社を見つめるはづき
 沐浴して身を清め、ばあやに手伝ってもらいながら巫女の衣装に着替えるはづき。
 そして境内で『子守唄』を詠うはづき。

 それは一番思い出さなければならなかった事。そしてそれは一番思い出したくなかった事。
 得体の知れない恐怖が、はづきの心と身体を震えさせた。

「お……教えてばあや。どうして昔の私は平気だったの? こんな恐ろしい事……どうして耐えられたの? 死ぬかも……死ぬかもしれないのに……」
「……はい。ですがお嬢様は笑顔でおっしゃっていました。『この世界には大切な人がいっぱいいる』と。『この街には大切な想い出がいっぱい詰まっている』と…」
「……大切な人? ……大切な想い出? それが……この身を捧げる理由?」

 はづきは震えながらも、もう一度手紙を読む。
 …この手紙とともに残した資料は、私の大切な想い出。私が私であるための記憶です……
 …がんばって、未来の私。絶対に、絶対に、思い出してね……

「そうか…。恐怖を克服して、この震えを止められるほどに……。私にとって想い出はそれほどまでに大切なものなのね。お願いよばあや。この手紙に書いてある資料を、今すぐに見せてちょうだい!」

 ばあやから受け取ったのは、アルバムや想い出の詰まったと思われる数々の品。そしてそれぞれのいきさつを説明するノートであった。私が私であるために、何が何でも思い出さなければならない。はづきは記憶を取り戻そうと必死だった。そうでもしなければ、恐怖でどうにかなりそうだったから。


Scene10-1◆花束〜ローズ(third day)

「お待たせしました、小雪師匠」
「待ちかねたぞ。矢吹鬼」

 玄関に立っていた体格の良い緑髪の男を、ばあやは早速家政婦室へと招き入れる。
 はづきが『お勤め』はたした次の日、学校を休んだはづきの元に、お見舞いとして4組の花束が届けられた。ひと組はカレン女学院の後輩たちから、もうひと組は藤原家との親交もあるフジオからのものだが、残り二組は正体不明の人物からであった。はづきが学校を休んだ事は、カレン女学院の生徒たちを除けば、ごく一部に限られる。それがもし、はづきの『お勤め』を知った上での行動だとしたら……。誰が何の目的で送ってきたのか。それを確かめるため、ばあやは矢吹鬼に送り主の正体を探るよう命じていたのだった。

「早速ですが、見舞いの花束を贈ってきた娘たちの身元の詳細についての報告です」
「うむ」
「まず、カレン女学院の『後輩一同』ですが、いずれも身元の確かな子ばかりですね。親戚を含め3世代前までたどりましたが、お嬢様がお望みなら招待しても問題ないかと」
「それは良かった。はづきお嬢様もお喜びなさる」
「フジオ嬢は『魔法使い界』の特命大使ですからよいとしまして、問題なのはやはり残りの二人ですね」
「……して、調査の結果は?」

 矢吹鬼はばあやに見えるよう、テーブルに写真を並べてゆく。一枚は外国の建物が写された風景写真。一枚は証明写真のコピー。残りは望遠で撮られた女子高生の写真だった。

「ローズ・マリア・マキハタヤマ。この金髪の少女がそうです。2日前、長らく空き家だった魔法堂に越してきて、昨日美空高校に転入しました」
「どう見ても外国人じゃが……巻機山家との関係は?」
「書類上は巻機山リカ氏の養子で、国籍はイギリス系日本人。年齢は17歳。小雪師匠がご存知の花ちゃんにとっては叔母になるわけですな」
「ふうむ…」
「物心ついた時からイギリスのアップルフィールド孤児院で育ったものの、自分の居場所を求めて家出。放浪していたところをたまたま旅行でロンドンに来ていた巻機山リカ氏と出会ったのだそうです。その後色々あった末にリカ氏に気に入られ、養子として巻機山家に迎えられたのだとか。
 もっとも、この話はローズがクラスメイトに自ら打ち明けた身の上話ですから、裏付けもとれておりませんし、信憑性もありません。十中八九作り話でしょうな」

「ほう。そこまで言い切るには根拠があるのじゃな」
「イギリスのエージェントに協力してもらい、ローズの過去を洗ったのですが、ローズ・マリアなる少女は存在しない事が分かりました。そして巻機山リカ氏が渡英した記録も存在しないのです」
「名前を変えたのではないかの? 放浪したと言っていたのであろう? 巻機山さんがローズと会った場所も英国とは限らぬぞ。欧州かもしれぬぞ」
「……なるほど。さすがは師匠です。その可能性には気づきませんでした。しかし、ヨーロッパまで捜査範囲を広げますと1日では情報を集めきれませんし、私としては別の可能性に注目しておりまして…」
「別の可能性とな?」
「アップルフィールド孤児院に入れられた子供たちの名簿を調べたエージェント達は、ローズ・マリアの名前を見つける事はできなかったものの、ローズマリーという名の少女がいた事を確認しました。100年前の記録に……」
「ローズマリー……。確かに似た名前じゃが100年前ではの。どう考えても別人じゃろ」
「ではこの報告をどう思います? 『アップルフィールド孤児院に入れられた子供たちの中に、ローズで始まる名前の少女は46人確認されたが、ローズマリー以外のすべてが名前を塗りつぶされていた』……。100年分の名簿は膨大ですし、保管場所も複数に分けられていました。子供がいたずらでできるようなことじゃありません」
「それはつまり……どういうことなのじゃ?」
「ローズ・マリアの正体を知る者からの警告……でなければ、こちらの捜査能力を見越した上での、彼女の自己アピールではないかと考えられます」
「自己アピール……。自分にはこれだけの事ができると……。して矢吹鬼、お主の見立ては?」
「危険な匂いがプンプンしますな。ローズ・マリアの正体がローズマリーなら、実年齢は100歳を越えているわけですし。おまけにローズマリーは当時、とある詐称事件に関わっていますしね。あどけない少女の顔をしていてもローズ・マリアは『こっち側の世界』の人間ですよ。つまり、私の同類というわけです。
 しかし、過去に事件を起こしていたからといって、敵とは限りません。マキハタヤマ性を名乗り、魔法堂に住んでいるのですからね。ローズマリーが関わった詐称事件に関しましては報告書がありますので、後で目を通しておいてください。彼女に謁見を許すかどうかの最終判断は、はづきお嬢様にゆだねて良いかと私は考えます」
ローズマリーが当時関わった『事件』に関しては」
「魔法堂か……故あって我々人間に正体を明かせない種族…。佐倉未来と同種の『あんのうん』じゃな」
「ええ。佐倉さんは今どうしているのでしょうね。恋人には会えたのでしょうか」
「なんじゃ、お主、佐倉に惚れておったのか? 妻子ある身で浮気はいかんぞ」
「美人に対して鼻の下を伸ばすのは、紳士として最低限の礼儀でしょう。浮気ではありません」

 1990年代から約10年、美空市の平和を守る為に矢吹鬼たちに協力していたのが、佐倉未来だった。スーパーモデルのような美貌とスタイル、そして抜群の戦闘センスは矢吹鬼すら舌を巻くほどであった。
 彼女の目的は、世界中にばらまかれた『バッドカード』と呼ばれる呪符の回収と封印であったが、目的を果たした後もしばらくの間、治安維持に協力してくれていた。美空市を愛し、一時は永住も考えていたというが、6年前、恋人に会いに行くと言い残しイタリアに旅立った。それ以来、行方知れずである。
 今、彼女が美空市にいてくれれば、どれだけ頼もしかったろう。それは小雪も同じ思いだった。


Scene10-2◆花束〜ふぁみ(third day)

「問題なのは、この娘です」

 そう言いながら、矢吹鬼は望遠で撮られたローズの写真を指差す。ローズの隣にはもう一人、桃色の長髪の女子高生が写っていた。小雪は昨夜の事を思い出す。ローズが花束を持って訪れた後、タイミングを見計らったかのように訪問してきたのだ。マキハタヤマ姓を名乗るローズにも驚いたが、どれみちゃんの面影を持った彼女にも驚かされたものだ。一体何者なのか……

「名前は『桜田ふぁみ』。日本人。生まれたのは横浜で、本籍地は福岡。親の仕事の都合で引っ越しを繰り返し、日本中を転々と渡り歩いた……という事になっております。転居届や住民票の記録など、書類上ではすべて裏付けがとれました。しかし驚くべき事に、確認できた住所のすべてが架空のものでした。つまり美空市に現れた1週間前より以前に、彼女の存在を証明するものは何も無いのです。彼女自体は普通の女の子のようですが、バックについている組織は得体が知れません。文字通りのアンノウンですよ」
「しかし、お主の調査で分からぬとなると、この世界の組織とは思えぬな。『異世界』の者か」
「『異世界』であれば、調べる手が無い訳でもないのですがね。実は、彼女の存在が確認されたちょうど1週間前、美空市内で激しい時空の変動が記録されました。今は仮定の域を越えませんが、彼女は『並行世界』からの使者である可能性があるんです
「並行して存在する別の世界、『ぱられるわーるど』か。えすえふじゃのう……。もしや、あの子がどれみちゃんに似ているのは、『ぱられるわーるど』から来たもう一人のどれみちゃんだからじゃろうか?」
「『桜田ふぁみ』も本当の名前では無いでしょうし、可能性はあります。ですが春風氏の娘に似ているからと言って、安心はできません。こちらの油断を誘うための罠である可能性もあります。例えば、お嬢様への謁見を望む彼女が、人間爆弾にされていたとすれば…我々では防ぎようがありません
「はづきお嬢様の暗殺をもくろむ組織がいる…そんな可能性も踏まえねばならぬか。考えたくもないのぉ」
「申し訳ありません。長らくそういった血なまぐさい世界に身を投じておりましたから……。こういった殺伐とした発想は、この街に似つかわしくないのは重々承知しているのですが
「いや、お主の危機意識は十分に役立っておる。わしは平和ボケしておったからの…」
「せっかくですので提案させてください
「なんじゃ?」
「はづきお嬢様の警護を強化すべきです」
「今でも十分と思うがの。過剰すぎる警護で、お嬢様のお心を乱しては元も子も無いじゃろ」
「たしかに。
 ご自宅には小雪師匠がおりますし、外出時は私がサポートしますので問題は無いでしょう。ですが……、一カ所だけどうにもならないところがありまして」

「……そうか! カレン女学院じゃな」
「私が女子校に潜り込むのは何かと問題がありますし、事が起きてから駆けつけたのでは間に合わないかもしれません。ローズ・マリア・マキハタヤマも桜田ふぁみも美空高校に転入したので、今のところ、彼女たちが脅威となる心配は無いでしょうが、先の事は分かりません。学園内に潜入できるSPを用意できるまで、はづきお嬢様にはご自宅にいていただく訳にはいきませんか」
「目処は立っておるのかの?」

 矢吹鬼は大きくため息をつく。

「正直……手こずっております。女子校に潜り込めて、あらゆる状況に対処できるスペシャリストなんて、早々いませんからね。こんな時、佐倉さんがいてくれたらどれだけ心強い事か……」
「確かにあの娘なら教師として潜り込めたであろうの…」

 ばあやはしばし考え込んでいたが、突然、何か閃いたように目を輝かせた。

「矢吹鬼や! 女子校に潜り込めて、あらゆる状況に対処できる『すぺしゃりすと』じゃな! 心当たりならワシにあるぞ!」


Scene11◆訪問者フジオ(fourth day)

「あなたの事はなんて呼べばいい? フジオくん? それともフジコちゃん?」
「どっちでもいいよ。はづきちゃんの呼びたいように呼んでよ」
「それじゃあフジコちゃんって呼ばせてね♪」

 そう言うと、はづきは穏やかに微笑んだ。

 魔法使い界の特命大使として美空市に訪れて以来、フジオは藤原家との親交を深めていた。特にはづきの母、藤原麗子にはずいぶん親しくしてもらっている。週に一度はフジオをショッピングに誘い、フリフリのカワイイ服を選んではフジオにプレゼントしていた。はづきに親離れされた寂しさを紛らすためか、衣装はすでに家のクローゼットには収まらず、収納するために貸し倉庫が必要になるほどであった。
 一方ではづきはこの6年、素っ気ない態度をかたくなに貫いていた。作り笑顔や苦笑い以外でフジオに微笑んだ事など一度も無い。だからはづきが見せた無防備な微笑みを、フジオは複雑な思いで受け止めていた。さらに驚くべきは、はづきの調子がまだ完全には戻っていないからと、はづきの寝室に招かれた事である。これまでのはづきであれば、絶対にあり得ない事であった。記憶喪失にでもならない限りは……。

「ねえフジコちゃん。フジコちゃんって、本当に男の子だったの?」
「そうだよ。6年前…小学校を卒業するまではね。人間界の小学校にいたのは小5の時からの2年間だったけど。最初はね、はづきちゃんと同じ学校に行きたくて、魔法で女の子に変身してたんだ。カレン女学院の入試も受けて、ちゃんと合格したんだよ。だけど魔法使いの仲間から『本当は男のくせに女子校に入るとはけしからん!!』って言われて、王様も許可をくれなくて……無理矢理あきらめさせられちゃったんだ」
「そりゃあ……常識的に考えれば、そうなるでしょうね」
「仲間は誰も信じてくれなかったけど、下心なんて無かったんだよ。年頃のオトコノコが抱くようなたぐいのものはね。でも、浅はかだった事は認めてる。魔法が解ければ元に戻ってしまうしね。それに、覚悟も足りなかったんだと思う……。だけど今は違うよ。本当に本物のオンナノコになったから」
「本当の? 本物のオンナノコ? 魔法で変身するのとは違うの?」
「はづきちゃんは、オトコノコとオンナノコの違いって何だと思う?」
「え? 見た目とか、身体の構造とか、感性…かな」
「見た目や感性では分けられないよ。魔法を使わなくても身体の形は手術で変えられるよね」
「赤ちゃんが産めるかどうか?」
「世の中には赤ちゃんを産めないオンナノコだっているよ。その子はオンナノコじゃないの?」
「う〜〜ん」
「答えはもっとシンプルだよ♪ 違いはたった一つだけ」
「もしかして……Y染色体?」
「そう。その通り♪」

 フジオははづきに微笑み返した。
 こんなにはづきの側にいられるのに、それを望んでいたのに、フジオは切なかった。フジオがはづきの記憶喪失を知ったのは、小雪や麗子から聞かされたからではない。特命大使としての立場だからこそ知り得た美空市に関わる機密情報からであった。だから何故はづきが記憶を失ったのか、これからはづきにどのような運命が待ち受けているのか、すべて知っていた。だけど自分には何もできない。立場がそれを許さない。それがもどかしく、やるせなかった。

「X染色体とY染色体を持っているのがオトコノコで、X染色体を二つ持っているのがオンナノコ。だったら見た目だけじゃなく、ボクの身体のY染色体を全部X染色体に変えてしまえば、単なる変身じゃなくて完全な女体化……つまり、本物のオンナノコになれるって気づいたんだ」
「まあ……。なんだかすごいお話だけれど、本当にそんな事ができるの?」
「魔法には二通りあるんだよ。分かりやすく言うと、ウソンコ魔法とガチンコ魔法かな。
 ウソンコ魔法は魔力でかりそめの物質を作り出しているだけだから、魔力がなくなれば魔法が解けて消えてしまう。だけどガチンコ魔法は、この世界にある物質を作り替える事に魔力が使われるから、魔法が解けても消えたりしない。だからボクは、ガチンコ魔法で自分の身体を作り替えたんだ。もし仮に今、魔法を封じられたとしても、オトコノコに戻る事は永遠に無いんだよ。あ、でも、見た目は子供に戻っちゃうけどね。本来の魔法使いとしての肉体年齢は小学生くらいだから」
「でも、カレン女学院の入学をあきらめたのに、どうして身体を作り替えてしまったの?」
「うん…。ボクははづきちゃんの事が大好きだから、同じ学校に通いたかったけれど、それができなくてずっと落ち込んでいたんだ。FLAT4のみんなはそれぞれ好きな子と同じ学校に通っているのに、ボクだけそれを許されなかったんだもの。だけどそんな時、閃いたんだよ。『だったらはづきちゃんと同じものが見えるようになればいい。はづきちゃんが好きなものを僕も好きになれば、今よりずっとはづきちゃんに近づける』って。だから6年前に身体を作り替えて以来、ずっとオンナノコを続けているよ。ペースは年に一回くらいだけど、生理も来るようになったし」

 だからこそ、小雪の頼み事には驚かされた。夢を見ているのではないかと疑ったくらいだ。二つ返事で引き受けたかったが、特命大使という重職を担ったものが受けるべき頼みではなかった。だから直ちに魔法使い界へ戻り、王様への謁見を求めた。大使の辞任が認められなければ、魔法使い界を捨て、野に下る覚悟であったが、王様は二つ返事で快諾したのだった。まるでこうなる事を分かっていたかのようであった。水晶玉を通してフジオを見守っていたか、占いや予言でもあったのか。まさか、フジオの知らぬ間に話がついていたという事は無いと思うが。
 特命大使の任を解かれ、晴れて自由となったフジオは、はづき専属のボディーガードとなった。矢吹鬼や小雪の護りの死角となっていたカレン女学院に転入するのだ。魔法使い界の王様と藤原家、そして何より、はづきのお墨付きだ。誰にも文句は言わせない。

「不思議な運命の巡り合わせだよね。どうにもならないってあきらめたのに、こんな形で夢が叶うなんて。6年間オンナノコを続けてきて、こんなに幸せな気持ちになったのは初めて」
「引き受けてくれてありがとう。明日から学校に行けるようになるのもフジコちゃんのおかげだわ。ばあやったらね、『ボディーガードが見つかるまでは学校は休んでいただきます』って言うんだもの」
「うん…。」
「フジコちゃん………。本当にごめんなさい」
「え? な、なに? どうしたの?」
「こんなに良くしてくれるのに私、フジコちゃんにはずっとつれない態度を取っていたのね」
「いいんだよ……。はづきちゃんの心の中には、ずっと矢田くんがいたんだもの。オトコノコとしてのボクの居場所なんて、最初から無かったんだから……」

 その謝罪は寂しかった。過去の記憶を失ったはづきのそれは、他人事としての謝罪なのだ。
 フジオははづきの隣に座り、両手を握る。

「でも、オンナノコとしてのボクには居場所があるんだよね? そう思っていいんだよね?」
「もちろんよ。今の私にとって、フジコちゃんが一番のお友達だもの」
「一番の……お友達……」

 そうなのだ。はづきの本当の親友はどれみだが、今のはづきにはその記憶がない。情報としては知っているが、大切な想い出は失われたままなのだ。そんなはづきにとり、秘密を共有できる友達はフジオしかいないのである。

「ありがとう。たとえ記憶が戻るまでの間だとしても、嬉しいよ。……あ、あれ? なんでだろう。おかしいな…。嬉しいのに、涙がでちゃう………」

 はづきは握られた手を振りほどくと、フジオの肩に腕を回し、そっと抱き寄せた。突然の事にフジオは動揺するが、振りほどこうにも、はづきがそれを許さなかった。

「ちょっ……ちょっと。は、はづきちゃん?」
「だめ。気持ちが落ち着くまで、このままでなさい」
「………うん…」

 気持ちが落ち着くどころか、心臓の鼓動が激しくなるばかりだったが、無理に振りほどくのも無粋な気がした。決してあり得なかった事が次々と起きている。記憶を失ったはづきはまるで別人だ。だけど、大好きなはづきであることに変わりはない。はづきのぬくもりに身を委ねながら、フジオは心に誓った。(たとえこの命に代えてもはづきちゃんを守ってみせる)と。
 せめて『その時』が来るまで……


Scene12-1◆訪問者ふぁみ〜挨拶(sixth day)

「あれ? あなた……どれみちゃん?」
「……い、いえ。学校でも似てるって言われますけど、違います。私は桜井ふぁみっていいます」
「そう……。ごめんなさいね。私が藤原はづきです」
「お会いできて光栄です。姫巫女様」
「私を『姫巫女』と呼ぶからには、深刻なお話と承っていいのかしら?」

「はい。とても大事なお話です。人間界の未来に関わる。とてもとても大事なお話です」
「分かりました。聞かせてください。でも、その前に、一つだけふぁみちゃんにお願いがあります」
「え、なんでしょうか、姫巫女様」
「お話が深刻なのは仕方ないにしても、堅苦しいのは息が詰まりそうで好きではありません。だから私の事は『はづき』と呼んでください」

 そう言うと彼女は優しく微笑んだ。
 ふぁみにとり、これが初めての出会いであった。人類最後の希望、『姫巫女』藤原はづきとの……。


Scene12-2◆訪問者ふぁみ〜警鐘(sixth day)

「それではその、はづき…ちゃん」
「はい。なにかしら? ふぁみちゃん」
「はづきちゃんに危機が迫っています。ひいては美空市の危機。人間界の危機です。危機に備えてください」
「危機と言われても…どのような危機なのかわからないと備えようがないわ。もう少し落ち着いて、順序立てて話してちょうだい」
「あ、ごめんなさい。えっと…何から話せばいいでしょう」
「まずはふぁみちゃんの正体から…かな?」
「……信じてもらえないかもしれませんが、実は私、約100年後から来た未来人なんです」
「未来人? ………もしかして、ふぁみちゃんはどれみちゃんの子孫なの?」
「えっと…それにつきましては『ナイショ』と言う名の禁則事項でして……。答えられないんです」
「それでは、答えられる範囲で話してちょうだい。未来人のあなたが、何故私に会いにきたの?」
「警鐘です。人間界の未来を護るための……。
5日前の事件を覚えてますか? 翼ある白馬が天を駆け回り、美空市に眠る神々を目覚めさせたあの事件を。未来では『ペガソス・クライシス』と呼ばれています」
「ペガソス・クライシス…」


Scene12-3◆訪問者ふぁみ〜美空の神様(sixth day)

「たしかに5日前の事件は大変だったけど、すでに収束しているわ」
「いいえ! それは表面上の話です。この時代の科学力では分からないかもしれませんが、『ペガソス・クライシス』以降、美空市内の時空は不安定になりました。これは美空の神様が目覚める予兆だと言われています」
「…これから大変な事になる事は、重々承知しているつもりよ。そのための『姫巫女』だもの。ふぁみちゃんは美空の神様が何なのか知っているの?」
「美空市の地中奥深くには、有史以前から未知のパワーを発するエネルギー体が眠っています。美空市全域を覆い尽くす巨大な正方形のエネルギー体…。それを古代の人は『神様』と崇め敬いました。それが私の産まれた100年後の未来になってもなお『神様』として認知されてきたのは、自我を持ったエネルギー体だからです。偉い学者さんの話ですと、生命体と考えるにはあらゆる点が常識はずれで、人間の持つ知識では『神様』以外に例えようが無いんだそうです。
 ただし、その自我は赤ちゃんそのもの。安らかに眠っている間は地上に福音をもたらし続けるけど、ぐずったり泣き出したりすれば、天変地異が起きてしまう。そんな神様をあやし、寝かしつけ、世界に安定をもたらす『子守り』の役割を与えられたのが、『姫巫女』なんですよね」
「まあ、ふぁみちゃん、ずいぶん詳しいのね」
「いえ、この時代に来る前に、基礎知識として叩き込まれましたから…。
だけど未来世界には、美空の神様の目覚めを望む者がいます。人類の繁栄を望まぬ者がいます。彼らにとって『姫巫女』であるはづきちゃんは邪魔なんです」
「これまでが基礎知識なら……ここからが本題なのね」
「はい。はづきちゃんを狙う未来からの刺客の正体です。合成生命体『マトリクサー』と、宇宙からの侵略者『カードリアン』。はづきちゃんは今、二つの生命体から命を狙われています」
「……でも、どうしてこのタイミングで私の命を狙うの?」
「さっき話しましたけど、今、美空市内の時空は不安定なんです。今なら時間移動能力の無い『マトリクサー』や『カードリアン』でも、比較的容易にこちらに来れてしまう。だからはづきちゃんは、危機に備えないといけないんです。全人類の未来のために」


Scene12-4◆訪問者ふぁみ〜三つの未来(sixth day)

「その…二つの生命体は同じ組織と見ていいのかしら」
「『マトリクサー』と『カードリアン』は敵対しています。ただし、はづきちゃんを亡き者にするという目的は一緒ですので、共闘しても不思議はありません」
「『マトリクサー』に『カードリアン』……。判らないわ…どうして人類はそこまで嫌われているの?」
「はづきちゃん。これは好きとか嫌いとか…そういう問題ではないんです。『カードリアン』については定かではありませんが、少なくとも『マトリクサー』には友好的な種族もいて、人間との共存を望む者もいます。だけど、そういう問題ではないんです。これは未来を賭けた戦いなのですから」
「え? どういう事なの?」
「これからの人間界には大きく分けて三つの未来が待ち受けています。一つ目は、引き続き人間が支配し発展する未来。二つ目は、人類が滅亡し『マトリクサー』が支配する未来。三つ目は、人類と『マトリクサー』が共存する人間界に『カードリアン』が侵略してくる未来です。
 私は人間が支配する未来からやってきました。『マトリクサー』は人類が滅亡した未来から、『カードリアン』は人類と『マトリクサー』が共存している未来からやってきます

「二つ目の人類が滅亡する未来は問題外だけど、三つ目は人類と異種属が共存しているんでしょう? 理想的な形ではなくて?」
「とんでもない! 全人口の半分以上の命が奪われるんだよ!! 私はそんな未来、お断りです!」

 ふぁみは思わず声を荒げてしまう。

「あ……ご、ごめんなさい。ふぁみちゃんは人類が平和に暮らす未来から来たんだったわね」
「そりゃあ、みんなが仲良く幸せに暮らせるなら、それがいいに決まっています。だけど、大好きな家族や友達を犠牲にしてまでやるような事ではないと思うんです」
「たしかにそうだわ。失言でした。ごめんなさい……」
「いえ、その……判っていただけたらいいんです。私こそ大声出してごめんなさい」

 ふぁみがこの時代にやってきたのは、人類の未来を護るため。『マトリクサー』がやって来るのは『マトリクサー』の未来を護るため。そして『カードリアン』が来るのは『カードリアン』の未来のためだ。己の種族の未来をかけた正義の戦い。正義と正義のぶつかり合い。まさに『悪無き戦い』なのである。
 ………悪無き戦いか……。あれ? 私ちょっとうまい事言っちゃったかな?(^^) 


Scene12-5◆訪問者ふぁみ〜証明(sixth day)

「フジコちゃん。フジコちゃんは、ふぁみちゃんのお話をどう思う?」
「え? あ、ボク、発言していいんですか?」
「もちろんよ。せっかく同席していただけたんですもの。屈託の無いご意見を聞かせてちょうだい」
「そうですね…。突っ込みどころがありすぎて、何から話せばいいのやら…」

 はづきの隣にはショートカットの美少女が同席していた。年齢ははづきやふぁみと同じくらい。17〜8歳くらいに見える。彼女ははづきが発言を許すまで、一言も口をきかなかった。彼女の隣にいるはずなのに、まるで存在しないようだった。ただ者でない事は明らかだ。もっともこの場にいる以上、普通のオンナノコであるはずが無い。ふぁみははづきとの面会…いや、謁見したい旨を伝えた時、ばあやに一言付け加えていたのだ。「ご心配でしたら『姫巫女様』に護衛をつけていただいてもかまいません」と。
 ふぁみは自分に出された紅茶に飲みながら、部屋を見渡した。ふぁみが通されたのは藤原家の客間でかなり広い。部屋のあちこちには珍しい調度品が色々と置かれていた。その気になれば何人も人が隠れていられそうだ。
 続けてはづきが「フジコちゃん」と呼んだ少女を観察する。ふぁみが話をする間、ニコニコと微笑みながらふぁみをずっと見つめていたが、今は腕を組み、目をつぶっている。考え事をしているのだろうか。それともあえて隙を見せることで、ふぁみがどのような行動をとるか観察しているのだろうか。
 フジコは突然目を開くと、さっきと同じ微笑みを浮かべ、ふぁみに話しかけてきた。

「それでは未来人の桜田ふぁみちゃん!」
「は、はい!」
「あなたが未来から来たことを証明してください」
「ごめんなさい。無理です」
「それは何故でしょう? 未来人を名乗る以上、証拠を提示すべきだと思いますが」
「私もそう思ったのですが、私の先生から『無意味だ』と言われてしまいました」
「無意味? それはまたどういう事ですか?」
「例えば、未来で開発されたハイテク携帯端末を持ってきたとします。相手が普通の人間ならSFなハイテク機械を見る事で即座に納得してくれるかもしれません。ですが、魔法の存在を知っている人が納得してくれるでしょうか?」
「なるほど。確かに魔法さえ使えれば、イメージできるものは何でも実体化できる。SFチックなメカもSF好きなら簡単にイメージできるわけですから、たしかに物的証拠にはなり得ません。よって証拠を持ってくるのは無意味と。見事な論理武装です」
「いずれ『マトリクサー』や『カードリアン』がはづきちゃんを狙って現れます。だけど…」
「未来から来た証明にはなり得ない」
「そうです。彼らが未来から来た事を証明できませんから…。少なくとも、この時代の科学では」

「フジコちゃん、未来人である事を証明する事がそんなに重要なの?」
「ええ、とても重要ですよ、はづきちゃん。
ふぁみちゃんが話してくれた、はづきちゃんを狙う未知の組織の話は多分事実でしょう。仮に嘘だとしても、こちらはもともと備えを強化するつもりでしたし何ら問題はありません。しかし、未来人を名乗りながら、それを証明しないのは問題です。妄想癖の女の子を味方として信用してよいか、判断に困りますし。
 それと……ふぁみちゃんが未来人を名乗ることには、個人的に興味もあります。だって、過去への時間旅行なんて『絶対不可能』ですもの♪」


Scene12-6◆訪問者ふぁみ〜タイムパラドックス(sixth day)

 実際、未来人である事を証明するのは難しい。疑われるのは当然である。未来でも想定されていた問題だったが、こればっかりは対策を立てようが無かった。途方に暮れていたふぁみに、師匠が送ったアドバイスは「誠実であれ」であった。「ヘタな嘘でもつこうものなら、ゴーモンにかけられちゃうかもね」と、よけいな一言も付け加えてくれたが。

「有名な例えで『親殺しのパラドックス』があります。過去にさかのぼった時間旅行者が、自分の誕生前の両親を殺害したらどうなってしまうのか?
 どうやっても殺せないのでしょうか。殺した途端に自分自身も消滅するのでしょうか。それとも殺した瞬間、分岐した別の世界が誕生するのでしょうか。バカバカしい。どれもあり得ません。時間は一本通行で後戻りなんてできない。時間旅行自体が夢物語なんですよ」

「でもフジコちゃん……魔法を使えば過去に行けたと思うのだけど……」
「残念ながらはづきちゃん、それは本当の過去ではありません。この地球が記憶する過去の想い出にアクセスして作られた仮想空間なんです。ビデオに映っている映像と大差ありません。過去を体感したり、過去の人と会話ができても、現実の過去に影響を与える事はできないんですよ。実際、ボクが何度も試したのですから、間違いありません」
「た、試したって……『親殺しのパラドックス』……を?」
「一時、自暴自棄になっていた頃がありましたから……。自分自身で試してみたんです。もっとも、ボクの『親』にあたるウィザードぺんぺん草がどれなのか判らなかったので、実際に試したのは『自分殺しのパラドックス』でしたけどね」
「そんな! たとえ自分自身でも、幼い子にそんな酷い事をするなんて! いけないわ!!」
「いいじゃありませんか。もう5年も前の話ですし、誰かに迷惑をかけた訳でもないのですから…。でも、心配してくれてありがとう、はづきちゃん…。
 まあ、そう言う訳なのですよふぁみちゃん。ボクはボク自身の存在を賭けて、タイムパラドックスが起きない…つまり、過去への時間旅行が不可能である事を証明したつもりです。是非とも未来人ふぁみちゃんの反論を聞きたいな。ボクの出した結論を、根底から覆してもらえると嬉しいけど♪」

 誠実であれ……か。クールビューティーな師匠らしくないアドバイスではある。しかし幸いでもあった。ふぁみにとっては数少ない特技の一つであったから。
 ……ぶっちゃけ、それしか無いんスけど(TT)


Scene12-7◆訪問者ふぁみ〜ふぁみのターン(sixth day)

「あの…フジコさん。それはフジコさんの方法では過去に行けない…って事を証明しただけで、時間旅行そのものが否定されたわけでは無いと思うのですけれど…」
「………なるほど。言われてみれば確かにそうだね♪ それでは、ふぁみちゃんの方法をご教授願いましょう♪」

(私の方法で『自分殺しのパラドックス』を試していたら『自分大量虐殺』になっちゃうよ…)
 嬉しそうに微笑むフジコを見ながら、ふぁみは冷や汗をかいた。恐らく彼女ははづきのボディガード。魔女かどうかは判らないが、少なくとも人間ではないだろう。もしかして、今のトンデモ発言は『姫巫女様に手出しするやつは容赦しないよ』アピールだろうか。
 フジコと言えば…。ふぁみが魔女見習いをしていた頃、近所にもフジコさんという女性が住んでいた。中学に入る前に引っ越しまったが、優しくて人当たりの良い、子だくさんなお母さんだった。そういえば、笑顔が似てるような気がする……。まさか同一人物? 彼女が魔女だとすれば、あり得なくはないけれど……、

「えっと…あの……。お話しする前に一つお詫びします。話せば長くなると思って説明をはしょっていました。ごめんなさい。もう少し正確に話そうと思います」

 今はとにかく信じてもらわなくちゃ…。

「私が生まれた時期は、間違いなく約100年後の未来です。ただし、私が生まれた世界は、この世界のとなりにある『平行世界』なんです」
「平行世界? 未来の…パラレルワールド? ……え?」

 目を丸くするフジコに対して、はづきはきょとんとしていた。無理も無い。ふぁみも理解するのにずいぶん時間がかかったから。


Scene12-8◆訪問者ふぁみ〜もう一人のふぁみ(sixth day)

「えっと……つまり、ふぁみちゃんはこの世界の人間ではない?」
「そうです。私はこの世界にそっくりな『隣の世界』の未来からやってきました。私の世界とこちらの世界では、少なくとも西暦2007年までは同じ歴史を刻んでいます。ですから、私の世界の過去を調べる事で、この世界の事も知る事ができるんです」
「過去は過去でも『隣の世界の過去』だから、いくら干渉しても自分の世界に影響しない?」
「はい。ですから私がこの世界で『親殺しのパラドックス』を試しても、私は消えません。この世界の『桜田ふぁみ』は生まれなくなるかもしれませんが」
「ちょっと待ってよ……。自分の世界に影響しないってことは……、ふぁみちゃんの目的は、自分の住んでいる未来世界を護るためでも、自分の世界をより良い未来にするためでもないってこと?」
「そうです」
「訳が判らないよ。じゃあふぁみちゃんは、何のためにこの世界に来たの?」
「もちろん、この世界の未来を護るためです。……とは言いましても、私が本当にお役に立てるかどうか、まだ判らないのですけど」
「だからどうして? この世界の人たちと、ふぁみちゃんの世界の人たちは、どんなに似ていても赤の他人でしょう? どうして他人の住む世界に干渉しようとするの?」
「それは、私の世界の100年前にも、『隣の世界』の未来から『桜井ふぁみ』がやってきたからです」


Scene12-9◆訪問者ふぁみ〜バトン(sixth day)

「私の世界の100年前にも、『隣の世界』の未来から『桜井ふぁみ』がやってきたんです。今の私のように」
「それはつまり、私たちから見れば『隣の隣の世界』から来たふぁみちゃん?」
「そうです、はづきちゃん。彼女の目的ですけど、広い意味では、私の生まれた世界…つまり人間界の未来を護ることです。狭い意味では二つあって、一つは、人類存亡を賭けた戦いに備えるよう警鐘する事。もう一つは、この世界のふぁみちゃんに、私の使命を引き継がせる事」
「この世界のふぁみちゃん? つまり100年後に生まれる予定のふぁみちゃんに?」
「はい。この世界のふぁみちゃんには、私の世界とは反対にある『隣の世界』に行ってもらい、その世界を救う任務を果たしてもらわないといけませんから。そのためにもバトンタッチしないといけないんです」
「それはまた……壮大なスケールのリレー競技ね。それはいつから始まり、いつ終わるものなの?」
「私には判りません。私がバトンの受け渡しに失敗するか、『並行世界』が途切れるまで、ずっと続くのではないでしょうか。もしかしたら、永遠に続くのかも……」
「人間界の三つの未来の可能性って、もしかして、そうやって引き継がれた情報に基づいているの?」
「そうです。幸いにして、私の世界は人類が繁栄する未来でした。ですが、私の世界に現れたふぁみが語った『隣の世界』では、人類は滅亡していたそうです。さらに隣の世界ではマトリクサーと人類が共存していたそうですが。
 伝えてきたのが隣の世界の私ですし、伝わってから100年の時が経過していますから、どこまで信憑性があるのか判りませんけれど……。これまでずっと絶望的だった人類の未来が、それぞれの世界の私が隣の世界に警鐘を与える事で、救われるようになったのだそうです。ただし、それでも救われる確率は1/3…」
「ふぁみちゃんが来てもダメな時が2/3もあるの?」
「はづきちゃんの命を狙う刺客はとても強いです。隣の世界とはいえ、彼らも自分たちの存在を賭けていますから。はづきちゃんたちが私の話すら聞いてくれなかった世界もあったでしょう。何しろ、私自身には何も力がありませんし、証明する事もできませんし…」
「つまり、ふぁみちゃんの忠告を信じるか信じないか、活かすか活かさないかで未来が決まってしまう…。要は私たち次第なのね…」


Scene12-10◆訪問者ふぁみ〜ふぁみの秘密(sixth day)

「あの…。ちょっといいかな」
「はい。なんでしょうか。フジコさん」
「ふぁみちゃんは未来には3つの可能性があると言ったね。君の話がすべて事実だとすれば、ひとつだけどうしても判らない事があるんだ」
「はい……」
「人類が繁栄する未来と、人類とマトリクサーが共存する未来はわかる。でも、マトリクサーが支配する未来では人類が滅亡してるんだよね。そしてその世界にもふぁみちゃんは存在している…」
「ああ……。なるほど、その事ですか。たしかに矛盾ですよね」
「人類が滅亡しているのに、ふぁみちゃんは一体、どこでどうやって生まれたの?」

 事実を話すか、それともはぐらかすか、ふぁみは迷った。極めてプライベートでデリケートな問題だったからだ。しかし今は信頼を得る事こそ、何よりも優先させるべき状況である。全人類の未来がかかっているのだから。

「この話はここだけってことにしてください。自分の出生に秘密がある事を知ったのは最近の事で……、私自身、気持ちの整理がついていないんです」
「わかりました。どうしても話さなければならないような状況にでもならない限り、秘密は守ります」
「あ、あの…。特にどれみちゃんにだけは絶対に話さないでくださいねっ!!」
「え……? ええ、わかりました。どれみちゃんには話しません」
「ありがとう、はづきちゃん」

 ふぁみは大きく深呼吸すると迷いを断ち切り、静かに語った。

「私は、どれみちゃんのクローンなんです」


Scene12-11◆訪問者ふぁみ〜ふぁみの秘密2(sixth day)

 思いもよらぬ話にはづきもフジコも言葉を失ったようだったが、少し間を置いてフジコが口を開いた。

「そりゃあ……まあ……ふぁみちゃんはSFな未来世界からやってきたんだから……、改造人間だろうと、人造人間だろうと、複製人間であろうと不思議はないけど……。何故どれみちゃん?」
「それは私にはわかりません。自分がどれみおばあちゃんのクローンだったなんて、最近知ったばかりですし……」
「どれみおばあちゃん? どれみちゃんがおばあちゃん?」
「私、幼い頃からどれみおばあちゃんの孫として育てられたんです」
「その経緯をもう少し詳しく話してもらえるかな?」
「はい…。
 私は魔……いえ、ここでは『アンノウン』と呼ばれているんですよね。私はその『アンノウン』の世界で生まれました」
「え? それじゃあ……」
「はい。私は厳密には人間ではありません。だけど『アンノウン』の証である水晶玉を持たないまま生まれましたから、『アンノウン』とも言えません。私は、魔法も使えなければ人間の寿命しか持たない『欠陥アンノウン』なんです」

 欠陥か……。その言葉を発した時、ふぁみは言いようの無い悲しみに襲われ目頭が熱くなる。だけど、呪われた身であればこそ、大切な人と巡り会えたのだ。悲しいけど悲しくなんかない。

「水晶玉を持たぬ者には『アンノウン』の世界に居る事を許されません。そんな私をあわれに思って、孫として引き取ってくれたのが、どれみおばあちゃんだったんです。
 でもそれは、人類の繁栄が続く私が居た未来でのお話です。人類が滅亡した世界では特例が認められ、その世界のふぁみは『アンノウン』の世界で育てられたのだと聞きました……」

 そこで突然、はづきが笑い出した。ふぁみの話のどこが笑いのツボだったのかさっぱり判らないが、お嬢様にしては少々品のない感じでケタケタと笑い続ける。

「あ〜、ごめんなさいね。あんまりおかしくてつい…。でも、ふぁみちゃんのお話のおかげで、『黒幕』の正体が判りました♪」


Scene12-12◆訪問者ふぁみ〜黒幕?(sixth day)

「は? えっと、黒幕……ですか?(°д°)」
「……黒幕は少々語弊があるかしら。要するにふぁみちゃんに任務を与えた『真犯人』の事です」
「いや……真犯人も語弊があるのでは?(^^;」
「私はどれみちゃんに固執する『アンノウン』を二人知っています。そのうちの一人は、目的のためには禁を破る事もいとわぬ剛の者。ふぁみちゃん。貴方の正体が、貴方の存在そのものが、あの人へのメッセージだったのですよ。並行世界の『彼女』から、この世界の『彼女』へのね♪」

 そう言うと、はづきは意地悪く微笑んだ。

★  ★  ★

「なんてこと! なんてことなの!! こんな方法が! こんな方法があっただなんて!
 ありがとう、並行世界のマジョフブキ! 貴方からのメッセージ、しっかりと受け止めたわっ!!」

 ふぁみ達の様子を魔女界の自室から観ていたマジョフブキは、目を輝かせいた。しかし一緒に観ていたマジョリンには何がなんだか判らない。

「えっと…つまり…どういうことなのでしょう?」
「クローンよ! クローン! 判らない?」
「複製人間は判るのですが、マモー、ミモーくらいしか存じません」
「魔女界のウィッチーローズ。そして魔法使い界のウィザードぺんぺん草。これが勝利の鍵なのです」
「ますます意味が判りません」
「しょうがありませんね。それでは順序立ててお話ししましょう。
 本来、生物は男女の営みによって子を生します。私たちにも『女性』としての機能が備わっていますが、多くの魔女は機能を活かすことなく生涯を終えます。何故活かさないか? それは私たち魔女は子を生す必要がないからです」
「私たち魔女はウィッチーローズから生まれるのですから、当然です」
「その通りです。それではウィッチーローズとは何でしょう?」
「何と聞かれましても……、ウィッチーローズはウィッチーローズであるとしか申せません」
「魔女を産み出すウィッチーローズは、私たちの『母親』でしょうか? いいえ、違います。私たち魔女にとって『母親』とは、産まれてから1年もの間、自分を育ててくれた者を指します。人間界で言うところの『育ての親』ですね。ウィッチーローズは人間界の言葉に当てはめるなら『生みの親』にあたります。しかし私たちは、ウィッチーローズに『生みの親』としての認識を持てません。何故でしょう?」
「それは……連続性が無いからでしょうか。
 人間は人間の子を産みます。タコ族はタコの子を産み、イカ族はイカの子を産みます。そしてタコ族とイカ族の間に産まれたアタリメコちゃんは、タコ族とイカ族の特性を持って産まれました。生命の連続性とでも申しましょうか。子は親の特性を受け継いで産まれます。ところが私たち魔女は、ウィッチーローズの特性を受け継ぎません」
「『生命の連続性』ですか。すばらしい例えですね。
 魔女とウィッチーローズに『生命の連続性』があるのでしたら、私たちは最終的にウィッチーローズへと姿を変える植物ベースの知性体ということになりますが、そのような魔女は一人として存在しません。
 先ほど申しましたが、私たち魔女は『女性』としての機能を備えて誕生します。魔女はウィッチーローズの種を産み、ウィッチーローズは魔女の赤ちゃんを産む。そんなサイクルがあるのでしたら『生命の連続性』は維持されますが
、実際に私たちが子を宿すことができるのは『男性』との営みを経た時のみであり、実際に産むことができるのは水晶玉を持たない赤ちゃん……つまり、人間の子だけです」
「ウィッチーローズは魔女の赤ちゃんを産み、魔女は人間の赤ちゃんを産む……。確かにその通りです。私たち魔女は、ウィッチーローズの種どころか、魔女の赤ちゃんすら産めません。どうあっても『生命の連続性』が維持できない……。私たち魔女は、生命のバトンを後世の魔女に渡すことができないのですね」
「そんなことはありませんよマジョリン。ウィッチーローズから産まれる赤ちゃんは、自分専用の水晶玉を持って産まれます。魔女がおなかを痛めて産む人間の赤ちゃんは、水晶玉を持たずに産まれます。しかし水晶玉は、魔女見習いとして修行をすることで手に入れることができます。魔女と人間の違いは、実は水晶玉を持っているか否かでしかないのです。私たち魔女も人間と同種だと考えれば、生命のバトンを人間の子に渡すことは自然な姿なのだと判りますよ」
「私たち魔女が生物的に人間と同種であるなら、ウィッチーローズとは一体なんなのでしょうか?」
「マジョリン。実に良い質問です♪」
「恐れ入ります」
「私はねマジョリン。ウィッチーローズをいにしえの魔女の複製を産み出す『クローンプラント』と考えています」
「クローン!!! ここでクローンですか!! ……それにしても前置きが長かったですね」
「それは言わない約束ですよ」
「はっ。申し訳ございません」
「これはあくまで推測ですが……。
 かつて魔女と魔法使いは一つの種族だったのです。しかし何らかのきっかけで、別々の道を歩み始めます。それを可能にしたのが、魔女を産み出すウィッチーローズと魔法使いを産み出すウィザードぺんぺん草でした。二つの『クローンプラント』のおかげで、魔女と魔法使いは独自に繁栄することとなりましたが、それに反発し、あくまで自然のまま生きることを望んだ者もいました。それが人間の始祖です」
「マジョフブキ様、それは本当のことなのでしょうか?」
「断定はできません。魔女、魔法使い、そして人間は同じ種族……。そう考えると、すべてつじつまが合うのですが、裏付けをとろうにも、古代史の探求はタブー視されておりますからね。ですが今はどうでもいい話です。重要なのは、どれみちゃんのクローンを産み出すこと」
「そうでした。どれみちゃんのクローン……」
「どれみちゃんのDNA情報を組み込んだウィッチーローズさえ作れば、どれみちゃん本人を魔女界に迎えることはできなくても、生まれながらの魔女としてのどれみちゃんを迎えられる。これが並行世界のマジョフブキが送ってくれたメッセージです」
「そのようなことは本当に可能なのでしょうか?」
「理論上は可能です。しかし、新たなDNAを組み込んだウィッチーローズを作り出すのは至難の業でしょうね。なにしろ1万年もの間、新しいウィッチーローズは作られておりませんから。正直、私もあきらめておりました。ですが…信じていれば夢は叶うのです! こうしてはいられません。早速研究を再開せねば、100年後のふぁみちゃんの誕生に間に合わなくなってしまいます」

 そう言うと、マジョフブキはこたつから出て隣の部屋へと向かった。どうやら外出のために着替えるようだ。引きこもりがちのマジョフブキが外出する意志を示すだけでもマジョリンには嬉しいことだったが、心配でもあった。1万年もの間、新しいウィッチーローズが作られなかったのは、それなりの理由があるはずだ。目的を果たすためにはいくつものタブーを破ることにもなるだろうし、そうなれば、保守派も黙ってはいないだろう。無茶をしなければ良いのだが……。
 ふと隣をみると、こたつに入ったパオちゃんが気持ち良さそうに眠っている。マジョリンはパオちゃんの頭をなでながら、大きくため息をついた。どんなに進言したところで、マジョフブキが無茶をしない訳が無い。もはや覚悟するしか無いだろう、再び始まるのだ。マジョリンの胃の痛くなる毎日が……。

★  ★  ★


Scene12-13◆訪問者ふぁみ〜ピンチ(sixth day)

「ふぁみちゃんは本当のことを話しているように思えます。ですが……」
「ですが、なんでしょう……」

 緊張するふぁみに、はづきは意地悪く微笑む。

「やっぱり信用できませんね♪ ゴーモンにかけて洗いざらい吐かせましょう♪」
「え〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「じゃあフジコちゃん。早速ふぁみちゃんを取り押さえてください」
「そりゃあ、『はづき』ちゃんがやれと言うならやるけど。いいのかなぁ……。ごめんねふぁみちゃん」
「え…、あ…、ヒッ!!」

 フジコは席を立つやいなや、目にも止まらぬ早さでふぁみの背後に回り込むと、たちまち拘束した。右腕で身体をつかんでふぁみの右腕ごと自由を奪い、左腕はいつでも絞められるよう首に回している。これはもしや、近接戦闘術CQC?

「それでどうするの? 投げることも、首を閉めて落とすこともできるけど…」
「尋問したいのでしばらくそのままでいてください♪ それではふぁみちゃん。私に教えていただきたいのですけど」
「なななな、なん、なん、なんですか?」

 側に近づいてきたはづきは、よこしまな微笑みを浮かべながら、ふぁみの耳元にそっとささやく。

「痛いのとぉ〜。くすぐったいのとぉ〜。気持ちいいのでは、どれがお好み?」
「なっ、なななっ、何の話ですかぁ〜〜〜〜!!(><)」

 未来少女とは、同性からおもちゃにされてしまうのが宿命なのであろうか? ふぁみちゃんがいろいろと大ピンチだ!! しかし救いの手は、あっさりと差し伸べられるのであった。

『それくらいにしてあげてください。冗談にしてもかわいそうですよ』
「はぁ〜〜い♪」

 はづきがスピーカーから発せられた声に返事をすると、フジコも拘束を解き、ふぁみは自由を取り戻した。緊張が解けたふぁみは思わず泣き出してしまう。無理も無い。出生に秘密があっても、人類の未来を背負っていても、ふぁみはか弱い普通の女の子なのだ。

(あれ? だけど今のスピーカーの声……そっくりだったけど……もしかして……)

 涙目になりながらも、ふぁみはおかしなことに気づいた。それは応接間の奥のドアが開くのとほぼ同時であった。

「怖い思いをさせて御免なさいね、ふぁみちゃん」
「え……あ、あれ? ……あれ?」
「私が本物の藤原はづきです。ふぁみちゃんの正体が判らなかったから、影武者を立てていたの」

 驚いたふぁみはあわてて振り返る、ふぁみをゴーモンしようとした影武者はづきのいた場所には…。

「ウッフッフ〜〜♪ ドッキリ大セイコーでぇス♪」
「ろ……ろーずちゃんだったのね……(TT)」

 そこには嬉しそうにはしゃぐローズ・マリアの姿があった。魔法で変身していたのだ。
 ふぁみはすべてを悟った。どんなにかわいく見えても、並行世界の『別人』だとしても、やっぱりこの人は私の師匠、マジョローズなのだと……。

「ローズちゃん……ドSすぎるよぉ(TT)」
「オゥ、ドエス…何デすカ? ニホンゴ難シイデェス」
「ううう、もういい……」

 突然、本物のはづきが、力を落としたふぁみの手を握る。

「ふぁみちゃん!」
「は、はい」
「改めてお願いします。私に、力を貸してください」
「も、もちろんです。でも私、フジコさんのようには強くないですし、ローズちゃんのように魔法が使えるわけでも…」
「情報だけでもありがたいわ。よろしくね♪」

 優しく微笑む本物のはづきからは、偽者には無い神々しさを感じた。いや、そう感じさせられたのは、本性をさらけ出した偽物はづきが邪すぎからかもしれないが…。
 正直、ふぁみにできることはあまり無い。一応魔法は使えるが、所詮は魔女見習いレベル。ローズやフジコのように、実働で役に立てることは無いだろう。提供できる情報だって、並行世界で有効に活かせるかどうかも判らない。それでもふぁみはがんばろうと思った。もしかしたらどれみおばあちゃんのDNAがそうさせるなのかもしれない。はづきはどれみおばあちゃんの大切な友達だから、ふぁみにとっても大切な友達なのだ。
 ふぁみは涙を拭うと、満面の笑顔で応えた。

「こちらこそよろしくお願いします。はづきちゃん!」


Bパート完。引き続きENDパート
next>Scene13◆訪問者ローズ(fifth day)


Bパート S-9, S-10, S-11, S-12-1, S-12-6, S-12-11,
 
オモイドウ
このサイトはリンクフリーです。 URL◆http://omoi.lolipop.jp